足下から鳥が立つ
わたくしは仔鹿の手首を取って、その動脈の匂いを嗅いだ。暖かい体温と共に脈打つそこからは、ほのかに漂う生命の香りがした。
「嗚呼っ先輩、こんなのどうせ気紛れですよね。でも本当の本当ですか、お相手がわたくしなんかで本当に宜しいんですか」
震えるその唇目掛けてやや強引に、でも触れる際は優しく、しっとりと口づけを交わした。袴キュロットのチャックを降ろし、着ている上衣との間に指を差し入れ、衣服の中に手を入れてから直接肌に触れると、仔鹿は一瞬身体を跳ねさせたが、そのまま全てを委ねてくれた。邪魔なシスターが駆け付けるまでは。
「貴方達、そこで何をしているのっ。今すぐ離れなさい、すぐにっ」
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花嫁学校と名高い玫瑰女学院に通う娘の醜聞が届いた時、母は泣いた。父は怒鳴り、責任の所在をもう一人の生徒に負わせようと試みたが、肝心の娘が学校全体の前で謝罪した後では、もう取り返しがつかなかった。こうしてわたくしは潔く退学処分を受け入れ、卒業間近の学校を去ることにした。
屋敷の中は以前より更に冷え切って、父は成るべく早く親不孝者の娘を追い出す為、手当たり次第に社交の場へ連れ出した。しかし壁の花を決め込む娘は何の成果も求めようとせず、父は苛立ちのあまり帰りの車内で娘の白粉まみれの頬を張ると、途中で車を止めさせ別宅の愛人の元へ向かうのが常だった。母は母で泣き暮らす毎日を送り、現状を招いた責任を全て娘に帰すると、己が身の不幸を嘆いて罵り、それにも飽きると酒に溺れた。そんな折に、大伯母から1本の電話が入った。
「アリネです。何の御用でしょうか」
「貴方、縁談を探しているのでしょう。良いお話があるの」