決死の四十秒
同胞を、仲間を、数えきれない程殺めてしまった。なんと自分は罪深いのか。なんと自分は愚かなのか。人間たちも殺してしまうのか。抵抗もできずに、乗っ取られて、こんな化け物に変わり果てて。
その時、身体の崩壊を感じた。全身が壊れるようだった。いつもより魔力があったが故の暴走と察した。ならば今のうちに魂の束縛をとき、奴の力を奪って逃げるまでよ。
痛みに奴が悶絶している隙に魂の自由を取り戻した。とはいえ、身体の自由は奴に完全に奪われてしまった。ならばと、魔力を限界まで奪って逃げる。
外で見たのは幼子と青年、少女二人にユニコーン一匹が自分を滅多うちにしている様子。そうだ、そのまま我を、殺してくれ。これ以上、人間たちに迷惑をかける訳にはいかない。
そう思い、一人の幼子に宿った。
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『幼子よ、聞こえるか?』
うわっ、なんか頭の中に声が入ってきた。気持ち悪っ。変な感じがする。自分のイメージじゃなくて全く他人の声だからか?というかそもそも誰だよ。
『我は今主の目の前にいるヒュドラの魂だ。身体を乗っ取られたのだが、詳しいことはこの戦いが終わってから話す。今は我を倒すことが先決だ』
おぅ。まさかの謎展開。魂って、まぁ今更と言えば今更か。俺だってかなり特殊な部類だし。
で、倒すってどうするんだ?お前が乗っ取られたのが原因なのにこっちに丸投げってわけじゃあないだろ。何か方法を教えろ。
『あぁ、方法は教えるし、対価もある。昔我に挑んできた者たちの魔剣とか財宝とかは何かに使えるかと思ってとってある。方法だがな、あやつはまだ体の操縦に慣れてはおらぬ。少し止まって休憩しておるだろう。あれは扱いに慣れておらぬから継続して動けぬのだ』
つまりはそこを叩けと言う事でいいのか?
『あぁ、そこで我の核を狙って貰う』
核?
『お主らの言う心の臓だ。竜の心臓は魔石とともにあるのだが、その魔石の中に奴は宿っている。本体は結晶のようなものだから壊せば死ぬ。しかしまぁ硬くてな、あの杖のように長い棒でないと壊せないだろうな』
杖のように長い棒?あぁー、対物ライフルのことか。確かにまぁ見た目杖だな。黒い杖。なんかあのレベルのものを杖って呼ばれるのはちょっと複雑だが。まぁ了解だ。外見れるのか?
『まぁ、な。要所要所でサポートすることはできる。例えば今、オーラが消えただろう。我が魔力を最大まで奪っておいた。今なら魔法が通じるし、ブレスの回数は減る。そして言わせて貰うと大分本体が接近してきているようだな。このままだとヤバイぞ』
そう言うことは先に言えやタコがッ!
紙一重のところで避ける。髪の毛を尻尾の尖端がかすめる。
「おっとあぶねー。ヒヤヒヤした。扇角、魔法が通じるようになった。解禁していいぞ。今はチョロチョロ動き回って撹乱しろ」
ヒュドラがなかなか引き離せない。どうにかして距離をとりたいな。じゃないと、おっとやばいやばい。
中央の頭がモーニングスターのように振るわれる。更に両端の頭が腕に喰らいつく。
「痛いんだよクソやろう。そんだけ食いたきゃ食わせてやるよ。銃弾をな!」
食われかけて口の中にある手に腕輪蔵でアルとフレッドを送る。
ドパパパパパパッ
両手合わせて十二連発。強力な銃弾が口の中で暴れる。あまりの痛みに思わずヒュドラも口を開ける。
「ヒグ様、大丈夫ですか?」
「あぁ、なんとかな。カーボン製の籠手しといて良かったわ。あれなかったら腕食われてた。とりあえず回復魔法頼む。痛くて仕方ない」
「周光陣。主よ、これで継続的に回復するから腕の疲れもとれるはずだのぅっと危ない」
「苦戦しているようだな。助太刀するぞ!嵐脚」
そう言って飛び出すとともに両手に持った二本の剣をふるい、ヒュドラの首を狙う人影。何かお助けキャラ的なのきたぞ。ラッキー。かませ犬じゃなくてちゃんとした戦力であることを願うか。
結論、無茶苦茶ありがたい増援だった。最初の攻撃で首の真ん中ぐらいまで剣を差し込むってどんな風にやってんだか。
ティアの全力で剣飛ばしても三分の一いけるか行かないかくらいだからな。技量の高さが窺える。
「あれはありがたい。ギルドのAランク冒険者の中でもトップクラス、超上級者ですよ」
冒険者ギルドでは冒険者の格付けがあって一番下のF〜Aランクまである。というか、
何そのチートキャラ。ここはゲームかよって言いたいところだが今はありがたいな。ただまぁここまで運最強のご都合的展開だと大体後で超運が悪くなるんだがな。
「感謝する、ところで一ついいか?」
「構わん、というかどうせ足と目だろう。足は戦いの最中に失ってな、両足義足だ。右目もまぁ刺されてな。あと耳も、右がない。足に関しては聖樹様の枝を特別に分けてもらったから昔より性能がいいレベルだ。安心しろ。戦えるさ。というか俺は君のような子供がそんな戦闘を繰り広げられることが不思議なのだが、それは後でいいかっと。当面はコイツだな」
「奴はあれだけ色々ついてるからずっと動かしてると考えるだけの集中力がなくなる。その時に心臓部とその後ろにある魔石を特別製の武器で壊す。それのサポートを頼む」
「「「「「了解」」」」」
肉体の疲れは魔法でとれるが精神の方はな、どうしても疲れる。かく言う俺も大分疲れてるが。
特製のブドウ糖汁を飲む。端的に言うとアホ程ブドウ糖が溶かされてる水。無茶苦茶甘い。と言う事でコーヒーの実でお口直し。糖分とカフェインを摂取する。
銃をアサルトライフルに代えて、尻尾と頭に容赦なく叩き込む。神技というべき華麗な曲射。上から下へ横へ自由自在に銃弾が飛ぶ。そして弾切れ時の弾倉替えの速さ。洗練された動きで全く無駄がない。
だがヒュドラはそれを全て鱗で弾き、強引に尾をふるう。回避は不可能な速度。咄嗟に諦め、アサルトライフルを使って受け流す。
壊れたアサルトライフルを捨て、アルとフレッドに持ち替える。他方位への牽制は出来なくなるが、一発一発はアサルトライフルよりも強い。
至近距離でアルを尾に三発叩き込めば鱗は割れ、鮮血が飛び出る。更に下から顎に三発、アイリスの方に向かっていた頭を止める。
アイリスにサポートに徹して貰っているからこそ、この戦況はなんとか維持出来ている。そんな縁の下の力持ちの邪魔はさせないとばかりに横からも三本剣が飛来する。
他の頭はティアの牽制と扇角、牛頭、そして助っ人の四人で休む暇は与えない。エスタの方に流れ弾が行かないように気をつけながら戦う。座り込んだまま動かないというか動けない。普通の子供はそうだろう。
ヒグが異常なだけだ。
ヒグが異常なだけだ。
大事な事なので目立たせた上で二回言った。特に伏線は無い。
「嬢ちゃん、走れ、逃げろ。死ぬぞ!いいか、増援を呼んでこい。コイツは万全を期さないとヤバイぞ」
それでも動けずというよりは恐らくだが、恐怖のあまりに声が聞こえていない可能性が高い。
戦況はなんとか維持出来ている。あくまでなんとかだ。少しでもバランスが狂えば死ぬ命の奪い合いだ。このままやってても倒せるかどうかは微妙、五分五分だ。
「チッ、さっきまでよりインターバルが長い。身体の扱いに慣れたか!」
『我の計算ではあと四十秒。これだけ戦っているとは言え、そう慣れるものでは無い。少し記憶を覗かせて貰ったが、言うなれば画面が六つ、キーボードが三つあるパソコンで別々の作業をしているようなものだ。素人が全て使いこなすには厳しい身体の筈だ。我も幼年期は二つの頭を引きずって歩いていた』
そりゃキツいわ。あれでトレーダーやってる人とか素直にすげぇって思うもん。あれ頭で分かってても身体が追い付かないんだよな。
ヒグが異常なだけだ。普通は頭の方がパンクする。これで三回目。大事なことは何回でも言おう。
「あと四十秒耐えろ!」
またこの四十秒が長い。一秒が三分ぐらいに感じ、苛立ちを覚える。アルが弾切れしたらフレッドが撃ってる間に交換。その逆もまた然り。
攻撃は避ける。盾もカーボンがあるが、今拳銃が片手になれば攻撃の厚みが足りなくなるし、もう一丁あるアサルトライフルではダメージが少ない。拳銃で攻撃を受け流すなんて化け物じみた真似は自分には出来ない。
頭、それも目を重点的に狙い、ダメージを稼ごうとする。それを頭の急な方向転換でなんとかしてしまうヒュドラの動体視力に泣きそうになる。
『すまん、竜は基本的に他の種族よりスペックが高いのだ』
そして超絶ムカつく。とは言え、攻撃を読んで警告してくれるのはありがたい。戦いに集中するとどうしても視野が狭くなってしまう。
後で死ぬ程説教してやると思いながらまた戦いに集中する。こうすると不思議とやれるような気がする。いや、ヒュドラの魂が何処か抜けてるだけか。
ドパッ、ドパッ、ドパッ
あと何秒か。もう何百秒も戦っているような気になりながら尾を避け、反撃がわりに植物の付け根の鱗が空いているところに銃弾を打ち込・・・
そこで火が消えてることに驚愕する。レッドスライムゼリー手榴弾はもう無い。そこで硫酸の入ったフラスコを投げつける。植物が生えかけたが、酸によって溶かされ、更に断面を塞がれて成長が出来なくなる。
硫酸が効く奴でよかった。酸で溶けない化け物だった場合に備えて水酸化ナトリウムを用意していたが、杞憂に終わったようだ。
『ラストだ、カウント十』
やっとかと思いながら叫ぶ。
「強化魔法全力で俺にかけろッ!」
最後の手段に残して置いたミニガンを取り出す。牛頭が持っていたため、車が壊されても無事だったのが幸いだった。ミニガンの残り弾数百発とちょっと。それを全弾打ち込む。
「おおおおおおおおおッ!」
ガードは任せきり。重さで足がガックガク震えててまともに避けれない。怖さと葛藤しながらひたすら前を向いて叫ぶ。
やはり柄じゃないな。こういうのを叫んでいいのは少年漫画の主人公だけだ。昔、なんで必殺技の時に叫ぶのか不思議に思っていたが、あれは恐怖を打ち払うためだったのだろう。
ヒュドラの顔にはは明らかに焦りと疲れがにじみ出ている。
『五、四、三、二、一、GO』
決死の四十秒が終わる。
「ありったけぶち込め!」
やっとかと、待ちわびたと言わんばかりの猛攻、剣は飛び回り、嵐が起き、轟音とともに戦鎚がふるわれ、二本の剣閃が煌めく。ヒグは五個の玉と一本の棒を投げつける。
「下がれっ!」
五個の玉は煙幕、そして残った一本の棒はダイナマイト。その炎の中を科学者らしからぬ気合だけで突き進む、肌が焼けても止まらない、神風特攻モドキ。
「死、ねぇぇぇぇぇッ!」
ヒュドラの胸に対物ライフルのノーベルを突き出す。込めた弾は念には念をおしてアダマンタイト弾。世界最硬金属。
前に父親から掠め取ったカケラを集めて作った男のロマンの結晶。まさかこんなに早く使うことになるとは思っても見なかった。
ドバンッ パリンッ
ヒュドラの胸を貫く閃光。銃弾が破壊したであろう魔石の音。やっと終わった。一日中戦ってた気分だ。
後で分かったことだが時間は一時間程だったらしい。
「ククククク、フハハハハハ、竜殺しか。まさか勝てるとはな」
バッ
急な浮遊感に襲われる。
振り返ると突き飛ばしたのはアイリスだった。
「何で・・・・・・・」
ヒュゴンッ
一条の閃光が走る。
それはアイリスの肺と肝臓を貫いた。
「・・・・・」
聞こえなかったが口の動きだけはは分かった。「さようなら」




