面倒領地
さて、今首から血を吸われてるって言う多分常人が一生遭遇することの無いであろう出来事が起こってるわけだが、……。
「ちょ、待て、止めろ。いつもの調子で吸うな‼体が小さくなった上に貧血気味で体調も悪いか……やべぇ、目眩がしてきた」
駄目だ、痛くはないが体が段々冷えてきて指先の感覚が麻痺してる。立ち眩みとか、目眩とかそういうレベルじゃない感覚が襲ってきて気持ち悪い。
「ひ、ヒグ様⁉お気を確かに‼……貴女、何処の誰か知りませんがヒグ様から離れてください」
「えっと、血液が抜けたらどうなるんだったかのぅ?確か、酸素が回らない?人工呼吸⁉いや、そもそもの血液量が……」
「妖精の秘技一人前行こうか⁉ドウスル⁉」
焦るアイリス、扇角、ティア。あたふたしながら色々呪文詠唱を始める。というかティアストップ‼妖精の秘技はまだ残しとけ‼
扇角は焦ってるけど、アイリスとティアに比べたらまだ冷静な方だな。教えたことをよく覚えてる。ボーナスあげよう。まぁ、俺が生きてたらだがなぁッ‼
「今度死なれると転生措置をとるのは難しいぞ⁉」
「おい、ヒグよ。我が溜め込んだ財宝をとるまでは生きるとか言ってなかったか⁉」
「ククク。命がまるで風前の灯。おい、話を聞け。妖精、エドワード殿にグレア殿よ。落ち着きたまえ。妖精の秘技は使わずともよい。待っておれ。確か、妾が研究していた魔法に血液を増やす魔法があった筈じゃ。ホホイの、ホイッと」
最終的にはナーシェルに血液を増やして貰う。体が魔法の光でピカピカと輝くと共に、段々と感覚が戻ってくる。
「ごちそうさま、って日本では言うのだったかしら?余り食事の前後に挨拶と言うのは馴染み無い文化だからよく分からないのだけど」
「正解だが、お前が言うべきだった言葉はごめんなさい。英語で言うとI'm sorry.な。お前のせいで死にかけたわ‼」
「あら。心外ね。そこの、……種族に統一性がないわね。そこの者たちが蘇生しなければ私が責任もってきっちり蘇生してたわ」
「おい、お前蘇生って、お前今蘇生って言った‼ほぼ死んでたのかよ‼そういえば命が風前の灯って言われてた気がするが」(会話は日本語)
この少し常識がおかしい感覚。間違いなく俺の知るシャルル・シャーロットだ。相変わらず突っ込みしてると疲れる奴だ。
「あの、ヒグ様。あの方は何と言っているのですか?」
そうだ、シャーロットはこっちの言語は知らねぇから、俺かエドワードが翻訳しないといけないな。めんどくさ。翻訳って結構疲れるんだよな、アレ。
「創、少しいいかしら?」
シャーロットから英語で話し掛けられる。一瞬、混乱して分かりにくかったが、何とか聞き取る。これが問題。一度に複数の言語を扱うときには切り替えが難しい。
特に、この世界の、所謂王国語と言われるこの国の言葉と英語を翻訳何て、元々考えもしなかったことだ。よりいっそう難しい。
───所で、
「なんでお前は俺の顔を手で掴んでるんだ。アイアンクローでもする気か?」
「いいえ、少し脳の中を覗いて言語の習得を、ね」
ぅっておい‼こいつ記憶除いてるのか⁉グレアの時も思ったが、……記憶を閲覧されるって気持ち悪いし怖いな。
「大丈夫よ。データをインストールしてるだけだから。気にする程ではないわ」
「余計怖い‼この隙に乗じてハッキングとかするなよ⁉」
「へぇ、創は魔法って訳したのね。でもこの程度なら魔法じゃなくて魔術って言うのに」
「聞いとる⁉ほんまに大丈夫⁉」
日本語が出たとか関西弁とかは一旦どうでもいい。怖い。今すぐ逃げ出さなきゃいけねぇ。取り合えず回れ右ッ‼
「逃げないの」
蠱惑的な声が耳から入って脳を揺さぶり、足を止めさせる。後ろから優しく抱き締められ、体温の温もりが。ねぇ、本当に吸血鬼なのこれ?
後頭部に当たった、決して巨大ではないが、板という訳でもなく、丁度いい上品な大きさの柔らかいそれが突如として交感神経を発達させ、幸福のホルモンが溢れだし、心臓の鼓動が速くなり続けているがゆっくりと優しく包まれることによって堕ちそうに……
「っておい。煩悩引っ込め3.14156535……
───フッ
耳元にかけられた吐息が見事に円周率に打ち勝って、って負けたらダメだろ。保て、理性。……なぁ、こいつ本当に吸血鬼か⁉俺には婬魔とか、サキュバスの類いに感じられるんだが‼
「1.1.2.3.5.8.13.21.34.55.89.144.233.377.610.987.1597.2584.4181.6765.10946.17711……」
フィボナッチ数列だ。フィボナッチ数列っていうのは、数列のある数xと、その前の数を足すとxの次の数になるという数列。例えば、xに5を代入すると、その前の数は3。よって次の数は5+3で8という風に。
最初はチマチマと増えていくが、途中からは増えるスピードが大きくなる。なので割りと直ぐに膨大な数になったりする……おっと十万越えたな。
因みにこの数列、隣り合う数字が段々と黄金比、人が一番美しいと感じる比に近づいていく。黄金比は約1:1.616だ。
黄金比は知らない人も多いが、意外といろんなところに使われている。有名なのはパルテノン神殿とか、モナリザとか、某フルーツのスマホとか作ってる会社のロゴとかに。
「数字の世界に逃げ込まれてしまったわ。ずいぶんと久し振りだからこの異常な集中力のこと、忘れていたわね。ええっと?発音がこうで、『コンニチハ』これであってるかしら?」
「発音がちょっと違う。ここら辺だと『こんにちは』が正解だ方言が混ざってくると話は違うが」
「あら、数字はもういいの?」
さて、そろそろ不思議さで顔が最早顔芸かよってくらいに驚いてる奴等に説明しないとな。さて、こいつとの関係性は一体、何と話せばよいのやら。
「そこの者が誰か説明して貰ってもいいか?どうやら旧知の仲のようだが、普通、貴族に連なる者の血を吸うなどと大罪。異国人のようだが、一体誰なのだ?先程の召喚で人間が呼び出されたのか?」
「ヒグ、突拍子もなく変な知り合いを連れてくるのはもう止めてくれないか?」
国王、親父、一つ言わせてくれ。俺だってやりたくてやってる訳じゃないからな⁉そうだ。俺は悪くない社会が悪い。全部全部社会の仕業。
そうやって現実逃避をいつまでも続けてたいが、流石にそんな訳にはいかないか。
「こいつはシャーロッ……
背後から不意に抱きつかれる。シャーロットに耳元に口を近づけられて甘く蕩けるような声で……
「シャルルって呼ぶようにいったでしょ。シャーロットは偽名なんだから」
「OK。改めて、こいつはシャルル。吸血鬼で、知り合いだ。フルネームはシャルル・シャーロットだが、シャーロットは偽名らしい」
視線が痛い。どうやら各々色々と思うところがあるみたいだが、要約すると、「どこで知り合った?」ということだろうな。
「兄さん兄さん。普通は知り合いに吸血鬼なんていないからね」
「将来の伴侶がかなり不味い方向に向かってる気がする……」
「あー、取り合えずそこの幼女二人。別に俺は人外の知り合いが多いんじゃなくてだな。知り合いの人外がたまたま近くにいるだけだ。人間の知り合いもいる」
取り合えず弁明。流石に友達が人外の生物?というか、最早生物ですらないかもしれないという容疑のかかる者しかいないと思われるのは不本意極まる。
「「で、何が違うの?よく分からないんだけど」」
でしょうね。言われると思ったよ畜生。まぁ、俺が逆の立場なら、多分同じこと言うだろうな。
「確か、創の妹と婚約者ね。婚約者の方は、ああ。これは私が言わない方がいいわね。妹は、本当に中世の人間?魔力の量も質も神話の時代のソレ。将来的にはキルケーやメディアの位階まで化けるかもしれないわね」
おいおい、少し聞こえたキルケーとメディアって、俺の記憶力が正しければギリシャ神話の魔女たちだよな。確か姉妹弟子の。それと同レベルまで成長の延び代があるとは。
というか実在したのか?こいつが吸血鬼だってことはもう完全に信じたが、神話の英雄、神代の魔法使いを引き合いに出されると、本当にその時代に生きていたのか、そもそも実在したのか、流石に少し疑うな。
「私は、そうね。創の、彼女かしら?」
「「「「えっ⁉」」」」
クワッ‼といった効果音のつきそうな勢いで目を見開き、こちらを振り返るアイリス、扇角、ティア、エミリアナ。
「婚約は⁉」
「自らは告白したのだがのう‼のう⁉」
「わ、私もだ‼」
「ヒグ様、不誠実ですよ‼」
爆弾投下してくれたなこいつ。全く、シャルルのイタズラ好きは変わっていない。会った時の記憶が思い出される。会う度にイタズラされまものだ。
───だがしかし、これは不味い。昔を懐かしんで思い出してる場合じゃない。返答を間違えればバットエンドではすまされない。デッドエンドだ。
「ククク、一度落ち着け。あからさまなウソつきの顔。それを全く隠す気のない瞳。愉悦に曲がる口元。貴様らはからかわれているだけだ」
俺の後ろからナーシェルが言う。ナーシェル。ナイス。ゴッド。マジサンキュー‼第三者の言葉で誤解を解ける。正に理想型。グッジョブb‼
「今度、飯と酒でも奢ってくれ。一応、死体の身でも味覚はある」
近付いてきたナーシェルに耳元で囁かれる。ええ。ええ。是非とも奢らせて頂きますとも。高い酒でも何なりと‼
───……さっきから脳内の言葉がヤバイな。一旦落ち着こう。ラマーズ法とかそんな感じの奴だ。ひっひっふー。ひっひっふー。
───普通に深呼吸の方がいいな。深呼吸しよう。
「よし、一旦俺の部屋行こう。はい、メンバー集合。まぁ、悪い奴ではないけど説明が面倒くさいから親父達への説明は省く。魔法使いの、……えっと、アンタは異世界から吸血鬼が来たって、報告書に書いとけ。以上‼」
アイリス、扇角、ティア、ナーシェル、グレア、エドワードを集合させ、シャルルを連れて退散逃亡。
※※※※※※
という訳でやって来ました貴族の豪邸だから無駄に広い俺の部屋。徹○の部屋ならぬヒグの部屋。本日のゲストはシャルル。
というか、あの番組まだ続いてるのか?俺が死ぬ前の時点でも結構なご長寿番組だったが。死んだ後のことはよくわからん。
「さて、そこの吸血鬼の説明だが……。創、はっきり言うと彼女はこの世界の誰よりも強い。───神獣よりも、な」
メンバー最強のエドワードが言うなら確かだな。しかし、地球が化け物の巣窟だとは聞いていたが、あの神獣に勝るのか。
「あら、別に私は最強という訳ではないわよ?ここに来る前に仕事押し付けてきたベルフェゴールの奴とか、戦神アレスとか不動明王、阿修羅に帝釈天とか。私より強いのは十数人くらいいるわ」
「ベルフェゴール殿は、確かにそうだな。あの方は規格外だ」
そのベルフェゴールとか言う奴が一番ヤバイのか?しかし、ベルフェゴールって確か怠惰の悪魔だったよな。ていうか、それ以外が殆ど神な件。神スゲェな。
「ククク、そんな分かりきったことはよい。主の前世の友、ということでいいのだな。何処で出会った?」
「イギリスって言う島国の墓地で、月一くらい。エミリーの月命日に墓参りに行った時に」
突然背後に気配がしたと思ったら、血を求めて襲われかけたからな。よく覚えている。衝撃的な出会いだった。
「懐かしいわね。あの後色々遊んだり」
「勝手に俺の奢りにされたアレな」
「夜の街を見て回ったり」
「脇に抱えられて高いところに無理矢理連れてかれたアレな」
「時には刺激的な体験も」
「配線がショートして爆発したアレな」
「ロクな思い出が無いですね」
全くだ。何度俺はこんな奴と仲良くしているのだろうと思った程。今思えばロクでもない思い出だ。まぁ、それなりに楽しかったが。
「今は可愛くなったわよね」
「そら、幼児化したからな。見た目おっさんだったらただのクソ生意気なおっさんだよ」
「あら、でも結構イケメンだったわよ?写真持ってきたけど、皆さん見る?」
「おい止めろ‼全員動くな。興味津々な顔をするな‼」
こいつロクなことしないな。今のところ爆弾投下しかしてないぞ。久し振りだからか?いつもよりもイタズラが多い。そんなに俺を弄びたかったのか……。
「そういえば、アレ持ってくる?夜な夜な一緒に作った子供」
「際どい言い方するな。パソコンとスマホの部品応用して繋げまくって作ったスーパーコンピューターのことだろ。だから扇角とティア、安心しろ。機械だ。でもまぁ、要らねぇだろ。そんな億単位以上の計算することなんてそうそうないと思うし。それに向こうから輸入してたらこっちの世界が発展しないだろ?まぁ、計算機は地道に作るわ」
───そう思っていた時期が私にもありました。
※※※※※※
国王から割り当てられた領地。領主が鳥形魔獣に殺られ、業務が滞り、行った初日から計算漬け。子供ということに何か文句を言われるかと思ったが、それもなく、使える人材ならゴブリンでもいいというレベルの窮地。
この世界には猫の手も借りたいと同じ意味のゴブリンの知恵も借りたいという言葉があるが正にそれ。
そしてかなりの金が動くから年間で考えると、膨大な数字が……
「生意気言ってすいませんでした‼だから取り合えず電卓、持ってきて下さい‼」
流石に業務が多すぎて全部自力は脳が限界。……国王の奴、面倒な領地押し付けやがったな畜生。