悪夢は終わらない
無二斎の体にヒビが入る。どす黒く濁りきった血が流れ、……羽毛が生える。まるで血液が元の色を取り戻したかのような鮮やかな赤。
「不死鳥を喰らったか‼」
エドワードが驚きの声を上げる。一瞬の内に両手に魔力を回し、闇を展開。無二斎を駆除しようとする。殺すなら今の内だ。完全体と成った不死鳥は読んで字の如く不死。殺すのが少々面倒になる
死なない怪物が暴れまわる。そうなれば今度こそこの街は滅亡するだろう。下手をすれば国の危機だ。黒い光を放つ雷電が音をたてる。
「待て」
それを制止するナーシェル。杖でエドワードの手を抑える。エドワードが怒りをぶつける。種族の差による足掻こうとも知恵を絞ろうとも埋められない実力差。震える足を押さえ付けつつ、静謐な瞳を決して無二斎から離さない。
「ここに贄を捧ぐ。捧ぐ贄は死に損ないの鳥人擬き。世界よ、今負債は返却された。顕現せよ、不死の魔物よ」
即興の詠唱だった。しかしそれは、歌人が即興と称して予め作っておいた詩を詠むような、即興とは思えない美しさだった。そして、ナーシェルは倒れた。
「起きてるか?しっかりしろ‼」
咄嗟に呼吸と脈拍数の測定をするが、少ししてそれが無意味なことに気付く。アンデットは呼吸をしない。もちろん心臓も動いていない。
体に酸素を送って動いているのではなく、魔力を電流のように使って筋肉に神経信号を送ることで無理矢理動かし、その上を魔力で補強して壊れないようにするという魔力無しでは動けない性質でできている。
なら魔法関連で何かあったのか?そう考えるのが妥当だが、その方向は完全に未知。分からないことだらけだ。考えてると、俺の中に同居してるから完全に思考が伝わっているのか、今まさに聞こうとしたタイミングで答えるグレア。
『ただの魔力欠乏症だ。命に別状はない。気にするな』
更にエドワードが補足説明を入れる。
「付け足すと、世界の決定を裏返すのにかなり苦戦を強いられたようだな。いくら抜け道を使って、贄を用意しても、一度決定されたことを覆すのは中々に面倒だったようだ」
あー、何か心当たりがある。人も一度判断して思い込んだら中々その固定観念とかって抜けないからな。世界もそんなモノなのか?
いや、それとこれでは流石にスケールが違いすぎるな。
その時、ぴくりとアイリスの瞼が動く。アンデット化した弊害とでも言うべきか、心臓が止まっているので判断しづらいが、確かに動いていた。
「成功、だな。まだ体が追い付いていないな。目覚めるにはもう十分程かかるだろう」
エドワードの説明に一先ず安心する。ナーシェルも一応命に別状はないレベルの欠乏症らしいから大丈夫だろう。魔力関連はさっぱりなのでグレアの判断を信じる。
魔力欠乏症──……ちょっと待てよ。体内から魔力が無くなったことによって倒れる症状だよな。たしか。一回牛頭がアイリスに魔法習ってたときになってたが……
「なぁ、俺ってさ、年がら年中魔力欠乏症になってるってことになるのか?」
「いや、創の魔力無しは違う。まぁ、理由は後々説明するとしよう」
転生するときに何かあったのか?別の生命体の魂を無理矢理突っ込んだ弊害とか。考えても仕方ないか。そもそも輪廻転生的なモノがあったことが驚愕に値するんだ。
もしかしたら宗教の開祖なんかは、本当に神や、それに準じる何か生物を見たのかもしれない。神獣なんて規格外の化け物もいるから、神の存在も可能性としては一応0ではない。──認めがたいが。
※※※※※
「ん……生き、てる」
ガバッ
その声を聞いて俺、扇角、ティアが振り向く。正確には死んでるんだが、そんなことはどうでもいい。あぁ、でも勝手にアンデットにしたのは流石に不味かったか?
「ヒグ、様?」
無言で頷く。何度も、何度も。
こういうとき、何と反応していいのか分からない。昔ドラマで見た昏睡状態になっていた娘が目覚めたときの母親の語彙力が皆無だった理由が分かった気がする。
目から汗が溢れる。嬉し涙、……おっと間違えた。嬉し汗はナトリウム量が少ないからしょっぱくないって本当なんだな。泣いてねぇ。涙なんて認めねぇ。せっかく目覚めた部下の前でそんな情けない姿見せてたまるか。
グレアが何か生暖かげな雰囲気出してるが気にするな。
「善き哉善き哉。麗しい主従愛とでも呼ぼうか」
ナーシェルがゆらりゆらりと幽鬼か亡霊のように立ち上がる。アンデットだからふさわしいのかもしれない。
「無事だったか、ナーシェル。あぁ、アイリス。目覚めたばっかで何が何やら分からねぇと思うがすまん。初対面の奴が二人……人ではないがまぁいるんだ。話したいことも一杯ある。守れなくてすまんとかまぁ、色々。やべぇな。自分で言ってて何が何だか分かんねぇな」
頭の中がぐちゃぐちゃになった電子配線みたいに絡まってる。整理しても整理してもその上を塗り潰すように感情の大津波がノアの大洪水さながらに襲ってくる。
津波と洪水は原理は違うって小学生でも知ってるんだが、その差すら分からない程に混乱している。最終的には良かったしか出てこない。
何のために磨いた思考力だよ。こういうとき、クールな言葉の一つや二つもかけてやれねぇ。大バカだな。理知的の「り」の字もない。
「涙、拭いて下さい」
恥ずかしい姿は、情けない姿は喩え天地がひっくりかえろうと開闢されようと見せたくないと思ってたんだがな。こんなときくらい見栄はってかっこよくいたかった。
惨めで無意味な抵抗と知りながら、ささやかな見栄をはる。
「泣いてねぇ。泣いてなんかねぇよ」
その言葉が堤防を決壊させる最後の一押しになり、滝のように涙が流れる。見た目と合わさってまるでわんわん泣くガキだな。どうでもいいこと考えて、自分を客観視する。
コンコンコン
ドアが三回ノックされる。急いで涙、じゃなくて汗を拭う。ほら、汗だくとか気持ち悪いから。……はぁ、誰に対して言い訳してるんだろう。
「どうぞ」
すると、ドアが開けられた先にはいつも父親の手伝いをしているはずの執事がいた。THE、執事。THE、紳士然とした仕事のできる人。
「何の用だ?」
「ライムという方がお見栄になっています。現在、大変お恥ずかしながら、片付けなければいけない仕事が多くて手が空いている者がいなかったため、私が案内させて頂きました」
あぁ、そういえば、牛頭にも早く伝えなきゃいけないな。ライムも手伝ってくれた訳だし、何かお礼でも考えておくか。
ライムが、葬式のようなしずしずとした雰囲気で室内に入ってきてそのまま──ジャンピング土下座をした。見事な土下座だった。土下座大賞とかいうどうでもいい賞をあげてもいいくらいに。
「どうした?」
何の気無しに、不思議に思って要件を聞く。牛頭の姿が見当たらないが、何処にいるのだろうか?
「すまない、牛頭を、死なせてしまった……俺の、未熟で」
「は?」
理解が追い付かなかった。牛頭が、どうしたって?
悪夢は終わらない。




