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裏世界執行人〈死神〉  作者: 水上ハク
7/10

第一章第七件 ~護衛任務4~

 一夜とシャルロットを乗せたリムジンは、高速道路を普通車やトラックに混ざって走行していた。

 高速道路をリムジンが走っている光景など、そんな珍しい物を見過ごす者は少なく。運転手はともかく、助手席や後部座席に座っている者達はみな、そのリムジンに注目する。


「なんか、滅茶苦茶見られてるよな」

「まぁ、日本人にとってはリムジンと言うのは珍しい物でしょうから」


 注目を集めている自分たちが乗るリムジン。一夜にとって『目立つ』と言う行為は慣れない事であり、不快に感じる事でもある。その為、自身に 〈赤眼の死神〉の二つ名を付けられ、呼ばれる事も嫌っている。

 一夜の〈赤眼の死神〉この二つ名は、まだ一夜がMI6、ひいてはOOシリーズ加入初期に着けていた髑髏の面と一夜自身の赤い瞳が由来となっている。初期の頃は、今の様に目撃者や証拠を残さないといった様な事は出来てはいなかった。その為、顔バレを防ぐ様に髑髏の面を着けていた。しかし、今となってはターゲットが、深夜帯で監視カメラが無い場に、一人でいる時に処理している為に、髑髏面の必要は無くなり、もう着けてはいない。


「正直、目立つのは嫌いなんだが」

「赤眼の死神と呼ばれている人とは思えない発言ですね」

「あれは、別に俺が考えたわけじゃない。どこかの誰かが勝手につけた物だ」

「それはそうでしょうね。自ら名乗っていたのであれば、それはそれで痛い人ですから」


 一夜とシャルロットは、朝食の時とは異なり談話しているが、二人とも、自分から話しかける様なタイプでもない為、それは長く持つ訳も無く。空港の時と同様にシャルロットがチェス盤を取り出す。


「どうですか?また一局でも」

「そうだな、何なら最初の時みたいに何か賭けてやるか?」


 一夜は、空港から別荘に向かうまでの間で交えていた一局の時を思い出し、その時同様、賭けを持ち出す。

 一夜が提示した賭けの内容は、勝った者が負けた者に一つの質問をして、負けた者はそれに正直に答えなければならないという物。その賭けに、シャルロットは応じ、駒を並べて行く。

 昨日のチェス勝負は最終的に3勝0敗で一夜の勝ち越しで終わっている。その為か、今回、シャルロットは昨日よりも早い段階で一夜にチェス勝負を挑んだ。


「それで、私に勝って何が聞きたいんですか?」

「そうだな、ベターな物だと好きな人とか聞くところだが」


 『好きな人』と一夜が口にした瞬間、シャルロットの動きが一瞬止まる。だが、シャルロットもそれを一夜に悟られまいと、再び駒を置く作業に戻る。

 そして、最後に黒のキングを一夜が置くと同時に言葉の続きを話す。


「今回は、お前が日本に来た理由を聞かせてもらおうかな」


 日本に来た理由。今回、警視庁公安課に向かっている事や、ジャックを保護した事等から、それらが理由だとも考えられる。しかし、一夜はそれが理由だとは考えていなかった。そう一夜が思った理由は、いくつかあるが、一番の要因は、シャルロットとアルフレッド、その二人の心拍音が、嘘を吐いている者の物ではないにしろ、何かを隠している者が発する音である事は、一夜が一番理解している。


「そうですか、では。私は、貴方が変わる要因になった人について聞かせてもらいます」


 一夜が変わる原因になった人物。それはイコールで一夜の妹、神崎葵を殺した人物という事になる。一夜はその人物の事を調査する為、アリスに紹介されたMI6に加入している。だが、そんなMI6の情報網であっても、その人物には至れていない筈である。しかし、シャルロットは、一夜が葵を殺した人物の事を知っているかの様に、その情報を掛け金として要求している。


「俺は、そいつの素性を調べる為にMI6に入ったんだ。だが、まだ何もわかってない」


 一夜の否定の言葉に、シャルロットは首を縦ではなく、横に振る。その行動は、一夜が自身の妹を殺した相手が解っているだろう、と言う意味の表れであった。

 だが、この行動をシャルロットは、予想や予測で行った訳では無く。あらかじめ、強い確信を持っていた。


「貴方は知っている筈です。葵さんを殺したのは日本の公安0課の人間の一人である事を、それだけじゃない。それが誰なのか、それすらも解っているじゃないんですか?」


 シャルロットの問いに、一夜は答えない。だがそれは、答えられないわけではない。一夜が答える事を拒否している事を現している。なぜ答えたくないのか、その真意は一夜本人しか分からない。だが、他人であっても予測は出来る。その者の名前を口にすらしたくない程憎んでいるのか。それとも、その者の名を聞くと怒りが抑えられなくなるのか。何れにせよ、一夜が拒否すれば、今のシャルロットには、その者の名を知る術はない。


「まぁ良いですよ。負ければ正直に答える。そういう条件を出したのは貴方ですから」


 チェスは白先手のゲーム。シャルロットは、話しながら自身のキングの前に置かれた白色のポーンを右手で掴み、二マス進ませる。

 一夜は、それに対してクイーン側のビショップ、その前に配置されているポーンを二マス進める。これは、チェスの序盤の定石に対するメタ的行動になる。

 そして、両者とも次々と駒を進める。序盤中盤と相当なハイペースで駒を進めて、取って、を繰り返す。状況はややシャルロット優勢な状況だが、その状態は不安定で。次の一手次第では一夜有利に傾く事も大いにあり得る。その為、互いに未だ油断できない状態である。


「私優位ですね、このまま押し切りますよ」


 本来自分が負ける筈の無いチェスと言うボードゲームで、今まで三回負けてきた分の鬱憤がある為か、中盤有利にもかかわらず、自身の勝利を確信し、ドヤ顔で一夜に煽りを入れる。

 しかし一夜は、そのシャルロットの煽り行為も全く気にしない。そんな一夜の態度に、シャルロットはさらに不機嫌になる。


「成程、そうだな」


 一夜の瞳の色が、暗い紅から真紅へと変わる。そして、その直後に一夜が放った一手は、後々、戦況を大きく変える。


「その一手は、悪手なんじゃないですか?」


 一夜が先程放った一手は、シャルロットが考えた中でも、一夜にとっては最悪手となる一手。その一手を、シャルロットは見逃さず、自身の最有手を打つ。しかし、一夜はそんな一手を見ても全く動じない、それどころか、シャルロットがその手を打つ事を望んでいたかの様な表情を見せる。

 その一夜の表情を見たシャルロットは、今の一手から組み上げられる盤面を考え直す。そして、その結果へと至る。


「そんな、まさか・・・ですが、この段階で気付けたから軌道修正は出来ます」


 そう言いながらシャルロットは、一夜のプランには無いであろう一手を放つ。だが、そんな渾身の一手すらも、一夜は予想していたと言わんばかりに、ノータイムで返しの一手を打ち込む。

 その一手も既に用意された一手、最有最悪問わず、何かしら意図がある一手には違いない。シャルロットも自身の広深域思考を用いてこの一手の返しや次の一夜の一手、さらにその先の一手まで読み切ろうとするが、既に読み切り、後は駒を打つだけの一夜の思考速度には追い付けない。


「うっ、どうして」


 シャルロットが零した何気ない一言、その一言に対して数秒考えたのちに、一夜が口を開く。


「それは、お前の広深域思考が絶対じゃないからだよ」

「そんな事分かっています、この世に絶対なんてない。ですが、私の広深域思考(これ)は、特異体質の中でも思考と言う一点に特化した物。普通の思考能力の人には、負けない筈何です」


 ここで、シャルロットが本気で、自身の特異体質を使用して勝ちに来ていたことが暴露される。


「そうか、それなら俺は普通の人間じゃないって事だな。まぁ、俺は耳が良くて手先が器用なだけの男なんだがな」

「そんな訳ないじゃない!絶対に何か隠してるでしょ!!」


 チェスを4戦行っても、目の前の相手に手玉に取られて負ける。自分が絶対の自信を持っていた物で負ける事の悔しさは、途方もない物だろう。

 その少女は、両目尻に涙を一杯に浮かべ、小刻みに震えだす。そして、一夜の事をその悲しそうであり、可愛らしくもあった。そんな少女、シャルロットの表情に、多少の罪悪感を感じつつ、『それなら』と、一夜は自身がどうしてこの手順に気付けたかの説明を始める。


「まず、昨日の3戦でお前の大体の作戦がつかめた。それと、広深域思考の欠点もな」

「欠点?」


 悔しさのあまり、シャルロットは毅然とした態度を取る事を忘れ、年相応の少女のような口調になる。

 一夜は、その事にはあえて触れずに、説明を続ける。


「あぁ、お前の広深域思考は、基本的に広く深い思考を可能にするという物だ。つまりは、複数の事を同時に高精度で考える事が出来るという事。だが、その思考を一つにしたとしても、思考能力はスタックされない」

「なんで、本人の私も知らない広深域思考の欠点を貴方が知ってるの?」

「理由は結構簡単だ、お前のチェスの実力に(むら)が無かった。ただそれだけだ」

「へっ?」


 さらっと簡素に理由を伝える一夜に、少し拍子の抜けた声を漏らすシャルロット。そんなシャルロットの事を不思議そうに見続ける一夜。


「初戦と2戦目では多少実力に差はあったが、それ以降の対局では、お前の実力に斑が無かった。それはつまり、どれだけ一つの思考に集中しても意味はないという事になる。そこまで分かれば、後はお前の対局の癖を掴めばいい。こっちは、初戦の情報から有用だったから結構楽な部類だな」


 一夜の解説を聞きながら、シャルロットは瞳の涙を拭いながら、呼吸と気分を整える。


「それで、次に必要な情報は駒打ちの順序だ。さっきの癖と同じ意味に聞こえるが、あっちは対局時に見せる対局外の行動の癖で、こっちの方は駒を動かす順序、要は得意戦術の癖だ」


 得意戦術の癖。本当は、癖らしい癖ではない。これは言うなれば、これまでのチェス棋士が打って来た物と同様の様な物だからだ。しかし、戦術によってそれぞれ弱点がある。それを当てればいいだけだが、そう簡単な物ではない。なぜなら、棋士によって思考は異なる上に、相手の戦術によって、無限と言えるような変化数を持っているからだ。


「それを特定するには、相当数その個人と対局する必要があると思うんですが」

「確かにそうだろう。だが、チェスは二人(ふたり)零和(れいわ)完全(かんぜん)確定(かくてい)情報(じょうほう)ゲームと呼ばれている事は、知ってるだろ?」

「えぇ、運が介在する事が無いこのゲームでは、思考能力がモノを言う事も理解しています」


 二人零和完全確定情報ゲームは、チェスの他にも将棋や○×ゲーム、オセロ等もこれに含まれる。二人とは、文字通りプレイヤー人数が二人であることを示し、零和はプレイヤー間の利害が完全に対立している。つまりは一方が得をすれば、もう一方がその徳と同じだけの損害を被るという事。

 有限は、ゲームが必ず有限の手番で終了する事を指し、確定はサイコロの様なランダム性が存在しない事であり。完全情報は、ゲーム内の情報に非公開情報が存在しない事である。

 しかし、チェスは対局者次第では有限ではなくなる事がある。


「そして、このチェスと言うゲームは、云わば○×ゲームと一緒だ。両プレイヤーが最善手を打ち続ければ、先手が勝つ確率は相当高い。だが、それはあくまでも互いに最善手を打ち続けた場合に限られている」

「ですから、対人戦においては吊り手や、ブラフ等も織り交ざってくるのでそれも考えて行動しなければならない事もあります」


 チェスは、取った駒を再度盤上に置く事は出来ない。その為、十の百二十乗、実数値にすれば無量大数を超えるが、取った相手の駒を、再度自分の駒として置く事の出来る将棋程ではない。

 しかし、将棋では出来ず、チェスには出来る動きも存在する。だから、一概にどちらの方が複雑とは言えない。慣れている者からすれば、中盤には読み切れる。今回の対局の一夜では、今までの3局と今回の半局でシャルロットの打ち癖を見抜けた事が勝つ事の要因となっていた。


「つまりはそう言う事だ。それじゃあ、教えてもらおうか、お前が日本に来た理由を」


 一夜のその言葉を聞いたシャルロットは、先程の悔しさからくる震えとは、また違った落ち着きの無さが見て取れる。

 その様子は、恥じらいや困惑。その他、様々な感情が入り乱れている様子だ。だが、シャルロットがその状態になった理由は、本人を除けばアルフレッドにしか分からない。


「その・・・あの・・・」


 シャルロットは、オドオドした様子で口を噤み、目も一夜を見る事すら出来ずに、泳ぎに泳いでいた。

 言葉が出ないわけではない、自分が負ければ話さなければならない事だと理解もしていた。だが、いざ口にしようとすると、自身の理性がそれを止めに来る。そう言った思考が、シャルロットの頭の中で同道巡りを繰り返していた。

 今回の仕事の為や、ジャックを保護したから、等と言う理由は使えない。それでは一夜が納得しないのは、シャルロットも目に見えているから。だからこその『正直に答える』と言う賭けでの捕捉だったのだろう。

  ついに、シャルロットは顔を上げている事すらできなくなり、俯いたまま動かなくなる。そんな二人の様子を、アルフレッドは運転席から声を聴くだけではあるが、見守っている。


「言いたくないなら良いさ。おおよその理由はアルフレッドから聞いたからな」

「・・・・・・アルフレッドからは、なんと?」


 俯いた姿勢はそのままに、一夜に言葉と問いを返す。その問いに答えを返すのは、一夜ではなく。運転中のアルフレッド。


「わたくしから申し上げたのは、シャルロット様の来日の目的は、神崎様に会う為だと」


 シャルロットは、アルフレドの言葉を聞いて、顔を上げる。その顔は、頬を赤らめており、俯く前と同様の恥じらいを持った表情をしていた。


「今は、そう言う事にしておいてください。今後、必ず本当の事を言いますので」

「分かった。なら、もう一局するか?次は何も賭けないで気楽に」


 一夜の言葉に、シャルロットは静かにうなずく。そして、駒を並べ直し始める。そのシャルロットを見た一夜も、自身が取っていたシャルロットの駒を返し、自身が使う駒を並べ直す。

 その後、二人で数局。先手後手入れ替えで打ち続けたが、シャルロットが一夜に勝つ事は一度もなかった。


 そして、別荘を出発してから三時間が経過した頃合いに、シャルロットが、一夜にある事を問う。


「そう言えば、私の事はシャルと呼んで良いと言いましたけど、なぜそう呼ばないんですか?」


 シャルロットの不意な問い。しかし一夜は、その問いの答えを、事前に考え、用意していた。と言うよりも、それが理由で一夜はシャルロットの事を『シャル』と呼ばない様にしていた。


「俺が忘れている事が、お前にとっては大きい物だと思うからな。それを思い出すまでは、俺はお前の名前を呼ばないと決めたんだよ」


 名前を呼ばないという事は、相手に対して失礼にあたる事だが、一夜にとっては、過去に会っているにもかかわらず、その事を憶えていないのに、名前を呼ぶ事の方が失礼だと思っている為、シャルロットを名前でも愛称でも呼ぶ事は無い。


「そうですか。では、思い出すその時まで待っていますね」


 シャルロットは、年相応の少女、その可愛らしい笑顔を浮かべ、一夜に顔を向ける。そんな顔を見た一夜は、過去に見た覚えのある少女の面影と、今見たシャルロットの笑顔が重なった。

 そして、その数十分後。一同は目的地に到着した。


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