醜き裏切り
「それは貴様の前世の話か?」
「あぁ、そうだ」
苦虫を噛み潰したような表情で答える。煮え切らない怒りが、もどかしくて堪らない自責が、胸の奥底で蠢き、疼き、耐え難い苦痛をもたらす。他の者たちが不可思議そうに見つめる中で、エドワードだけが顔を反らし、下を向く。
「そこの悪魔もその事を知っておるのか。嘘ではないな」
「俺としてはあんなもの、嘘か幻想、夢幻であった方が良かったがな」
「ハッ、命拾いしたと思え。なまじ適当な共感であれば、妾はこの身が朽ち果てようとも貴様を殺したぞ」
全くの同感だ。適当に共感なんてされてたまるか。他者がそれを悼むのはいい。今のエドワードのように。だが、この胸の奥の痛みも傷も、全て俺の俺だけの物だ。他者に分かる等と言われたくない。誰にも分からせない。
「その点、俺は幸福だったかもな。酷く八つ当たりしても愛してくれた家族がいた。全て聞いた上で、俺を待ってくれた」
「ならば妾は相当な不幸者か。告げる者は配下。決して対等な立場の者が居なかった」
「あの無二斎っていうやつはどうなんだ?信用しているように見えたが?」
「奴は何も聞かなかった。ただこの眼を見て、何も語らずに付き従った。それが唯一の救いでもあったがな。クククッ」
その真意を問いただすように、ナーシェルを除いた皆が無二斎の方向を見る。その視線の嵐のなか、無表情で、その場にいるだけで空気を堅くするような佇まいを見せる無二斎。
「私は剣の道にしか生きられない。人と語らおうとも人ととは考えが違い、根本が違う。曰く、人の心を持たぬ殺人兵器らしい。そんなヒトからかけ離れた俺に傷ついた誰かを癒す事など出来ない。ならばこの刀で、この身で、傷ついた誰かの傷が塞がるまで守るのみ」
こいつもこいつでかなりの訳ありらしい。これ以上つつくのは下策。人の心は簡単には癒せない。癒そうとして一度間違えれば逆に傷口を広げる危険な手術。人の心に触れるということはそれ即ち、魔境に足を踏み入れることと同義。
「貴様は、愛した者が狂おしいほど憎くなったことはあるか?大切な人が、親友が、自らのせいで命を落とすという経験をしたことはあるか?」
「一つ目はNO。二つ目はYES。いや、もっと酷いな。俺は俺のせいで傷ついた親友を助けずに見殺
「待て!創、あれは君のせいではない‼」
エドワードが大声を出して否定するが、事実は事実。何より、俺がその事を認めて後悔している。あのとき、完全に怖かったというだけの臆病な理由で見殺しにした。後悔なんてする資格すらないかもしれない。
完全に蚊帳の外におかれ、話についてきていなかった扇角とティアが驚愕といった表情で目を見開く。
「して、真相は?」
「俺とつるんでいたせいで、親友は虐められた。俺はそれを助けなかった。虐めに加担していたことと同じだ。見殺しと言ったが、過少評価のしすぎだ。もっと酷い」
「いや、確かに虐めの原因には君に対する良くない感情をもっていなかった者によるものもあるが、あれの一番の理由は幼子故の愚かな差別だ。それに君の行動は家族のためを思ってだろう」
大まかな道筋は同じなものの、細かい意見が食い違う二人。見解の相違の根本的な理由はヒグの過剰な自責なのだが、初対面の者にそれは伝わらない。
「結局、どちらが正解なのかのう?」
「本人がこう言ってんだ。俺のが正解。異論は認めない」
「待て、それは客観性に欠ける。裁判では通用しないぞ。ここは第三者の意見を取り入れるべきだ」
「そもそも時間が無いんだ。その話は後回し、今はそのナーシェルとやらが仲間になるかならないか。話を拗らせなくていい」
エドワードと意見が合致せず、結果として蚊帳の外におかれていた扇角とティア、二人が場を取り仕切るという珍妙な状況と化した。
「どちらにしろ、妾に拒否権はない。とっとと契約を済ませよ。この迷宮から抜けるのであろう?妾の案内無しにでは少し面倒な筈」




