第3話 小島の家
お腹はいっぱいになったが、この後どうしよう。私は自分の状況に頭を抱えていた。
ユリクアさんが海から大量の海藻のような葉っぱを持って来て、魔法で乾燥させている。海藻のようなものというのは、私が見た事のない植物だからだ。いや、地球の海藻は藻類だから厳密には植物ではない。
だが、ユリクアさんが海から持ってきた葉っぱは、まるで地上に生えている木の葉っぱのような形をしており、とにかく大きい。赤や黄色、緑色など色の種類も豊富だ。しかも乾くとわかめのようにシワシワで固くならず、ちゃんと真っ直ぐのまま柔らかい。謎の植物である。私が寝かされていた葉っぱや皿代わりにしていた葉っぱもこれであったようだ。
「 □□□□♪ 」
私には分からない言葉でユリクアさんが歌っている。歌いながらも、乾いた葉っぱと長い枝のような物を器用に組み合わせていく。
時々、こちらを見てはうんうんと頷いている。しばらく作業を続けた後、首を傾げ、また海へ飛び込んで行った。一体何をしているのだろうか。
「 私、元の世界に帰れるのかな⋯⋯ 」
───バシャーン
20分くらいして、ユリクアさんが帰って来た。両腕に布を筒状に丸めた物を抱えている。布なのに濡れていない。どういう事だろう。そういえば、ユリクアさんの服も乾いている。海から上がったばかりだというのにだ。特殊な布なのだろうか。
「 アイ、いえ⋯⋯? 」
「 えっ、いえって。家ですか? 」
ユリクアさんが、自分の作っている大きなテントのような物を指差してこちらを見つめてくる。
確かに家って言った。日本語どこで知ったんだろう。
「 アイ、家。ユリクア、つくる 」
「 ユリクアさんが私の家を作ってくれるんですか? 」
コクコクと嬉しそうに頷くユリクアさん。これ、私の家だったのか⋯⋯。
この島に住む。この、嵐が来たら一瞬で沈みそうな島に住む。大丈夫なんだろうか。不安しかない。
ユリクアさんは、良い人⋯⋯良い人魚だ。私を助けてくれた。今は彼に任せるしかない。元の陸に戻り、また豚顔人間に捕まったら嫌だ。もしかすると大陸はあいつらの支配下かもしれない。私には情報がないのだ。最悪の場合、豚の惑星に迷い込んだ可能性もある⋯⋯。
「 アイ、家。はい 」
考え込む私にユリクアさんが笑顔で話しかけてくる。見ると、葉っぱや枝を土台に綺麗な布がかかった家が出来上がっていた。人が3人くらい余裕で寝れそうな広さだ。こんな小さな島に建てた仮住居としては、立派と言える。
「 ありがとうございます。ユリクアさん 」
「 ふふふん♪ 」
私がお礼を言うと、得意げに胸を張っている。ニコニコと上機嫌だ。
私が中に入ったりしながら、少しするとユリクアさんが真剣な顔で話しかけてきた。
「 ここ、あんぜん。そと、きけん 」
「 外は危険⋯⋯。確かに 」
私は悪臭と、豚の顔と魚の顔を思い出した。五感に嫌な思い出が残っている。顔が自然に引きつる。
「 ここ、あんぜん。ここ、わたし、しはいか 」
「 支配下? この小さい島、ユリクアさんの土地なんですか!? 」
驚く私に、ユリクアさんはしっかりと頷く。
この島、ユリクアさんの土地だったのか。持ち主が住んで良いと許可をくれたんだ。今は住まわせて貰おう。
空が夕焼けに染まってきた。もうすぐ夜になるだろう。今は快適な温度だが、夜は冷えるかもしれない。家に入っていた方がいいだろう。
私はユリクアさんの建ててくれた家に入った。
「 アイ、ふんふん⋯⋯ 」
ユリクアさんも後をついてくる。中で座ると隣に座ってきた。正直言って近すぎる。
「 あの、ユリクアさんは、他に家あるんですよね。海の中とか⋯⋯ 」
「 家、ここ 」
「 えっ⋯⋯。ここは、私の家ですよね? 」
「 ここ、アイ、家。私、家 」
ユリクアさんは、機嫌良く寝転がって泳ぐふりをしている。実に楽しそうだ。
いや、楽しそうなのは良いが、私と一緒に住む気なのか⋯⋯。この場合、私が住まわせて貰う側だ。文句を言える立場ではない。だが私は、自分で言うのもなんだが、うら若き乙女だ。男性と同じ場所で寝るのは問題がある。たとえ相手が人魚でもだ。
「 私、外でも大丈夫です 」
「 ⋯⋯ん? アイ、ここ。外、だめ 」
家から出て行こうとする私の足首を、ユリクアさんががっしり掴む。顔を見ると、目をうるうるさせて懇願するように見つめてくる。
「 でも⋯⋯ 」
「 アイ、ここ。私、外 」
そう言うとユリクアさんは、家を出て行く。気を遣ってくれたようだ。何だか申し訳ない事をした。ユリクアさんは、別に下心などなく、私が心配で一緒に居てくれようと、していたのかもしれない。自意識過剰だ。私は何て馬鹿なんだ。
私は、急いで家の外に出る。
「 ごめんなさい!! ユリクアさん!! 」
外ではユリクアさんが沢山の大きい貝を、魔法で焼いていた。
「 ふんふーん♪ ⋯⋯⋯⋯ん? 」
「 ユリクアさんも一緒に家の中に住みましょう 」
「 アイ、家。私、家? 」
「 はい、そうです!! 」
「 ⋯⋯⋯⋯ 」
ユリクアさんは、少し固まった後、美しく微笑んだ。そして火の通った貝を葉っぱに置いて、私に差し出してくる。
「 アイ、ありがとう 」
「 私こそ、ありがとうございます 」
私達は、笑顔で夕食をとった。
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