妖精の秘儀
ちょっとヒグの過去に触れる部分があります。過去回書くのは大分後なのでそこまで覚えて貰わなくて大丈夫です。
細心の注意をもって縫う。外。しかもすぐそこでは激闘。これ以上手術の環境として劣悪な環境はないだろう。
「牛頭とライムは散った散った。女の裸を見るでない。あの闘いを見張って何かあったら報告せい」
こんな血だらけの緊急事態にそんなの誰が気にするかと疑問に思うが、こういうのって大概男にとってどうでもよくても女には重要だったりするからあてにならん。
輸血が出来たらいいが、エルフの血液なんてあるわけないし、そもそも血液型や人間、エルフ間の輸血は可能かを調べる実験をしていない。
「ほかに手伝う事はないかの?」
「俺の汗とか拭いてくれれば助かる。汗って薄いだけで成分は尿と一緒だしな」
「「ワァオ」」
扇角とティアが嫌なことを聞いたという顔でドン引きする。だがこれがマジの否定できない科学的事実だから仕方がない。あんなの水に尿素と塩分とその他諸々溶けただけだ。
「入って菌が直で侵入したら弱ったアイリスの体の免疫機能じゃ耐えられねぇ。という訳で頼む」
時間がかかる。マジの手術でも何時間とか余裕でかかるし知識で知っていても実際にやるとなると素人だからどうしても手探りになる。医師免許なんて当然ながら持っていない。
裁縫もある程度は出来るし、人より上手い方だが、なんなら学校でクラスの連中にちょっと引かれたくらいには上手いが、人間を縫うってなると勝手が違いすぎる。人体の感触がグロい。
それに小さいとはいえ、円状に貫かれているからどっかから皮膚移植できないとなるとかなりきついというか無理矢理引っ張ってギリギリだ。医療用の接着剤もないときついな。
という訳で作る。なにかがないならそれを創ればいいじゃないが俺のモットーだ。科学者は考え、創り出すのが仕事だしな。
酢と塩素、硫黄でクロロ酢酸。クロロシリーズは他にもある。例えば扇角を助けた抗生物質に使われていたクロロ硫酸とか。
そこに水酸化ナトリウムでクロロ酢酸ナト。ナトリウムは俺は基本的にナトって略すんだよな。まぁ、アイリスの血を集めて鉄と合わせるとシアン化ナト。それを混ぜてアルコールを入れるとエチルシアノアセテート。
そのにシックハウス症候群の原因のホルムアルデヒド様で医療用接着剤の完成だ。ホルムアルデヒドはアレルギーとか起こすけど、色んな接着剤に使うからあると便利なんだよな。
※普通に生活していても多分この感想は出ません。上記の感想が出るのはヒグの様な特殊な人間のみです。
という訳で、完成品で傷口を繋
「避けろオォォォォォォォ!」
とっさに担架ごと前に倒れ込む。轟音とともにさっきまでいたところがボロボロと崩れて行く。闇魔法の腐食系統か。
原因はもちろん邪神の欠片。世界最強の神獣様様が抑えてたんじゃないのかよ。と、悪態をつきたいが、そもそも頼って引き付けて貰っている時点で文句は言えない。
しっかし強すぎんだろ邪神の欠片。あれで欠片とかふざけんじゃねえぞ。本体はどんだけイカレチートなんだか。想像もつかねえな。本体とか水爆でも使わないと勝てねえだろ。
悪態ついて現実逃避してても状況は変わらん。なんか対応策考えないといけないが、あれにいったいどう対応しろというんだか。手足の震えが止まらん。
『すまないな巻き込んで。此奴を取り逃したのは我らの失態。安心せよ。此奴は此処で確実に仕留める。もう被害は出さぬ』
『その為に我ら神獣はいる。我らは邪神の対応をする為にこの世にいるのだから』
暗黒竜に加えていつのまにか白虎らしい奴も来ている。この絵面を見てるとゴ○ラとモ○ラとキングギ○ラの決戦みたいだな。人間が出る幕ねぇな。
とは言え逃走手段がないからな。走って逃げるにしてもな。アイリスは扇角に載せるとして俺のクソゴミ児童体力じゃ逃げれねぇし、筋力強化魔法ずっと使ってた反動で全身の筋肉が悲鳴をあげている。
悩んでると、白虎が結界を張り出した。どうやら自分たちの闘いの影響を外に与えないためのようだが、そんなに対策しないといけないって今からどんな闘いが待ってるんだか。
と思っていたさっきまでの自分に教えてやりたい。こりゃ化け物同士の闘いだ。そら結界いるわな。結界なしだとこの街滅びるわ。
闘いは過激だった。だが二対一という戦力差と、邪神の欠片の力が衰えているのもあってか、神獣側が傷をあまり負わずに有利に進めている。
雷光が飛び交い、触手が物を壊し、黒き閃光がそれをも飲み込む。黒き閃光というと矛盾して聞こえるが、あの暗黒竜のブレスはそうとしか形容出来ないような代物なのだ。
正直あの中に入って行ったら0.1秒で死ぬ自信がある。悲しくなるけど普通の生物は基本塵になるだろうな。
今のうちに休む。俺等には二重に結界がかけられていて、回復効果があるようだ。アイリスの傷口は塞がっていないが、血は止まっている。休憩しないと身体がもたない。俺の身体も全身裂傷プラス火傷でかなりやばいから……───
あれ、地面にキス?この世界でファーストキス、というか前世だとキスした事ないからトータルでファーストキスが地面かよ。ではなく俺倒れたのか?寝転んだ記憶がないんだガァァァァ、
「痛い痛いいだいイダイイデェェェ!」
「ヒグッ」「主ッ」『ヒグよ』
全身が痛い。ヤバイ死んだ時レベルで痛い。何で?血は止まった筈だ。何が、グッ。あぁ、痛くてまともに考えれねぇ。相当だぞ。
「感覚低下・痛」
「光視。これは、全身の筋肉という筋肉がちぎれておるのう」
「ッ、筋力強化魔法による筋肉の酷使。それで筋肉の限界がきて全身の筋肉がちぎれてしまった、と」
「恐らくの」
「だが、それならその前に耐えがたい筋肉痛が奔る筈だ。前に鉱山で使われていたときになったが、あれはキツかった」
即座に交わされる議論。思考力判断力は流石、ヒグに鍛えられている。しれっと牛頭が重めの過去を暴露する。
「これは主から聞いた話なのだが、ハイになったり怒ったり、必死になったりするとアドレナリンというものがでて、痛みなどを忘れるらしい」
「確かにそれはバーサーカーの様に闘う冒険者から聞くが、多少マシになる程度らしいぞ」
「ヒグの集中力がそれを超えたとでも?」
「恐らくの。そしてもう一つ、最悪のニュースが追加だのう。それと同時に血管もちぎれて主曰く内出血?だったかの。それが酷いのう。色々な場所でちぎれておるからこのままだと命も危ない。治せるか微妙だが主よ、魔石を出せるか?」
「グァァ、ちょっと、待て」
必死に腕輪蔵のなかから魔石を探すが、痛みで集中できない。腕輪蔵は入れたものを思い浮かべることでものを出すので、思い浮かべれない状態だと出ないそんなこと、滅多にないのだが。
「く、待ってられない」
「しかしティアよ、それ以外に方法はない。それに我らの魔力はもう空っぽだからのう。皆、倦怠感を感じている筈だのう」
「だから私がやる。魔石なら私には予備があるし、扇角、貴様よりは確実な方法がある!」
「しかし、お主はダークフェアリーであった筈だが?回復とは最も縁がない筈だのう」
「秘策がある。なるべく使いたくなかったが、ヒグがこんな状態とあらば、私情は挟めん。妖精という種族は捨てたが、それでもやらねばならん」
「「ッッッ!」」
妖精の逸話を知る扇角とライムが目を見開く。が、それを無視してティアは詠唱する。
「偉大なる妖精の祖たる妖精王に奇跡を祈る。我が身を捧げ、贄となそう。我が願いは修復の奇跡。偉大なるその力を持って自然の摂理を捻じ曲げ、彼の者を救いたまえ。捧げる代償は我が右眼なり」
そう言ってティアは自分の右眼に手を突っ込み、右眼の眼球を引き抜いた。苦悶の声が出る。血が流れ、血管が、神経が垂れる右眼の穴が見える。
ティアがやろうとしているのは自分を犠牲にして行う魔法だ。
「グァァ、グッ。さぁ、今ここに契約はなされた。この代償を持って奇跡をここに。妖精王の祝福」
痛みが和らぎ、何とか思考を取り戻す。普通に花畑と川と手を振るエミリーが見えた。……ような気がする。たぶん。ヤバイな。今度死んだら転生じゃなくて冥界行きかも知れん。
『ヒグよ。何とか一命を取り止めたか。我もさっきは焦ったぞ。しかしこれが噂に聞く妖精の秘儀か。一生に一度。生物としての格が上がればその限りではないらしいが、流石だな。まぁもう直ここにいる皆が生物として格が上がるだろうが』
疲労感がもの凄いが何とか起き上がれるし、ヒュドラの声も聞こえる。どうにか死ななかっ、そうだアイリスがまだ手術中。血は止まったが早く傷口を塞がないと。
「主よ、動くな。自分がつい先程まで重篤患者だったことを忘れておらぬかのう。牛頭とライムはティアの介抱を」
「だがッ、」
「言いたいことは分かる。自らに任せよ。これでも人族のところで路銀を稼ぐために裁縫は鍛えたのだ。それともこの扇角、それ程までに信用できないかの?」
はぁ……と深呼吸をして言う。
「全く、趣味が悪いぜ。信用してるさ。一生の願いを使ってもいい。だから、頼んだ」
「一生の願いまで出さずとも自らは主の家臣のつもりだのう。元々無かった様な命。主の御命令とあらば死でも怖くないのう」
「ただでさえアイリスがこうなんだ。お前に死なれたら俺はどうしたらいいんだ?そんなこと冗談でも言わないでくれ」
「そうだのう。自らも命を、主を諦める気など更々ないがのう。だが冗談などではない。自らも冗談でこの様なことは言わぬ。だから覚えて置いて欲しいのう。主の命の危険となれば喜んで肉の壁になろう」
「何、お前が死にかけたらまた助けてやるだけだ。あのときみたいにな。まぁあの時は一か八かの賭けだったがな。常識的に考えて馬に抗生物質が効くのかわからなかったしな。俺でも流石に馬の病気は専門外で有名どころしか知らねぇ。明らか肺炎の症状だったから飲ませただけだ。あとはユニコーンって言う謎生物の謎確率に賭けた。もし賭けが失敗してたらお前は死んでたかもしれない。そんな危険な生物実験してたんだがな」
本当、今考えるとあん時の俺は何か狂ってて頭のネジがどっかに吹っ飛んでたんだろうな。某国民的あの馬鹿なパパみたいにくしゃみで物理的に飛んだわけじゃないが。というかあの設定本当謎。
「もしの話は今はどうでも良いのう。重要なのは助けてもらったと言う事と、助けるのに主が必死だったという客観的事実のみだのう。何故そうまで必死に助けたのだ?」
「はっ、俺がユニコーンなんて珍しい生物、そう易々と死なせると思うか?勿体無くて出来ねぇな」
実際のところ、何故かと聞かれれば微妙だ。なんとなく助けるべき。いや、助けたいと思った。あの人生を諦めた様なあの目を、二度と見たくないと思った。
「はぐらかすかの。まぁ喋りたくないのなら今は喋らずとも良い」
察しられたな。顔に聞いて欲しくない事情があるとでも書いてあったか。エスパーかな。アイリスもそうだったけどウチの女性陣察し良すぎじゃね?それとも俺が読みやすいだけか?ババ抜きとかポーカーでは負けなしなんだがな。
「私(俺)もですよ」
「ティア、大丈夫か⁉︎すまん、俺のために。右眼、使わせて。終わったら直ぐに王国一の回復魔導士を用意してやるからな」
「無駄ですよ。妖精王の祝福による欠損部位はどう足掻いても治りません」
驚愕だった。片目がなくなれば視界が一気に三十%失われる。しかも遠近感が掴みにくくなる。ティアの戦法だと一番大事な筈だ。
「何で目にしたんだよ。もっと他の場所でも・・・」
「あれは妖精の秘儀とか言われるだけあって中々厄介で、自分が心臓と脳の次に大事な部位でないと発動しないんだなー。これが。心臓とか脳を代償に使うのはまた別のがあるけど、取り敢えずそれは置いといて、まぁそういうわけで、手とか足は浮遊が有ればそこまで困らないから、そう考えたら目だっただけ」
「何でそんな事」
「自分の体を大切にしてっていった。分からない?心理学も学んでるとか言って無駄に腹の内の読み合い得意だった癖に、お伽話の主人公?鈍感すぎる。……好きだからに決まってる」
何か二連続で告られた。というか前者は重すぎる気がしなくもない。