災厄
過去最長の長さです。
取り巻きの魔獣どもを食ったヒュドラは案の定、再生しだした。さっきから銃弾をばらまいて削っているものの、削ったはたから再生し、さらに破壊したもう二つの頭までもが再生しようとしている。
「オララララララララララララ‼止まれ、止まれ、止まってくれ‼クソッ、昔からラスボスの第二形態はダメだといってるだろうがくそったれが‼」
どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする‼
「クソッ、破壊した頭、復活したじゃねぇか」
それで済めば幸せだったのだろう。だが、現実は過酷で、不条理で優しくない。背中からは二本の花、それも、真ん中に口と牙がついているいかにもそれらしい怪物な花が生えてきた。ゲームの人を喰う花のモンスターですと言われればすんなりと信じるだろう。
羽は一対から二対になり、一度ヒュドラが羽ばたけば台風のような突風が巻き起こり、飛べないはずの身体が宙に浮く。その羽にはいかにも邪悪で趣味の悪い紋様が羽に描かれている。
さらに各頭は第三の眼を開き、鬼のような角が一本生える。尻尾にはムカデのような気持ち悪い程のおびただしい数の脚が生え、先端は槍の穂のようになる。
腹の真ん中には大きな口ができ、醜悪に舌なめずりをしながら牙をカチカチとならし、圧倒的な食物連鎖の王が獲物を待っているようだった。
身体は一回りも二回りも大きくなり、綺麗な玉虫色だった鱗は見るも無惨な程に、暗黒に染め上げられる。また、鱗の上から鱗が生え、その装甲はより頑強になる。
牙や爪、角は前よりさらに鋭くなり、魔力量は感じきれない程に膨大。その眼は血走っており、赤い。だが眼の奥には苦悩と悲しみも感じられる。少し眼を動かせば赤の残像が尾をひく。
また、膨大な魔力は身体に収まりきらないのか、赤黒い邪気のようなオーラとなって身体にまとわりついている。
あんなの勝てない、勝てる訳がない。あれは絶対に無理だ。人が挑んでいい物の限界を超えている。そう思わせる程に圧倒的な恐怖がそこにはあった。
しかしヒグたちはまだマシだ。その恐怖に当てられた取り巻きの魔獣たちの内、あるものはその死の恐怖と狂気に耐えられず、気絶、そして絶命。またあるものは狂い、泣き叫び、暴れ、味方を殺そうとし、あるものは自傷行為に及んだ。
ヒグの手はライオンを前にした小鹿のブルブル震え、手汗はダラダラと滝のように流れ続けている。脳には警鐘がけたたましくなっている。
結論は一つ。逃げろ。逃げれるかどうかも分からないし、逃げてもあの鉄は簡単に溶かすであろう熱線、ブレスを撃たれたら防げる自信がない。だがしかし、逃げるしかない。逃げる意外にとれる手段がない。
「運転代われ‼アイリス、扇角、大砲の方向転換。ヒュドラに限界までブチ込め。ティアは他の魔獣の牽制を、牛頭はそのままミニガンで殺れ。エスタはしっかり捕まっとけよ‼俺のドラテクを見やがれッ‼」
改良によってつけられた新機能、大砲の回転と角度調整。これによって、今までは前方限定だった大砲に自由がきくようになった。
ブレスがすぐ横を掠める。というかあの花の口からもブレス出んのかよと悪態をつく。というか悪態でもつかなければあの恐怖に呑まれる。皆、悪態をつきながら平静を保とうとする。
ピュッドッ ゴゴゴゴゴゴゴ
轟音。そして襲ってくる浮遊感。訳が分からなかった。ヒグの頭脳をもっても、否、だからこそあり得ないと断じてしまい、理解できなかった。
車が浮いていた。
車が浮いていた。誇張でも比喩でも何でもなく、物理的に浮いていた。宙を舞っていた。いくら軽量してあるとはいえ、五百キログラムは超えるであろう車がだ。
せっかく半年もかけて改良して、完成して、はじめての運転でまさかの空中デビューだ。子供の夢、空飛ぶ車だ。といってもあれ、航路とそれに関する法律が面倒なだけでもうアメリカで完成しているが。なーんてな。
ふざけるな‼絶望と恐怖が蠢くなか、突然に怒りが現れた。その怒りは只の怒りにあらず、憤怒とでも言うべき代物だった。
史上最高傑作たる品が、今までの努力が、六年間の積み重ねの結果が見るも無惨に破壊された。幸い、中にいたものは全員無事だったものの、壊された怒りと逃げ足を失ったことに対する絶望は深い。
「あぁ、あぁ、あ゛ぁ、ア゛ァ、殺すコロスゴロスゴロズゴロ゛ズ殺す。死の恐怖がなんだってンだ。こちとら一回死んでるんだよ。今更すぎて嗤えるわ。どうせ逃げれねぇなら今ここで殺してやるよ、化け物が」
嘘である。怖い。一度目のことは今でも鮮明に思い出せる。今回の死はそれと比べ物にならないくらいに怖い。だが耐える。身体は貧弱だ。爪も、牙も、鱗もない。
だが精神力は強い。心は折れていない。今まで何回心が折れた。今まで何回絶望を味わった。屈辱も味わった。死も味わった。心は鍛え上げられた。ダイヤモンドより硬く、ダイヤモンドのように急な衝撃や熱に弱いということもない心。
汗でベトベトな手は震えながら動き、親指で喉をかっ切る真似をし、地面に向かって振り下ろす。
魔獣と契約した際に与え、与えられる加護。それはその生物が殻を破ったときに増えたり、強化されたりする。
ヒグの従来の加護は知力の強化である知力強化。今回増えたのは精神力強化Ⅹ。更に知力強化に至ってはⅩⅢ。異常だ。おかしいとしか言いようがない。
精神力が強化されていくと共に、扇角とティアはまだヒグが諦めていないことを悟った。牛頭は元々拾ってもらった命。ヒグのために捨てる覚悟はできていた。アイリスは恐怖のなかで笑った。皆が可笑しくて、呆れて、立って、諦めなかった。
ヒグが揺らげば皆が揺らぐ。ヒグが折れれば皆が折れる。だがヒグがそこに存在し、心が揺れず、折れず、そこに立って入れば皆が立つ。この集団はそんな集団だ。
ヒグに命を拾ってもらった扇角、ティア、牛頭は言わずもがなヒグに忠誠を捧げている。アイリスはヒグに憧れている。魔力がなくても知恵を絞り、諦めないその姿に。昔、弱かった自分とは違い、立ち向かうその姿に。
エスタを除き、全員が戦うと、ここを死地と決めた。なす事は突撃。ティア、扇角、アイリスの魔法がヒュドラを襲う。大半が魔力のオーラによって消されるが、物理要素が強いティアの剣が、槍が、ヒュドラに刺さる。
だが浅い装甲の隙間に入っているだけだ。そこへ牛頭が戦鎚繰り出される。剣を深く刺すためだ。牛頭の魔法適正は土と火。そして獣人の特性として強化魔法が得意だ。だから磨いた魔法は二つ。筋力強化と防御力強化。
剣が折れないように硬くし、自信の筋力を上げて叩き込む。ブォンと唸りを上げて戦鎚が繰り出される。剣が少し刺さり、血が流れる。いくら頑強でも無敵の防御じゃない。破れる。
もう一発、叩きこもうとする牛頭に右端の頭が口を開けて襲いかかり、腹部の口が舌を伸ばす。
ドパァッ ザクッ
銃弾と剣が頭と舌を襲う。銃弾の方はもちろんヒグ。対物ライフルモドキのノーベル。アルとフレッドと合わせてアルフレッド・ノーベル三兄弟だ。
モドキでも対物ライフル。威力は十二分。普通に撃っても二重の鱗の防壁を破れるのにわざわざ口の中を狙って撃つ性格の悪さとそれを成功させる技量の高さ。その威力は絶大で、ヒュドラは痛みに悶絶する。
ただまぁこれがかなり重い。軽量化の魔法かけおいたのが幸いした。あと筋力強化。自分が魔法を使えないのが悔やまれる。そしてボルトアクションと言う壁。弾倉にはいっているのは五発。それが終われば弾倉ごと変えなければいけない。
ティアの剣。さすがのヒュドラも舌にまで鱗はない。無防備な舌を剣が突き刺し、地面に縫い付ける。舌には血管が多く集まっており、かなりの出血だ。舌を噛めば自決できることがそれを証明している。
まぁあれだけの巨体だとどれだけ出血させたら死ぬかわからんが。
ほっとしていいのもつかの間。閃光と尾が二人を襲う。光を見たヒグはとっさに転がる。横をブレスが通る。ヒグが転がったあとに扇角が展開した魔法障壁が近くを通られただけで焦げている。
槍の穂のような尾の先端、かなりの破壊力を秘めたそれはアイリスの魔法障壁とティアの飛ばした盾がかなり前の方で威力を削ぎ、手に持った盾で受け流すことができた。
魔法攻撃が意味をなさないと気付いた二人は直ぐにサポートと妨害専門に方向性を切り替えたのだ。
お返しにとヒグはノーベルを真ん中の頭に撃ち、ティアは三本のレイピアを左の頭目掛けて飛ばす。銃弾は鱗を穿ち、レイピアはそれぞれ三つの眼に深々と突き刺さる。
ヒグはいつもよりでかい手榴弾を三つ投擲する。そのうち二つは鍜冶師の必須アイテム、レッドスライムのゼリー入り手榴弾だ。
レッドスライムのゼリーは長く、高温で、よく燃えるという代物。燃えることによって花を焼き払い、それを持続させて再生を防ぐのが狙いだ。もう一つは煙幕。近接戦を仕掛ける牛頭の姿を隠す。
「光」
光を出す初級中の初級魔法だ。空中を漂わせることもできるが、燃費が悪いので、基本的に棒か何かにつけて使う。今回はそれを剣につけていた。
そこへ牛頭が戦鎚を叩き込む。この戦鎚にはちょっとしたギミックがある。内容は単純明快。火薬を爆発させて速く戦鎚を振るうというだけ。これによって剣が深く刺さる。
さらにその勢いのまま回転してもう一回、戦鎚を膝の裏に叩き込む。そう、小学生のする代表的なイタズラ。ヒザカックン超重量遠心力マシマシバージョン‼
ヒュドラがバランスを崩して倒れる。
「膝の裏、鱗が少ない‼狙っていきましょう」
「「「「了解」」」」
強化魔法で速くなった足と身体の小ささで復帰したヒュドラの下を潜り抜けて最速で後ろに周り、アルとフレッドで四連撃。寸分違わず膝裏に吸い寄せられる。
グルルルルルルルUUUUUUUUUUU クウギャアアAAA
一度吠えるだけで圧倒的な恐怖感が場を支配する。苦しみと苦悩の声だと、追い詰めていると分かっていても恐怖を与える恐ろしさ。
出鱈目に暴れまわり、身体を振るう。それだけで地面に亀裂が走り、周囲の家は壊れる。避けて、防御して、撃ってを繰り返すが、このままではじり貧だ。埒があかない。
暴走したヒュドラを止めるには?どうするどうするどうする?暴走?そうか、もう暴走してるならあとはそれを利用してぶっ壊せばいい。歯止めが効かなくなった機械にさらに電気を流してぶっ壊す。狙うは次のブレス。
「俺にありったけの強化魔法をかけろ‼勝負に出るぞ。ティアと牛頭は一息に叩く準備だ」
手榴弾を投げて気を引く。そしてブレスのためのタイミングでノーベルを使って魔石弾を撃つ。
魔石は魔力が溜め込まれた石。それが割れると魔力は漏れ、一番近くにいるものに宿る。面白半分で作った魔力を限界まで溜め込んだ銃弾。
ドパァッ パキンッ
魔力の奔流がヒュドラに吸われる。只でさえ限界が来て漏れ出てた魔力は暴走し、奴の身体を壊す。魔力暴走。毎年これで何人もの魔法使いが死んでいる。
バキバキバキバキバキバキバキバキ‼
ヒュドラの鱗に亀裂が入り、身体がはち切れ、あらゆる所から出血が止まらない。
「魔力暴走とは考えたのう。さすがは主よ。考えることに置いては誰にも負けぬな」
「ラストスパートだ。扇角、ユニコーンの形態になってあの頭、踏み潰してやれ。いくぞっ‼」
ラストスパートの合図とばかりにレッドスライムゼリー入り手榴弾が炸裂し、火が消えて再生仕掛けてた花が再度燃やされる。出血も止まってしまうかもしれないが、あの花を無視することはできない。
牛頭が戦鎚の火薬を炸裂させて振るう。何回も何回も炸裂させて、勢いをのせて、遠心力で強化して、自分の手に血液が流れ続けるのも無視して回転しながら振るい続ける。
ティアは本人も鱗の隙間に剣を差し込み、抜く。さらに魔法で浮いた剣が絶え間なく攻撃を続ける。鱗に亀裂が多く入っている所を狙って叩きつける。
扇角は後ろ足で蹴る。馬の後ろに立つなという話があるように、馬の後ろ蹴りは強力だ。さらに前足を使って踏みつける。体重をのせて頭を踏み潰す。
ヒグは撃ち続けた。ノーベルの威力は絶大。それを何発も、熱くなった銃身を変え、火傷を負うも、アイリスが治す。ならいくら焼けてもいいと言うように。最悪壊れても作り直せばいい。車も、銃も。ここで奴を殺して、生き残れたなら、また作り直せる。
その時、一つの光の塊がヒュドラの身体から抜けた。
「なんだ、あれ」
これがまだ続きます。
ちょっとした制作秘話
最初ヒュドラの設定を友人に相談しつつ考えた時に、「あれ、これヒグとアイリスと扇角だけだったら倒せなくない?」と思って急遽登場したのが牛頭。ティアは後々出す予定だったのを先に引っ張って来ました。




