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裏世界執行人〈死神〉  作者: 水上ハク
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第一章第九件 ~護衛任務6~

 広場に通された一夜は、朝一と向かい合うように立ち、シャルロットは壁際に設置された長椅子に腰かける。

 一夜と朝一の模擬戦形式で、一夜の実力を測るらしく、一夜は右手にスイッチブレードを展開し、朝一は柄と鍔が無く、布で持ち手部分が鋪装された刀を右手に持っており、その布は結構な長さがある。


「さて、ルールは簡単。相手を殺す事、並びに完治不能の傷を与える事の禁止。刃は防御不可能な場合は寸止め。相手に寸止めされた方が負けという事で」

「それでいい、それじゃあ開始の合図はお前に頼む」


 そう言い、一夜はシャルロットに目線を向ける。シャルロットは、その一夜の行動に了承の意を示すかの様に、首を縦に振る。

 一夜と朝一の二人が、それぞれブレードと刀を構えたのを確認したシャルロットが、右腕をまっすぐ掲げる。


「それでは、始め!」


 シャルロットが『始め』と言う言葉と同時に、掲げた右腕を振り下ろす。その言葉と行動を合図に、朝一が一夜に向かって走り出す。しかし、対する一夜はその場でブレードを構えたまま微動だにしない。

 朝一が、一夜の眼前まで迫り、刀を左から右へと振るう。その一斬は、一夜の胸部を切り裂く。

 だが、直撃したにも関わらず、朝一が感じた手応えに、違和感があった。直後、その違和感に困惑する朝一の目の前で、斬られた筈の一夜がまるで残像の様に霧散する。


「なっ!残像!?」


 朝一は、目の前から幻の様に消えた一夜に、両の目を見開き、驚きの表情を見せる。そんな朝一の背後から声がかけられる。


「残像じゃない、幻覚だ」


 声を掛けられた事で、朝一は斬られる寸での所で一夜の位置を知覚し、上体を前のめりにし、一夜の横薙ぎの斬撃を回避し、そして、一夜が右下から斬り返し、左上に斬り上げる。それも朝一は前方に縦回転跳びして回避する。

 着地した朝一は、一夜の方にすぐさま向き直り、次の行動に警戒をする。


「今のは、何だ」

「だから、気配遮断を応用した。幻覚だ」


 一夜の言っている事が、朝一には理解できない。朝一も、気配遮断の事は知っている。だが、気配遮断はあくまでも自分自身の気配を極限まで遮断・薄める事で。相手に自分の存在を知覚させにくくする事を目的とした暗技の一つ。

 しかし、気配遮断、その応用技は、自身の何かしらを隠す為の物。ましてや、何かを造りだす様な代物ではない。だからこそ、朝一には一夜の言う事を理解できない。


「気配遮断を使った幻覚?それこそ意味が」

「なら、よく聞けよ。俺は最初にお前に強い敵意を向けた。それをお前が警戒し始めた直後に、俺は自分の気配を遮断した」


 一夜の言葉に、それが何だと言わんばかりの表情を浮かべる朝一。そんな朝一にお構いなしに一夜は、解説を続ける。


「そうする事で、相手は強い敵意を感知したまま、俺の気配を見失う。瞬歩を織り交ぜれば尚更な」

「つまりは、僕は君の術中にはまったって事かな?」


 この朝一の言葉を聞き、一夜は『やっぱり天然は嫌いだ』と再度思う。幻覚を見せていた説明をかみ砕いて説明しても、的外れな問いを返す朝一に、これ以上の解説は意味が無いと確信し、その問いに一夜が答える事はない。

  その代わりに、今度は一夜が朝一に向かって走り出す。だが、瞬歩は使わずに真っ直ぐ走り込む。

 一夜が朝一の目の前まで行くと、ブレードを持った右腕を上に掲げ、直後振り下ろす。その斬撃を、朝一は刀を横に寝かせ峰を左手で支え、受け止める。


「見た目にそぐわず、力は強いみたいだね」


 その言葉の後、朝一は自身の視界の右端で落ちて行く物に目線が引き寄せられる。それは、細い金属の棒で、片方の端が丸まっており、まるで、そこに指を掛ける事を前提とした構造をしていた。

 それが何か察した朝一は、すぐさま一夜に視線を戻す。一夜は、朝一の視線の動きと、右腕の力が抜けた事を確認し、その場でしゃがみ込む。

 一夜という壁がなくなり、その奥に落ちている物が、朝一の視界に映る。それは、筒状のグレネードだった。

 朝一が両足に力を入れると同時に、グレネードが炸裂、辺りが光に覆われる。朝一は反射的に左腕で両目を保護しようと覆う。

 閃光と爆音の中、朝一は一夜と閃光手榴弾から距離を取ろうと後ろに跳ぶ。それに対して、一夜も遅れて朝一目掛けて跳躍する。だが、先に跳んだ筈の朝一に、一夜は空中で追いつく。しゃがんでいた事で、予め跳ぶ準備が出来ていた一夜と違い、朝一はグレネードに気付いてから跳躍の準備に入った。どちらが早いか、比べるまでもない。

 跳躍した一夜は、空中で視界不良の朝一の左脇腹に蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされた朝一は、地面を数メートルに渡り転がる。

 その一連の攻防が終了すると同時に、光も収まる。


「どうだ、閃光手榴弾は結構効いたか?」


 一夜は、煽り混ざりの言葉を、朝一が聞こえない事を知った上で掛ける。そんな朝一は、蹴られた痛みに耐えながら立ち上がり、口から血を吐き出す。

 その後、朝一はゆっくりと顔を上げる。一夜の顔を、その瞳が捉えると同時に、朝一から殺気と一夜に対する敵意が溢れ出す。

 刀を逆手に握り直し、背後に右腕を回し、腰を落とす構えを取る。朝一が、踏み切ろうと右足に力を入れた瞬間。適度に高く、それでいて不快でない音が一回、その場に響く。それと同時に、朝一は頭部に痛みを感じる。


「朝一のおバカ、何でお客さんと戦ってんのよ」


 その音と声の正体は、先程の少女。水嶋雫が、丸めた書類で朝一の頭頂部を引っ叩いた音と彼女自身の声だった。


「し、雫?何でここに」


 頭を叩かれた事で、殺気と敵意がきれいに消え失せた朝一が、いつの間にか自分の隣に立っていた雫に問いを投げ掛ける。

 その問いに、雫はさも当然の事の様に、こう答える。


「なんでって、朝一に頼まれて調べた資料を持って部屋に行っても居なかったから、ここかなって思って。朝一、体動かすの、好きだし」

「う、うん。まぁ、そうだね」


 『今、自分は何を見せられてるんだ』と、一夜は心の底で思っていた。惚気やイチャイチャ展開をこの場に見に来たわけじゃない、戦えと言われたから戦った。それが途中で中断した上に、目の前では男女がイチャイチャしている。正直、公安とか妹の敵とかいう問題でなく。純粋に殺意が湧く一夜なのだった。


「なぁ、どうすんだよ。まだ戦うのか、もう終わりにするのか」

「あ、ごめん。君の実力は分かったから、もう十分だよ。シャルロットさんの護衛、頼んだよ」

「あっそ」


 一夜は、お前に云われなくてもと言う様な雰囲気で、朝一に言葉を返す。そして、ブレードを収納状態に戻し、ホルスターのケースへと納める。

 その直後、雫が一夜の前まで走ってきて、いきなり頭を下げる。


「すみません。この模擬戦、朝一から仕掛けたんですよね。彼、戦ったりする事が好きなので」

「いいさ別に、戦闘狂の気持ちは分からないけど、あんたが謝る事じゃ無いのは分かるからな」


 半ば面倒くさそうに雫の相手をする一夜。だが、その態度は、雫対しての物ではなく。戦う事が好きだと判明した朝一に向けての物である。

 一夜は、戦闘狂が苦手であり、そういった相手は嫌っている節がある。なにせ、ある意味では、一夜も同族なのだから。


「それで、朝一に頼まれた調べ物だけど、長野県と岐阜県には、廃墟になったアミューズメント施設は見つからなかったわ。ただ、愛知県に一か所、海辺で誰も寄り付かない場所に、潰れたバッティングセンターの建物があるぐらい」

「恐らく、そこだろうね。海辺なら直接搬入もできる。雫、その近くに大型運搬車を止められる駐車場か、それなりに大量の車が止められる駐車場はあるか?」

「えぇ〜っとねぇ」


 雫は、呟きながら先程朝一を殴った際に使った数枚、書類の中身を確認する。途中手を止め、周辺地図が描かれた一枚の資料を抜き取り、朝一と一夜に見せる様に手渡す。


「一応、近場だとそこの端にある立体駐車場ぐらいかな。と言っても、この駐車場も数年前に利用されなくなって、今となっては所有者も分からないけど」


 所有者不明の駐車場、テロリストが足を隠すのにはもってこいの条件と立地。一夜と朝一、シャルロットはその駐車場でおおよそ決め打っていた。

 朝一は、受け取った書類を雫に返し、刀の刃に刀身の二倍は有ろう布を巻きつけていく。巻き終えると共に、出口へと歩いて行き、一夜達の方を振り返る。


「それじゃあ、今から行こうか。君には突入部隊に参加してもらうよ」


 一夜を見ながら、そう言い放つ朝一。そんな朝一に、一夜はブレードを収納しながら大きなため息を零し、答える。


「断る」

「えぇ?何で、さっきは手伝ってくれるって」


 驚きと困惑の言葉を漏らしながら、自分に近づいてくる朝一に、一夜は哀れみにも似た視線を向ける。その瞳は、早く察せよと言いたげな様子だ。

 だが、そんな一夜の思いとは裏腹に、朝一は一夜の思いを汲み取れない。数瞬で、それを感じ取った一夜が、口を開く。


「それは、シャルロットの仕事の手伝いであって、お前ら公安の仕事の手伝いじゃない」

「えぇ、そんなぁ。うちの戦力になる人達皆出払ってるのに」


 残念そうな声を漏らす朝一に、一夜は『それに』と続ける。


「それに、俺はお前ら公安に恨みがあるんだ。手伝う訳ないだろ」

「恨み?それは何ですか?」


 一夜の『恨み』と言う言葉に反応したのは、朝一ではなく雫だった。その雫の問いに、一夜は、言う必要のない事を言ってしまったと気付く。だが、今から取り繕う必要など皆無。日本には、少なからず公安警察に悪いイメージを持つ者もいるのだから。


「それを聞いて何になる、過去に起きた事は変えられないんだ」


 一夜の一言に、雫と朝一の顔が沈む。前の言葉と合わせて考えれば、自分達公安が、目の前の青年、又はその身近な人物に何かを行った事が理解できるからだ。

 公安警察は、真っ当な手段で解決出来ない事があれば、躊躇なく非合法な手すらも使う。しかし、基本的にはそういう裏の手段を使う場合、それなりの責任と覚悟を負う必要がある。だが、中には責任も覚悟もかなぐり捨て、非合法な手段ばかり使う者も存在するのが現状であり、一夜にもその様な相手が何かした事を二人は理解した。


「分かった、なら取引しよう」

「取引?」


 朝一は、一夜の内情を或程度理解した上で、彼に取引を持ち掛ける。その突然の行動に、一夜も警戒する。


「あぁ、今回の仕事に協力してくれたら、僕達も君が恨んでいる相手を調べる事に協力する」

「ちょっと、朝一!?何言って」


 朝一が一夜に持ち掛けた対価は、朝一自身が所属している公安警察を裏切るような物。そんな事をすれば、犯罪者扱いされる事も目に見えている。それでも、一夜にこの対価を差し出すのには、理由がある。


「僕が目指した警察組織は、一般人を守る存在であって、一般人を傷つける存在じゃない。ましてや、面と向かって『恨んでる』なんて言われる存在じゃない。それは、雫も同じだろ?」

「それは、そうだけど」


 顔を伏せ、未だにふんぎりがつかない雫。そんな彼女の手を、そっと朝一は優しく握る。

 雫が顔を上げると、その瞳に映ったのは、優しい笑顔を浮かべる朝一。そして朝一は、ゆっくりと口を開く。


「君は、僕が守る。だからお願いだ、僕に力と覚悟をくれないか?」


 数秒、雫は考え込む。そして、大きなため息を零して、言葉を発する。


「分かったわよ、私も協力する」

「うん、有難う。それで、どうかな?これで協力してくれるかい?


 朝一は、雫にお礼を言うと、今度は一夜の方へ視線を向ける。その一夜の顔は、依然として、朝一の取引に裏があると警戒している表情をしていた。

 そんな一夜の心を見透かした様に、今度はシャルロットが口を開く。


「恐らく、彼の提案に裏はありませんよ。彼は、純粋に公安警察に愛想尽きている様です」

「だろうな。そもそも、そういう奴じゃなけりゃさっきの模擬戦の時にお前との約束を無視して、殺っていた」


 裏が無いと分かった上でも、朝一が裏切る可能性までも警戒している。そもそも目の前にいるのは、自分の商売敵のような存在であり、妹を殺した奴の仲間でもある。そうやすやすと信じられないのも通だろう。

 だが、内通者が欲しいのも事実。この場は、信用しきらずに今回の取引を受ける事を一夜は決める。


「はぁ、OKだ。だが、今回だけだからな」

「うん、理解しているよ。君が僕達を信じたくないのはね。それじゃあ早速行こうか」


 朝一と雫は、一夜とシャルロットを引き連れ、とある場所へと向かう。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※ 




 一夜とシャルロットが案内されたのは、公安0課が管理している乗り物が大量に置かれているガレージだった。

 普通車と何ら変わらないものから、装甲車やバイク、水陸両用の物まで、兵器になりえる物を除けば、幅広く置かれている。


「一夜さんは、何か乗り物を運転できますか?」

「一応バイクなら、アリスに言われて大型と普通の免許は取ってるが」

「そうですか、それではバイクで向かう事になりますね」


 一夜と雫の直接的な会話はある意味ではこれが初めてだろう。だが、そんな会話もすぐに終わりを迎える。


「お前は、俺の後ろに乗れ。ここに置いて行く訳にはいかない」

「分かっていますよ。落とさないでくださいね?」

「それは、嫌味か?」


 一夜の問いに、シャルロットは目を閉じ、両肩をあげて『どうでしょう』という様な態度を取る。それに、一夜は溜息を零す。


「では、私はオペレータールームで二人をバックアップします。一夜さん、これをどうぞ」


 雫は、一台のトランシーバと、無線インカムを差し出す。一夜は、その二つを受け取り、トランシーバの爪を利用しホルスターに取り付け、インカムは右耳に装着する。


「任務中は、基本的に現場の判断に任せます。ですが、万が一の場合にはそちらのインカムで私が指示を出します」

「いつも通り、よろしく、雫」


 そんなやり取りの後、一夜と朝一はヘルメットを着け、それぞれ別々のバイクに乗り込む。シャルロットもヘルメットを着けて、一夜が乗ったバイクの後部に乗り、振り落とされない様に一夜にしがみつく。

 一夜は、発進前の最終確認にバイクの車種と、エンジンの具合を吹かして確認する。

 車種はNinja H2/カワサキ。スーパースポーツタイプで、今現在では一般道を走るバイクの中では最も速いとされている。


「エンジン良好、ブレーキも問題なさそうだな。細かい所にも手が行き届いている。こいつのコンディションは抜群だな」


 エンジン音や、ブレーキの利き方から自分が今乗っている車体の情報を全て網羅する。一夜自身、趣味などがある訳では無いので、基本的にバイクにはあまり乗らないが、問題のある車体の音を憶えているので、音を聴くだけでその車体がどういう状況なのかすぐさま理解できる。


「そっちの準備はどうだ、俺達はいつでもいいぞ」

「こっちも問題なし、僕も行けるよ」


 朝一のその言葉と共に、ガレージのシャッターがゆっくりと上がって行き、地価の薄暗いガレージ内に外の光が入り込む。

 シャッターが上がりきるのを待っている間に、一夜と朝一はそれぞれバイクのエンジンを吹かしあう。そして、上がりきると、空吹かしを止めて発進する、遠く離れた目的地に向けて


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