されど科学者は
死んだ?
俺のせいだ。
俺が連れていったから
「あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、あぁ。何で何で何で何で何で何で何で。クソッ、どこで失敗した?どこかで別の道を選んで入れば‼」
俺の我が儘に付き合わせて。いや、現実を見ろ。俺が怖がっているのはもっと別のことで。全く以てどしがたくて愚かしくてどうしようもなくて、赦されざる禁忌の底無し沼に、足を突っ込んでいて……
「失礼」
エドワードが一瞬にして背後をとる。軽い衝撃。世界が色褪せ、遅くなる。退化した世界でゆっくり、地面が近くになって、意識が遠くなって……
バタッ
※※※※※※
「何を‼」
ティアが殺気混じりに問い詰める。周囲の物が浮かされ、虎視眈々と生物のようにエドワードを狙う。圧倒的な実力差。それでも挑む。その殺気が忠誠を物語る。
「あのままでは、創、いやこちらではヒグだったか。彼の精神が崩壊していた。適切な処置だ」
そしてヒグの体が起き上がる。一同、意識が無いはずではないのかと疑問を浮かべる。が、ヒグから聞こえる彼のものではない声によって直ぐに説明が成される。
「すまない、彼の体を借りた。さて、一先ず名乗るとしよう。我はグレア。邪神の欠片を封印せし神獣の遣いの一体。今となっては元、と付くが」
今まで魔法による思念の頭への直接伝達だから分からなかったが、こうして面と向かって話している感覚があると、その威厳が直に伝わる。
「話の腰を折ってすまないな。話を続けたまえ」
「あ、あぁ。扇角さんとティアさんはガシャドクロの奴が現れたのは知ってるよな」
ライムが少し怯えた様子で話を始める。その怯えの原因はここにいるメンバーの規格外さか、または話している内容を思い出してか。
「はぁ、……?」
「それに殺られたということかのう」
順当に考えればそれが可能性としては高い。ガシャドクロは不利を悟っても戦い続けるバーサーカー。いや、不利を悟れるだけの知性があるかどうかすら怪しい。
「違う。違うんだ。確かにガシャドクロは強かった。でも何とか倒せた。その後だ。その後、……奴は、奴は、───
引き摺る言葉。思考が追い付いていないのか、継ぎ接ぎのボロい布のような言葉が、危うい針捌きで紡がれる。
───自爆した」
意味が分からない。その場の全員の思考が共有される。そんなの、生物として根本的に有り得ない。死んでいるとはいえ、仮にも動くもの。生き、いや、死に長らえようとするはずだ。そんな思考すら棄てたのか?
だとしたら尚更訳が分からない。単純で本能で動くのであれば、感情で動く生物より、長らえようという願望が強い、いや、最早それだけで動いているはず。理に叶わない。
「俺が、不用意に、完全に停止したと思って、近づいて、牛頭が俺を、守って」
───死んだ。穴だらけの蓮根のような言葉。されどパズルのピースを幾つか集めれば、自然に結論へとたどり着く。
「死体も、跡形なく……
「消えたのかのう?」
扇角が言葉を引き継ぐ。今度こそ蘇生のしようがない。アンデットにしようにも、死体そのものが無ければどうしようもない。
アンデットを造るには触媒、そのアンデットの生前に関わる物が必要だ。触媒が無ければ、触媒無しで無理矢理アンデットを造ろうとすれば、心を持たないゴースト以外には呼び出せない。
問題があるとすれば一つ。ヒグにどうして伝えるか。どのような言葉を用い、どんな策謀を弄するべきか。ヒグは、今度こそ壊れかねない。彼の悪夢はまだ続いている。
「フェイクストーリーでも考えるか?いや、……」
最初に発言、と言えるか怪しいレベルの呟きを洩らしたのはグレア。次いで、目覚めて間もなく、あまり状況を理解していないが、アイリスが意見を出す。
「時間をかけて断片的に伝えていけば、心の整理が付くのではないでしょうか……」
「いや、彼ならば、彼の頭脳を以てすれば少ない情報で真実にたどり着く。彼は細い糸を手繰らせることにおいては天才だ」
その意見も、エドワードにあっさりと否定される。誰も次の案を出せない。エドワードの意見が正しいから。
否、それをも否定出来る者がいた。一人だけ、たった一人だけいた。誰よりもヒグ・ベルレイズに、桜田創に詳しい人間が。この人外揃いの中で唯一の人間が。
───本人。本人が自分を語ることに関してだけは誰にも侵されない、否定されない。
「いや、問題ねぇよ。あぁ、問題ねぇ。というかグレア、なに勝手に人の体乗っ取ってるんだよ。エドワードも、問答無用で手刀かよ。大丈夫だ。現実は受け入れられる、怖いのは、違うんだ、いや、今はまたそのうちでいいな」
我々関西人の使う「またそのうち。飯食いにいこな」などの「また」は社交辞令なので全くあてにならないのだが、今は放っておいていい。
「そんなに心脆いと思ってるなら心外だな。まだまだここのメンバーからしたらガキだが、んなに言うほど柔じゃねぇよ。安心しろ」
絶望は襲い掛かった。希望は消えた。死体は跡形もなく、再生は出来ない永遠の帰らぬ獣人。それでも
「まぁいい。墓でも作って、その後はまた、科学でもする」
※※※※※※
「砂とセメントで作った、コンクリート使って何百年も劣化しないようにした最強の墓石だ。確か、長命種族の墓が劣化して困ってるんだったか。これがありゃ、この世界の墓石劣化問題も解決だな」
死者に語りかける行為に意味はない。そう言ってしまえば終わりだ。だが、当人からすれば余人が図り知れないほどの価値がある。少なくとも、それを否定されたくない。死者との思い出にすがっているなど、他人に勝手に騙られたくはない。
親友の死後、毎月、月命日にわざわざ日本からロンドンまで通っていた経験がある。墓での動きは流石というべきか、板についており、流れるような墓石の磨き方を見せるヒグ。
絶望で闇に包まれても彼の歩みは止まらない。
されど科学者は歩み続ける。




