選別を越え
リッチーも、ガシャドクロも殺した。正確にはもうすでに死んでいたのだが。目の前には扉。この階層を抜ける。生きて帰る。そして救う。その目標に向かって駆ける。
雑魚を薙ぎ払い、到達した先にあったのは・・・
ただ下るべき階段だった。そこに駆け上る階段はなかった。いっそつまづけばよかった。階段でつまづけば痛みは感じるだろう。骨の一本くらい折れるかもしれない。しかしそこには喜びがあっただろう。
しかし現実は無情。そこにつまづく階段はなく、あったのは足を踏み外し、転がり落ちるための、下への階段だった。二択、決して当たりを引く確率は低くない。だがハズレた。
勢いをそのまま階段を転げ落ちる。絶望が体を支配する。自分の世界を闇が呑む。心臓が圧迫されたかのように胸が痛い。挑むのは帰れるかどうか分からない賭け。自分の命がかかった賭けだ。
滑稽だと思う。助けたい。救いたい。その思いの果てが、たどり着いた先がこれだ。皮肉にも程がある。救おうとして逆に殺す。いや、人類が歩いた道もそうだった。往々にしてこのような者なのかもしれない。
カハッ
思考を強制的に中断させられる。地面に叩きつけられ、肺から空気という空気が漏れだす。痛い、苦しい、そんな感情で頭が一杯になる。
「クソがッ、フ○ック。滅びろ。二択で外すかよ普通。クソダンジョンマスターがッ」
悪態をつくことによって心の中に貯まった感情の膿をを洗い流そうとする。感情を表にぶつけたことによって少し闇が晴れたような気分になる。
『どうする、絶望的だな。基本口を出さないでおこうと思っていたが流石にこれは状況が不味い。今から引き返すにしてもドアの向こうにはアンデットの軍勢がいる。突破成功率はかなり低い』
そうだ。基本的に雑魚は無視戦法で突き進んだから扉には未だにアンデットの軍勢がへばりついているはず。離れるまでまつか?一体何日?
死して時間という概念に頓着しなくなったアンデットだ。暇という感情も切り捨てられている。昔、アンデット相手に砦に立て籠ったが、1ヶ月経っても離れなかったという話もある。
『かといって進むにしてもだ。最下層まで進めるか?ダンジョンは最下層に地上との経路を作ることによって始めて成立するという常識からすれば道はあるだろうが、正直勝ち進める確率は絶望的。どちらにしても天文学的数字とかいうやつだな』
おいこらそれどこで覚えやがった。十中八九、というか確実に記憶覗きやがったな。恥ずかしい記憶とか見られてたら俺、布団から出ずに一週間くらい引きこもる可能性あるぞ。
とは言え、全て現実。天文学的数字というのもあながち間違ってはいない。なんなら的を得ている。確率的にはどっちに進む方がマトモだ?
アンデットの津波を越えられるか?いや確実に無理だろう。無茶苦茶な突貫したお陰でかなりアンデットが集まっている。そんなところに行く?ティア単独ならまぁ。だが俺と扇角は確実に足手纏いになる。
下層は下層で進める気がしないし、進めた所で敗北するのがオチかも知れない。ヒュドラ相手に生き残れたのは運とかであって決して実力ではない。
どちらの方が現実的かとかいう次元じゃねぇな。多分どっちでも死ぬなこれ。死にたくねぇし、死ぬ気なんてさらさらないんだが、死ぬときは死ぬからな。
「正直、上の階層抜けるのは俺らが命一杯やらかしたお陰で無理無茶無謀だ。生き残りは、難しいが、下の階層を攻略するしかない。だが最終層。未踏破の場所、攻略できる気がしない。多分俺は一番の足手纏いになると思うし、やることは所詮死ぬのの先伸ばしだ。ひどい誘い文句だと思う。詐欺師の方がマトモだ。それでもいいか?」
「ひどい誘い文句もあった物だのう」
「正直それで追いて行く奴は頭が可笑しいぞ」
「ひでぇ。でも実際その通りだから何もいえねぇ、父親にすら論破されたことねぇのに。まぁ、そもそもこんな状況想定してないんだがなー。で、結局どうする?正直逃げてくれても構わん。というかそれが一番合理的な選択なんだけどな」
「つまり、私たちは頭が可笑しいということで」
「やってやるかのう。ほれ、前から大軍が来ておるぞ、休む暇すらないのう」
ゾンビの頭にクロスボウの矢を射る。これ以上軍勢を増やしたくないのでなるべく音を立てないようにする。さっき背中をぶつけたダメージがまだ残っているため、呼吸が辛い。
魔法により闇と風が蠢き、ゾンビを呑み込もうとするが、流石に91層の敵になると一撃というわけにはいかない。頭を貫こうにも、皮や骨が邪魔をする。
近づいてきたゾンビに対して、40センチくらいの棒状のスタンガンを突き付け、目を貫き、弱点である脳ミソを焼いてやる。
腐敗した目に防御力はあまり残っていない。また、流石に脳が固くなったり、燃えなくなったりすることはない。
問題は血液でスタンガンが壊れることぐらいだが、今のところ、血液は電気をよく通し、脳を焼くことに協力している。
腐敗した肉の焼ける嫌な臭いが立ち込める。今すぐシャワーを浴びたいが、そう言うわけにもいかない。ティアの剣や槍を飛ばす戦法は問題なく通じ、扇角も巧く立ち回れていた。
ぐちゃ
だが唐突に響くその音は今までの腐敗した肉の音ではなく、生身の新鮮な生きている肉を裂く、決定的に違う音だった。その直後に扇角が口から血を吐く。
咄嗟に振り替える。後ろにいたのは骨の軍勢だった。何故という疑問とともに恐怖し、心臓が口から出そうになる。扉はティアが魔法で閉めた。確かに閉まっていた。
だが、扉そのものが壊れていた。扉が開かないなら穴を空ければいい。硬い扉だった。だが、二百や三百どころではない。五百を越える上位アンデットの猛攻には耐えられなかったらしい。
「ティア‼」
言われるまでもないといわんばかりの判断の速さで前方の敵の壁に穴を空け、扇角を担いで飛ぶ。それに追随し、悲鳴をあげる全身の筋肉を動かす。
グレアは必死に強化と回復の魔法を掛け続ける。だが速い。高々死体と侮ればすぐに追い付かれる。いくら強化を掛けようと子供の身体では100メートル11秒が精一杯。トップアスリートと比べると遅い。
手榴弾を投げ捨て、撒こうとする。確かに後ろの敵は撒ける。だがそれは決していい手ではなかった。一時凌ぎに過ぎない。そして恐れていたこと。轟音に釣られてきたアンデット。
走る、走る。足の悲鳴を無視し、大地を蹴る。硬く、無機質な石の地面の上を駆ける。心臓の鼓動が無茶な動きに絶叫するかの如く大きく、速くなる。壁を曲がり、その直ぐ隣にあった扉に駆け込み、閉める。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
走っていたときにずっと働き続けていた肺と喉が痛い。相当無茶をしたせいで、冬の寒空の下を全力疾走したときにも勝る咳が出る。
ようやくたどり着き、アンデットも撒けた。そこまではよかった。休憩、それもいいだろう。だがしかし、安息など何処にも存在していなかった。
矢が飛来する。その矢はヒグの顔の直ぐ横を通過する。頬から血が流れる。また別の角度からもう一本矢が飛来する。今度は肩を突き刺す。
激痛が走る。ここは未だ迷宮の内部。誰も余談など許してくれる訳がない。痛みを堪えながら手に瓶を握り、投擲する。光の球を壁などに付着させるマジックアイテムだ。
露になったのは高台に一体、平地に二体。合計三体のスケルトンの弓兵と一体のサイクロプスのゾンビ。とは言え流石深層。普通のスケルトンとは比べ物にならないくらいの遠距離狙撃をしてくる。
そしてサイクロプスの方は特徴であり、弱点でもある大きな目の周辺が腐っていて、ほぼ剥き出し状態だ。弱点が剥き出しなので喜ばしいのだが、気持ち悪く、おぞましい印象をもつ。
「ティア、サイクロプスを抑えてろ、その間に弓兵を片付ける」
「了解した。なに、あの程度片手間で殺してやるさ」
軽口も程々にして敵を睨む。矢をつがえる弓兵。部屋内にある柱を使って防ぎ、肩に刺さった矢を引き抜き、対物ライフルのノーベルを取り出す。
弓兵が矢を当てられる位置につくために動く。そこを狙撃。先ずは一体。胸部の核を肋骨ごと砕く。普通の銃ならこういう訳にはいかないが、対物ライフルなら威力で圧倒できる。
もう一体、反対側から回り込んできた方の矢を避け・・・・ッ‼避ける方向を予測して射る弓兵。骸骨兵の脳味噌にしては高等過ぎる知能と技術だ。
間一髪の所で無理に方向を変える。そのせいで右足を挫く。その痛みを誤魔化し、狙撃で仕留める。
ただ、そのときに柱の影から出すぎたらしく射線が通っており、最後の弓兵の矢が左足のふくらはぎに突き刺さる。走ろうとするが、両足を痛めている状況では巧く足が動かない。
もう一本、今度は脇腹に矢が刺さる。この足では避けることも叶わない。その事実から焦りが湧き出で、恐怖とともに冷や汗が背中を伝う。
足の矢を引き抜く。更なる痛みに歯を噛み締める。逃げる。無様だろうと何だろうと。予測しづらいように出鱈目に走りながら弾を入れ替える。
矢が近くの地面に突き刺さる。ここだと確信し、振り返り、高台に銃口を向け、スコープを覗く。だがそこにはいない。
嫌な予感を感じ、第六感という科学的根拠の欠片も無いものに従って跳ぶ。決めにきたのだろう。さっきまでいた所には三本の矢が刺さっていた。
一度射たら移動。狙撃兵の基本中の基本。それが脳から抜け落ちていた。アンデットは知能が少ないという事実と経験に踊らされていた。
深層のアンデットは化け物。そんな常識など通用しなかった。狙撃戦が始まる。撃っては移動。射ては移動。お陰で長々けりがつかない。
予測して撃とうにも、素なのか敢えてなのかは分からないが、あまりに不規則な動きをするので全く当たらない。こちらも不規則に動いているので相手の矢は当たらないが拉致があかない。
思いきって接近戦を仕掛ける。煙幕と閃光手榴弾を使って射線を封じ、一気に接近。だが音が残っている。音を頼りに弓兵は矢を放つ。
アンデットは音に敏感だと言うのに、音爆弾を使っても耳を痛めるという概念がない。本当にウザイ。
だが音を頼りにしていてもたかが知れている。矢を当てることは叶わない。というかどんだけ矢持ってるんだよおい。
近づき、片手で拳銃乱射。核には当たらなかったものの、関節をやったらしく、矢をつがえる手が止まる。千載一遇。一気に距離を詰める。
肋骨の隙間に拳銃の銃口を入れ、引き金を引く。轟音が鳴り、核が砕け散る。頭蓋骨の目の穴。虚空の中で灯っていた炎にも似た光が消え、骨が崩れ出す。
「見事」
掠れて、殆ど聞こえず、風の音か何かしらの聞き間違いだと思うような小さな声だったがそう聞こえた。あの骨の何処に声帯があるのかは知らないが、それも魔法が有れば何とかなる。
アンデットに知能がないというのは通説で、世間一般では当然、寧ろ知能があると言い出す奴の方が頭がおかしいと思われるが、戦闘中の行動といい、グレアといい、高位のアンデットには知能があるのかも知れない。
安堵に呑み込まれそうになるが、まだ戦闘は終わっていないと身体を動かし、ゲームのポーションのような回復薬を流し込み、鳴り響く足音の音源を見る。
ティアは善戦しているが、今までの戦闘の疲れと扇角に対する配慮で決め手に欠けている。はっきり言ってじり貧。このままだと体力切れで敗北する。
あの垂れ下がり、腐った生理的嫌悪感を引き出す眼を破壊するにはかなりの質量をぶつける必要がある。大砲を取りだし、標準を合わせる。目標は巨体とは言え、激しく動き回っている。
集中する。外したらもう一発という訳にはいかない。自分自身の体力ももう限界。血は流れ、身体は寒さが支配している。この数日間で何故こんなに死にかけているのだか疑問に思う。
ドォォン
大砲の音が鳴り、鉄の塊がサイクロプスゾンビの目を目掛けて飛ぶ。その瞬間、サイクロプスがこちらを向く。目の位置が変わり、鉄塊は後頭部に直撃する。
終わった。後頭部を破壊しようとも、目が残っている限り、そこから再生する。怒りに任せ、サイクロプスが暴れまわり、地震が起きたかのように地面が揺れる。
二度目の死を覚悟する。踏み潰されるか、喰われるか、どちらにしても死には変わりない。身体は必死に匍匐前進するが、頭では無駄だと分かっている。
だが待とうと死は訪れない。それどころか地震も収まっている。ティアが隙を突いて倒したのか?そう考えていると、再び、これまでよりも大きな轟音と地震が訪れる。
見ると、サイクロプスは倒れていた。目は付いていない。近くには高い所から落ちたのか、腐った目がジャムのようになって落ちている。
「助かった、のか?」
ティアが答える。
「偶然だな。目が再生の最中に落ちた。再生の途中で脆くなっていたのと暴れまわったので目を繋いでいた肉が離れて落ちた、といった所か」
意識が薄れる。眠い。




