邂逅
死の迷宮98層。一本道に一つだけある大部屋。それを越えない限り最下層へは決してたどり着けない。そんなところにいるのはドラゴンゾンビ。暴虐の化身にして、幾人もの冒険者を消し炭にした化け物。
気配関知の魔法なんてなくても、壁越しに感じる存在感。ライオンを相手にしたリスのような力の差がある。だが、その程度どうしたことか。グレアと戦った時が思い出される。
壁の向こうにいるドラゴンゾンビがライオンなら、グレアは自然災害、科学のある人類の勝てぬ天敵。それに比べればライオン程度、科学の力でバスターできる。
「そもそもゾンビがなんだ。あんなもん、死体に電流流して無理矢理筋肉動かしてるのとおんなじだ。知能も低い、油断している奴に負けてやる道理はない。殺るぞ。卑怯、外道?上等だ。それが人間様の戦い方だ。徹底的に殺ってやる。まぁもう死んでるけど」
「そもそも、人間でもないのだが」
「自らはユニコーンだぞ?」
「んじゃあお前ら、あのドラゴンゾンビとタイマンして勝てるか?」
「「無理」」
唇を弧のように吊り上げ、ニヤリと笑う。決して口には出さないが、口に出す必要がないほど、顔が雄弁に「ほらな」と語っている。
扉を開けて、中に悠々と入る。通常なら自殺行為としかとれない、あまりの強さに生きることを諦めた者の行為だろう。だがこのドラゴンゾンビ相手には違う。
性別は分からないが、彼はわざわざ、壁越しに、こちらが攻撃するまで攻撃しないと言った。祖先と我が魂に誓うと。そして、去るなら去れと。ここを越えれば我が創造者は貴様を確実に殺すと。
竜にとって魂を縛る盟約は自分の命よりも尊ぶ者であり、魂を縛る盟約を破れば、その魂は跡形もなく消え去る。過去、一匹の竜が他の生物を虐殺した時に神獣が世界にかけた呪いである。
ヒグが取り出したのは大量の小麦粉。それを扇角の風魔法を使って空気中にばらまき、部屋中の空気とよく混ぜ合わせる。さらに幾つかの瓶の蓋を開けて、その中の気体も混ぜる。
「煙・・・・幕、カ。クダラン」
そして見覚えのある筒をこれ以上にないほど慎重に置き、出口まで全力疾走。そして出口を少し出たところで耳栓をし、一言。グレネードランチャー、大砲を向けながら、手榴弾を振りかぶり、
「じゃあな」
引き金を引き、扉を閉めた。あとは98層への階段を目指して扇角の背に乗り、走る。某文学作品のように太陽の十倍とはいかないが、かなりの速度で走った。耳栓越しに聞こえてくる、耳がいたくなる爆音。台風のごとき爆風。
悲鳴すら許さぬ爆発が部屋中を飲み込み、通路まで侵食しようとする。正体はまずグレネードランチャーや大砲の榴弾、手榴弾の爆発に加え、部屋中の空気に混ぜ合わせた小麦粉による粉塵爆発、さらに空気に混ぜた水素による爆発。
そして最後のだめ押しがあの見覚えのある筒。ニトログリセリンましまし紐なしダイナマイト、ぶっちゃけるとほぼニトログリセリン。
その力を以て大爆発を起こす科学の集結。既に大破し、跡形も無くなった扉をくぐり抜け、ドラゴンゾンビを見て、対物ライフルのノーベルで核を完全に破壊する。
ノーベルの銃弾と無数の剣が核に突き刺さり、綺麗な、腐った死体に似つかわしくない全てを見透す水晶のような核を粉微塵へと変える。今更だが、無数の剣が飛んで来るってUB○とかゲートオブバビロ○みたいでかなり理不尽。
物言わぬただの死体となったドラゴンゾンビを見る。ゾンビである以上、一度は死んでいるはず。それなのに、高潔に生きようとする様、そしてそれを利用して淘汰する行動。恥ずべき悪徳と言われればそれまでだろう。
「ど阿呆」
そう一言。死体には目もくれずに進む。
「素材はいいのかの?」
「アホの素材なんかいらねぇよ。死体を火葬して成仏させてやったんだ。むしろ感謝して欲しいな」
あの死体は使うべきではない。愚直で、馬鹿で、阿呆で、高潔な者の死体を、人間の手で使うのは、言葉にできない、それでも確かにそこにある、抵抗の感情があった。
「進むぞ」
部屋の入り口と同じく、破壊されきった出口をくぐり、下の階層へと行く。下の階層、99層は最早部屋すらない一本道。爆発で飛んだ瓦礫を避けながら、100層の階段に行く。罠もあったのだが、瓦礫によってことごとく全て作動済みだった。思わぬ副産物だ。
100そうは一つの大部屋のみ。そこは大部屋というよりは、一国一城の王の謁見の間のようだった。
「お初にお目にかかります。じゃ、出口はどこだ」
部屋の中に、小さな階段があり、その上にある椅子に、堂々とした貫禄で座る女に問う。
「侵入した鼠をみすみす逃がすと思うか?たわけ」




