第2章 出会い
あれから何日が経っただろうか?
あの獣の家族にあってから、相当長い年月が経っただろう。時折彼女らに会いたくなるも、それは駄目だと自分に言い聞かせ、俺はいつものようにフードを深く被り、そして行き先も分からないまま足を動かしていた。
俺はこの先どこへ向かう?
俺はこの先どこへ行く?
そんなこと、分かるはずもないというのに。
「腹へったなー」
そう言えば一週間も何も食べていなかった。
時折街を歩いている時に匂う肉や魚の薫りは、どういうわけか俺の食欲をくすぐってくる。恐らく獣の性というやつなのだろう。全く腹立たしい。それでも一週間も何も食べていなければ、さすがに何か食いたくなる。
俺は食料を探して裏道を歩いていると、バーテンダーのような服装をした男がたばこを吸ってそこに座っていた。俺は必死にフードで顔を隠して男の前を歩くが、案の定、その男は俺を呼び止めた。
「なあお前。その様子だと腹が減っているのだろ。どうだ?あまりだが、賄い料理が余ってしまってな、食うか?」
どうしようか?
もし食事をしている最中に獣だとバレたら、恐らく俺は気味がられて恐れられる。
ーーもうそういうのは御免だ。
「いえ。そんなにお腹は減っていないので」
「そうか。ならここにおいていく。食うならすきにしろ」
男は料理ののった皿を置くと、すぐ後ろにあった扉を開け、その中へと帰っていった。
俺は周囲に誰もいないことを確認し、目の前に置かれた皿に食いつく。焼き肉を食らい、その美味しさに腹が満たされていくのを感じる。
こんなに飯は美味しいものなのか、と感謝を伝え、俺は再びフードを被り、皿を置いたまま立ち去った。その手前で扉が開き、男は俺にこう言った。
「また腹が減ったら来い。何杯でも食わしてやる」
俺はただ手を振り、静かにその場から立ち去った。
日の光を浴びつつ市街地へと出ると、人だかりで蒸し暑く、息苦しい。それに謎の衝動に駆られ、人を見ているとよだれが出てくる。
「駄目だ駄目だ」
市街地にはなかなか多くのものが売っているものだ。
多くの匂いに誘惑されながらも、俺はその市街地を抜ける。その道中で、一人の少女が狭い路地で三人組の男に絡まれているのを見つけた。
やはり今の時代はあまり警察が機能していないのか、というより機能する気がないのかは知らないが、少女一人襲われているのを助けることすらできない。
それにちょいちょいその光景を目にしている者はいるものの、皆見て見ぬふりをする者ばかり。
全く、いつから人はこんなにも冷たくなってしまったのだろうか?
「リーダー。このガキ、相当金持ってるようですぜ」
「そうかそうか。なら適当に奪っておけ」
そうこわもての男が言うと、したっぱらしき男二人はその少女からお金が入っているであろう小包を無理矢理奪った。少女はなくなく男たちに掴まる。
「離せよ」
少女は投げ飛ばされ、地面に転がった。
「リーダー。この金で飯でも食いに行きやしょうぜ」
「ああ。ちょうど腹も空いていたところだ」
「返してよ……」
転がった少女は、掠れた声でそう言った。
だが男たちは笑うばかりで、少女をどんどん痛め付けるばかりであった。
「なあ。あまりにも不条理だとは思わねーか?こんな大金を持っているということは、どうせおつかいにでも行かされているんだろ。だが普通子供一人で行かせるか?行かせねーよな。つまりお前はただ道具に成り下がってんだよ」
男は睨む少女の顔を見ながらそう言う。
「後でちゃんと返すよ。財布だけ」
「はっはっはっは」
男は財布を投げたりして遊び、少女を嘲笑う。
「やめてよ……」
少女は静かに涙をこぼす。
それを見るや、男たちはさらに笑う。だが大勢の人がその光景を見始めたので、男たちは急いで立ち去ろうとするーーが、その前に俺は立ちはだかった。
逃がすわけがない。
ーー目の前で、誰かが傷つく姿を見たのだから。
罪を背負わせないわけがない。
ーー人の気持ちを考えることのできないクズなのだから。
笑わせない。
ーー一人の少女が苦しんでいるのを見て、それを笑うなど許せない。
「なんだお前」
「それはこっちの台詞だ」
俺は殴りかかってきた男の頭部を掴んで投げ飛ばす。
生憎、俺のパワーは獣並みに強化されており、ただの人間ではかなうことはない。
「何しやがる」
もう一人のしたっぱが俺へと殴りかかるが、正直その男の拳は痛くなかった。
俺は男の胸へと一撃をかまし、男は泡を吹いて倒れた。
「お前、何してんの?」
恐ろしいまでの殺気に、俺の毛は針のように鋭くたった。
「お前がリーダーか。どうする?部下たちはあっさりと負けたぜ」
「別にかまわないさ。所詮そいつらは道端で拾ったただのゴミにすぎない。後でゴミ箱にでも処理しといてくれないか。そいつらたちを」
「お前、仲間をなんだと思っているんだ?」
「そいつらが仲間?何を言っている?俺には仲間なんていないさ」
そう言って男はその場から立ち去った。
「待て」
俺は男へと駆け寄る。
だが一瞬にして男は俺の頭部へとナイフをかざした。
「次会った時はどうなるか分かってるよな」
おぞましいまでの眼孔で、男はフードの中の俺と目を合わせた。するとにっこりと微笑んで、すぐさま去っていく。
「また会おうな」
俺はその男の背中が遠くなっていくのをただ見ることしかできなかった。
はっと我に返り、俺は襲われていた少女へと手を差しのべた。
「大丈夫で……すか……!?」
「おじさん!?」
そこには、あの時会った少女がいた。