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剣と魔法と科学の世界  作者: インドア猫
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掠れた記憶

 遠い昔の記憶


「おい、本気か?いや、正気か?憧れててやっと成れた剣聖を辞めてまで審議を確かめに行く必要ないだろう」

「本当に、ナーシェル殿が国を裏切り、無辜の騎士を殺したのであれば、もしも彼女が越えてはならない一線を越えていたのならば、私はこの手で、……彼女を斬らなければならない」


 剣聖、東藤無ニ斎が疑念、怒り、嘆き、悲しみ、不安、様々な感情が織り混ざった唾を燕下し、行く末を案じる友の言葉に対し、決意を露にする。


「それにしたって、もう少し待って情報を集めてからでも遅くないだろ?お前はいっつも無口なくせに突っ走るとこがあるから心配なんだよ」


「……エルフや獣人などのヒトよりも強い種族が介入すれば話は別だが、彼らは不干渉を貫くだろう。ならば我々人間が、彼女に審議を問い、場合によっては止めなくてはならない。それができるのは私だけだ」


 すると無ニ斎の友人は息を肺一杯に吸い込み、頬を叩き、無ニ斎と目を合わせて言葉を紡ぐ。言いにくい言葉を直接友に告げる覚悟を決める。


「死ぬかも知れないぞ」


 冷酷で、残酷で、先程までの友を案じる瞳をしていた人間と同一人物とは思えないような厳しい口調で言う。これができるのは彼もまた武士だからだろう。戦地を、死を潜り抜けた人間のみが放てる特有の雰囲気。

 対する無ニ斎の返答は、


「委細承知。だからこそ剣聖の名誉を天皇に奉還し、この愛刀、村雨を次代へと託すのだ。村雨は国宝、私と共に殺す訳にはいかない」


「だったら余計に厳しいだろ、現実的に考えろよ‼村雨に匹敵する刀なんて、もう伝説上の存在でしかない草薙剣(クサナギノツルギ)以外にないだろ‼二流の武器で、万全の準備をしなくて勝てるのか!?敵は、お前が初代剣聖以外で唯一憧れた人だぞ。そんな覚悟で勝てると思ってるのか‼」


 強く、突き放すような言葉。お前は弱いというような、男にとっての最大限の侮辱。だが無ニ斎には暖簾に腕押し、柳に風。全く響かない。



※※※※※※



 太陽国 中■ 皇居


「天皇陛下、この刀と地位、奉還させて頂きます」


 垂れ幕の奥の顔の見えない天皇に頭を下げ、最大限の敬意を払う。どうせここにいないのだろう、今頭を下げているのは所詮影武者だろうと思いながら。


「幕を上げよ」


 幕の奥から今までに何度も聞いた声とは全く違う、威厳のある男の声を聞く。右大臣と左大臣が両脇に控えているが、両者驚愕の表情をする。


 そんな中、一人の女性が空気を完全に無視して幕を上げる。空気を読めないのではない。読まないのだ‼と言わんばかりの堂々とした動きだ。


「貴様、今剣聖を辞任すると言ったが、それが、それこそが国への裏切りとなると思わんのか?貴様が勝手な行動をすることで、我が国の軍事力が衰退し、それこそ何千もの無辜の民が死ぬと……」


 脅迫めいた口調で話す天皇。普段は全く人前に出ず、今まで正体すら知らなかったと言うのに、何度も演説してきた老獪な政治家のような響きがあった。


 返答を誤れば死ぬ。そんな予感がする。この手の悪寒は外したことがない。この直感に何度も助けられてきた。だがしかし‼誤れば死ぬ?正解を選んでも死ぬような場面に慣れ親しんでいる。


 何より、これから向かうのは紛れもない死地。村雨を奉還した今、第二の愛刀、政宗を以て全霊で戦う所存だが、それでも勝算は低い。ならばこの程度の危機、これから待ち構える困難に比べれば劣る。何より、この程度乗り切れぬようでどうやってナーシェル殿を止めようか。


 この身はいつ死ぬやも知れぬ亡霊同然。死の恐怖?笑止千万‼死等怖くない。それにいくら天皇の軍が屈強であろうとも負ける気はしない。


「国を裏切ってみれば、あの方の気持ちも分かるのでは?」


 空気が凍てつく。ただ一人を除いて全員の視線が貴様死にたいのか?と雄弁に問いかけてきていた。目は口ほどに物を言うとはよく言った物だ。そしてただ一人、正気を疑わず、笑い、嗤った者がいた。天皇その人である。


「クハハハハ、よう申した。神話の英雄もかくやの覚悟。面白い、誠に面白い。ハッ、気に入った。村雨などくれてやる‼」


  ガタガタッ


 天皇と無ニ斎以外の居合わせた全ての人間が立ち上がる。心中では大声を挙げて「正気ですか!?」と問いたい。だが、ここはあくまでも天皇の御前。大声を出すなど言語道断。全員歯を食い縛って堪える。


「とでも言いたいところだが、そう言う訳にもいかぬ」


 皆ほっとして座る。中には安心のあまり、まるで魂を抜かれたのかのように座り込む者もいた。天皇はイタズラが成功した子供のような笑みを称えている。


「代わりにと言っては何だが、これをやろう」


 天皇は懐から厳重に封印の魔法がかけられた木箱を取り出す。檜の木をカンナで削り、ヤスリにかけて磨かれたそれは、封印の上からでも感じられる異様な魔力を纏っていた。


「不死鳥の羽が入っている。身に付けているだけで傷を癒し、万病を打ち払う。あぁ、間違っても体内に取り込むなよ。さすれば伝承通り、貴様が不死鳥になり果てる」


 不死鳥の力は元に戻すと言う力。不死鳥とは、元に戻すと言う魔法が付与された生物のようなもの。身に付けているだけなら天皇の言う通り、傷を癒す。だが、一度体内に取り込めば、元に戻ると言う作用が強すぎて、元の体に、不死鳥に戻ろうとする。結果、第二の不死鳥が出来上がる。


 大昔、不死身の肉体を欲して不死鳥を喰らった者がいたらしいが、その者は不死鳥となり、元の意志も理性も残らなかったらしい。


 何はともあれ、出立の準備は十二分に整った。約束を果たしに行く時だ。



※※※※※※



 王国、太陽国■の合同作戦後


 王国と太陽国の■の合同作戦は凶悪なドラゴニュート、リザードマンという蜥蜴型の魔獣が進化したモノを倒したときだ。王国側の最高戦力はナーシェル。太陽国側の最高戦力は無ニ斎だった。


「ナーシェル殿は、風の噂に聞いた通りの実力を持っていらして、誠にお強いですね」

「無ニ斎殿、それは女性にとっては誉め言葉にはなりませんぞ?そのように女性に言っていらしたら、いずれ恋人や嫁に愛想を尽かされるかと」


 男ばかりのむさ苦しい環境にいた無ニ斎はこれが侮辱につながるとは知らず、慌てて発言を撤回し、謝罪する。それを見ていたナーシェルは余りの可笑しさと慌てぶりに、思わず忍び笑いを洩らしてしまう。


「ククク、あぁ、失礼。貴殿が余りに慌てたもので。戦場では修羅もかくやのお立ち回りだったので、その差に驚いてしまったようです」


「先程の言葉に答えるなら、別に妾は強くは無いかと。魔力が多く、多少死霊魔術に秀でているだけで体は弱く、今回の戦いでもアンデットの扱いがまだまだ未熟と思い知らされた次第で」


 自分よりも確実に強者であるナーシェルの謙遜。それは不思議と嫌味には聞こえなかった。彼女の話術故か、それとも、エルフや獣人。そして今回の脅威でもあった魔獣など、人間より遥かに強い生物がいるからか。何れにせよ、彼女が立派な人間であることは確かだった。


 彼女の在り方が、心が強いと思い、憧れた。



※※※※※※



 ■■の欠片に纏わる■■の後


 あれだけ、強いと思っていたナーシェルが泣いていた。ただただ、自分の無力さを嘆いていた。自分も恐怖した。死を直感した。神獣という奇跡に、偶然に助けられなければ確実に死んでいた。


「妾は、やはり弱いな。……それとも、人間という種族が弱いのか?」

「そのようなことは無いかと。貴女の心は強く、清い」


 無ニ斎がそう言うとナーシェルは慈しむかのような微笑みをみせた。それは、どんな花や宝石よりも美しいと思った。同時に、あの堂々として、いつも豪胆で、強かったナーシェルがひどく儚く見えた。


「皆が寿命で死ねる世界はきっと、幻に等しいのだろうな。それでも、……それでも目指す妾は愚者に見えるか?無ニ斎」

「いえ、そのような世界に憧憬を抱くのは皆が抱きます。だけど、それを貫くことのできる人間はそういない。その願いは、美しいと思います」


 直接的に面と向かって言われたからか、ナーシェルは白い柔肌を朱に染める。そして、咳払いをして、頼み事をする。それは、その姿は、年相応の少女のようだった。


「妾が信念を無くすような危機に陥ったとき、無ニ斎、お前は妾を助けてくれるか?無力で弱い妾を……」


「無論」



※※※※※※



 死の迷宮


 無ニ斎とナーシェルは対峙した。自身の契約魔獣であるシャドウスライムに事情を探らせていたので下劣な、騎士を名乗る値しない騎士の謀略の全てを知っている。


 その上で慰めるべきかと言えば、答えは否。嘆き、悲しむ彼女の儚さ、繊細さの余りに触れることすら躊躇われる。どう話していいのかすら分からない。


 彼女の双眸は常日頃から怜悧で、最果ての海の如く澄み渡っていた。あの日から、彼女が彼女自身のことを無力と嘆いた日から、それが間違いと思い知らされた。


 それでも、一度憧れた故の盲目か、ずっと美しいと思っていたその目は、繊細で、儚く、怒りに、どうしようもなく行き場のない憎悪で満たされていた。それが何処への憤怒か察することはできない。彼女自身がその怨讐が何であるか理解できていないからだ。


 もう少しコミュニケーション能力を鍛えておけばよかった。これ程に後悔したことがあっただろうか。暗中模索といきたいが、その努力が彼女の傷を広げ、腐敗させる。


 自らアンデットになった彼女。いつか語っていた夢は皆がアンデットになり、飢餓や脱水症状という概念を奪い去れば、争いは無くなるかも知れないということ。


 アンデットにはある程度の知能が、理性が備わっているが、やはり生前と比較すれば劣る。生前のままにアンデットになる方法、探究していたそれを終に、彼女は完成させたのだ。とはいえ、他人に施術することはまだ不可能らしいが。


 その成果を発表する場はあの外道に奪われた。王も策謀に加担している以上、抗議の声を上げたところで、握り潰され、抹消されるのが見えている。


 結局、助けることは叶わない。無謀に挑み、助けようとしたところで結果が伴わない行動は行動しないことと同義。彼女は以前、自分のことを強いと言ったが、今、己の弱さを悔いることしかできない。


 懺悔や告解をする相手もいない。いや、誰かの手を借りようとしている現状こそが惰弱さの一番の原因か。助け合いは美しいなどと美辞麗句を並び立て、称賛されるが、人の助けがないと何もできない者は大事なときに人を助けることができない。


 ならばせめて守ろう。彼女の安寧を。彼女の休息を。いつか彼女を目覚めさせる者がこの世に現れるまで。彼女は誰かに助けを求めている。


 自分にはできなかった。彼女の心の闇を晴らすことが。それができる者が、いつか現れると予感している。この手の予感は外さない。何度も助けられてきた。その直感を信じよう。


 自身にできないことを他人に押し付ける。なんて傲慢で、愚かしい男だろう。太陽国男児の名が滝の如く涙を流す。それでも、それでも待とう。守ろう。













 不死鳥の羽を喰らい、いつ果てる身か分からないが、その程度の死毒も、呪いも、その時まで押さえ込んで見せよう。

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