神の呪い
趣味のダンスの影響で、洋装の際は常に動き易いよう特注品のカマーベストを着用しているシャリム太子を乗せた車は、訓練基地からそのままわたくしも連れ出して、夕暮れ時にようやく厳重警備の邸宅へと帰還した。
「シャハルはそろそろカウンセリングの時間でしょう、お父様が待ってます。早く行って来て下さい」
太子はそう言って、何だかんだで心配そうにわたくしを見守っていた運転手さんの背中を押して、無理やり部屋から追い出した。それから太子はわたくしの髪に触れた。
「ある程度髪が伸びるまでは、結婚式なんか出来ませんね。最初見た時、男かと思いましたよ。あーあ、映画のジュニアじゃないけど、男でも子供が産めるなら、女なんか要らないのに」
「何ですか太子、ガチホモのカムアウトですか。でもあれって女性から卵子提供はされてましたよね。正確にはラボからパクってですけど」
「おや、心配なら確かめますか。自分が女性に不能かどうか」
「太子、責任はちゃんと取って下さるんでしょうね。味見だけしてポイは無しですよ」
すっかり日も落ちた頃、運転手は自室で信頼の置ける元精神科医に泣き付いていた。
「もうシャリムの幻想を壊すしか無いんじゃないかな。クレメンタインには悪いんだけど、ちょっと協力してよ。僕は貴方なら別に良いや、お父さんにもちょっと似てるし、軽いチークキスくらいなら挨拶みたいなものだよね」
「いけません、いけません。ちょっと待つんだシャハル。落ち着け、とにかく冷静になれ。不安ならスミドからハルシヤ君を呼ぼう。彼は実務能力も高いし、きっと良い緩衝役になってくれる」
後で聞くところによると、その時涙目状態だったという運転手は、彼の手を握る元精神科医と共に、間の悪いことにわたくしとの用を済ませて部屋に顔を出したシャリム太子から目撃された。
「シャハル、ちゃんと着けました。言われたように沢山塗って、優しく訊き出して緊張を解して、成るべく柔らかさを残した状態で、正しい場所に狙いを定めて、落ち着いたのを見計らって一気に突っ込んで、一時間以上動かず待って全部やりました。自分でも本当に偉いなと思ってるんです。だから――自分の居ない間に2人して…こんなの浮気だーっ」
「人聞きの悪い事を言わないでくれないか。行動自体は息子のお前の方がよっぽど浮気だろうに、これは単なるカウンセリングじゃないか」
「お父様はまるで…えるたそですっ。あんたなんかアニメの彼女と違って可愛くも無いくせに……出てけよおっさん、じゃなきゃ死んでやる。今後一切、私室でのカウンセリングは禁止ですからね」