第4話 女神の言い伝え
昨日の夜は、よく眠れなかった。私が緊張している間、隣で眠るユリクアさんの幸せそうな寝顔と言ったら⋯⋯、1ミリも緊張していないようだった。ユリクアさんにとって私は、どういう認識なのだろう⋯⋯。
種族の違う小娘?
それとも実はすごく年上で私は子供にしか見えないとか?
人魚って人間は恋愛対象にはいるのだろうか。いや、何考えているんだ私。恋愛話なんて私とは縁のない話だ。私は頭を振り、邪念を振り払う。
「 アイ、よく寝た? 」
「 ははは、まぁまぁです 」
ユリクアさんが心配そうに見つめてくる。心臓がうるさい。こんなに人に見つめられた事がないから恥ずかしい。ユリクアさんの目って何の曇りもないから余計にドキドキする。私が考えている事を見透かされそうな気になる。
「 ⋯⋯アイ 」
「 な、何ですか? 」
「 ⋯⋯お腹、ぐぅ? 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
どうやらお腹が空いていると思われたらしい。私、ユリクアさんの中で食いしん坊という認識になっているに違いない。
「 アイ、待つ。ユリクア、海、行く 」
「 はい。いつもすみません 」
ユリクアさんが、頼り甲斐がありそうなキリッとした表情で胸を叩き、海へ入っていく。海に入る瞬間に足が変化するのは、何度見ても不思議だ。
私は綺麗な貝殻を集めながら時間を潰した。暇だ。1時間くらいたった。
───バシャーン
「 ユリクアさん、おか── 」
お帰りなさいと言おうとして、音のした方を見ると長い白髭のお爺さんがいた。人魚のお爺さんだ。
そのお爺さんは手にかごを持っていて、かごの中には見た事のない果物のようやものが沢山入っている。
私は一瞬、ユリクアさんが歳をとってしまったかと思ったが、すぐにそんなはずはないと頭を振った。
「 こ、こんにちは 」
「 こんにちは、奇跡の女神よ 」
「 き、奇跡の女神? 」
───バシャーン
謎の言葉にはてなを浮かべていると、ユリクアさんが海から上がってくる。私にはわからない言語で2人は会話している。
『 爺、彼女が混乱するような事は言わないでくれ。まだ彼女には話していないんだ 』
『 話せないの間違いでは? あれだけ女神語はきちんと学ぶように言っておりましたのに⋯⋯ 』
『 まさか、自分が助けた女性が女神語を話すなんて思ってもいなかった 』
『 約500年ぶりの奇跡の女神です。海の民の元に現れるのは約1300年ぶり。丁重におもてなししなければなりません 』
2人はどういう関係なんだろう。顔はあまり似ていない。だが祖父なら似ていない可能性もある。
お爺さんが私に向き直り、話し始める。
「 私はユリクア様の専属教師をしております。ゼフォリアと申します。気軽に爺と呼んでくだされ 」
「 はい、あの私はアイです。よろしくお願いします 」
物腰の柔らかいゼフォリアさんに、私はぺこぺこと頭を下げた。服装や所作から地位が高い人に感じたからだ。⋯⋯つまりそんな人に様付けをされているユリクアさんは、一体何者なんだろう。
「 アイ、爺、危険ない。ユリクア、仲間 」
「 はい、分かりました。ユリクアさん 」
笑顔で話すユリクアさんに私も笑顔で返す。ゼフォリアさんが微笑ましい目で見ている。恥ずかしいからその目はやめてほしい。頬が熱くなってくる。
そんな中、ふと気づく。
「 ゼフォリアさんは── 」
「 爺とお呼びくだされ 」
「 えっと爺は、日本語がお上手なんですね 」
「 これは女神語と言いましてな、別世界からやって来る女神様が使う言語です。一部の王侯貴族は嗜みとして学びます。自分の領土に女神が現れた時、意思疎通が出来なければ失礼ですから 」
先ほどから女神という単語が出てくるが、一体何の事だろう。説明を聞いても疑問が増えるだけであった。
「 爺、アイに果実 」
「 ああ、そうでしたな。海の民が栽培しております。海の果実です。一緒にいただきましょう 」
ゼフォリアさんは、地面に布を広げてカラフルな果物を剥いていく。
海の果実って言っていたけれど、香ってくるのは甘い香りで、決して潮臭くはない。この世界の海はどんな生態系をしているのだろう。さっぱりわからない。
みんなで果実をいただいた。とても美味しくて満足だ。見た目も味も、南国の果物って感じだった。
お腹も膨れたところで、私はいろいろな疑問をゼフォリアさんに聞く事にした。この世界の事とか、私みたいな別世界から人が来るのは珍しい事なのかとか。
「 なるほど、別の世界から⋯⋯。言い伝え通りですな 」
「 言い伝え⋯⋯ですか? 」
「 はい、この世界には奇跡の女神と呼ばれる女性が何百年か毎に現れるのです。彼女達は何らかの特別な力を持っており、手に入れた者は幸運に恵まれると言われています 」
「 ⋯⋯へぇ。⋯⋯って、私がですか!? 私は違います。たぶん、もう1人の子に巻き込まれたんです 」
私は2人に、自分がこの世界に来た経緯を説明した。私に特別な力はなく、憎き花見坂に巻き込まれたに違いないという事だ。
ゼフォリアさんは残念そうだが、ユリクアさんは見た感じ、ほっとしているようだ。
「 アイ、女神、狙われる。アイ、女神、違う。ユリクア安心 」
「 狙われる⋯⋯!? 」
「 奇跡の女神は、いろいろな支配者が狙っていますからのぅ。ユリクア様はアイ殿に危険が及ばない方が良いとのお考えでしょうな。ですが、まだ本当に奇跡の女神ではないと、決まったわけではありません。変わった事や困った事があれば、爺に仰ってください 」
「 はっ、はい。ありがとうございます 」
いろいろ分からない事が多い。女神なんて信じられないし、不安もある。だが私は、優しく微笑む2人を見て、拾ってもらったのがこの人達で良かったと安心したのだった。
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