9.受験戦争④
オーウェンのターン
あれよあれよという間に7人目の試験まで終わった。
やはり1番手のガウェインは別格だったよう。
…まぁ、『固有魔法』の強さだけで見るならそれ程でもないのだが、剣術の能力が『固有魔法』とマッチしていた、というのが大きかったのだ。
むしろ『固有魔法』が発現してから努力したのかもしれない。
それと比べて、他の受験生は…。
もう、何と言うか『お祈りアタック』状態。
試験官にそんな運頼みの攻撃など当たるはず無いのだが、それでも一分の可能性に賭けて攻撃し続けている状態だった。
試験官の方は実力を測る必要があるので避け続けるばかりだったが、それを『避けることで手一杯』だと勘違いする馬鹿が多かったのだ。
「次はG458、オーウェン・ニアコット。前に出なさい。」
「はい。」
この試験官は顔に表情が出やすいようだ。
最初の受験生のガウェインを相手にした後は心底楽しそうな表情だったのだが、その反動もあってかだいぶ投げやりになっている。
『今年の受験生は面白そうだ!』と思った矢先にこの期待外れの集団である。
例年よりも馬鹿が多いというのは、彼女のモチベーションを著しく下げることとなっていたのだ。
「お願いします。」
オーウェンは扱いやすいスタンダードな木剣を握り、前へと進み出た。
しかし、オーウェンに剣の才覚は無い。
基本的に、木剣を使うのはサブプラン。主軸となるのは魔法による遠隔戦闘だ。
「いつでもどうぞ。」
オーウェンは見た目からして、それ程強そうには見えない。せいぜい体格がいいぐらい。
どうしても、ガウェインと比べてしまうとヒョロヒョロな見た目であるようだ。
これまでのガウェインを除く7名は、やはりそんな具合に筋肉が目立たなかった。
試験官が期待していない目をしているのはそのためだ。
「―――では、行きます。」
何気なくオーウェンは火球を作り出し、前方に放つ。
たったの一発。それ程速度があるわけでもない。
拳ぐらいの大きさで、剣で叩き切ることさえ出来そうだ。
ところで、オーウェンの『固有魔法』は『火炎操作』。
『火炎操作』というのは最強クラスの『固有魔法』だ。
何しろ、相手に近づくことも許さず圧倒的な範囲火力で薙ぎ払うことが出来るのだから。
しかし、それをやろうと思ったらオーウェンでは魔力が足りない。
そんな訳で、この火球攻撃である。
試験官は訝し気な顔をしながら、ひょいと横に跳んで避ける。
その時。
――――――ドォォン!!!
突如、火球が爆発した。
横っ腹に爆風を食らい、試験官は横転を繰り返す。
派手に転がるのは衝撃を地面に逃がすためだが、この時には混乱する頭を静めるためにもなった。
オーウェンには広範囲殲滅をするだけの魔力は無い。それは、前述した通り。
しかし、彼にはその代わりに得意な分野があった。
それは、『精密操作』。
定食屋の息子として、普段から料理に『固有魔法』を使っていたおかげで温度調整、遠隔操作などが得意なのだ。
温度調整はともかく、遠隔操作は何故得意かというと、料理というものは並行作業が基本であるからだ。
例えば、まな板の前で食材と向き合いながら鍋の火力を調整したり。
多人数の料理を作るために設計されたキッチンでは、5つほどの作業を並行することもあったほどだ。
さて、あの火球の爆発はその『精密操作』、その中でも遠隔操作を利用した攻撃だ。
先ず圧縮した爆発力を魔力でコーティング。
そして、偽装の為にその周りを火に包む。
後は、好きなタイミングで起爆するだけだ。
これが、クロノが仕込んだ『秘策』。
オーウェンはクロノが自分で考えたものだと思っているが、実は『最も信頼する仲間』を真似たものだ。
だからこそ、『彼』が極めたその運用法もよく知っていた。
そして、それは余さずオーウェンに伝えられた。
「『紀元前の炎』!!!』
逃さない、とばかりに連続で放たれる火球。
数は10発ほど。
しかし、そのどれもが先程の爆発を思い起こさせる。
試験官は大袈裟に避け続ける。
その理由は明白。試験官はオーウェンにそれほど魔力量がないということ知らないのだ。
だからこそ、爆風に巻き込まれない範囲にまで逃げることが必要だと考えたのだ。
しかし。
――――ドドォォォン!!!
放たれた10発ほどのうち、爆発したのは僅かに2発。
それ以外の火球は、ぼふんと情けない音を立てて呆気なく消滅した。
そして、試験官はようやく気付く。
(まさか、こんな読み合いを仕掛けられるとは…)
そう、つまりは偽装工作である。
その理由は魔力の節約であるのだが、『紀元前の炎』の燃費が分からない以上は試験官はその狙いを推し量ることは出来ない。
そして、この戦法こそが元の使い手の本領であった。
「もういっちょ!」
またもや10発ばかりの火球を発射。
しかし、今度は試験官は逃げずに真っ向からの突破を試みた。
それは、当然のことだろう。
このまま逃げ回っていてもいずれは物量で押しつぶされる。
反撃の手段も見いだせずに攻められるばかりでは、先輩としての面目も何もあったものでは無い。
――しかし、それは早計だった。
―――ドォォォォォォン!!!
ひときわ大きな爆発音が、第三修練場を包み込んだ。
後方では1発だけの火球が虚しく爆発する。
この爆発音の正体は、地面に予め仕掛けておいた地雷。
初撃により試験官が動揺しているうちに、近接戦を挑まれるであろうルートに仕掛けておいたのだ。
因みに、大袈裟な爆音はしているものの殺傷力は低く設定してある。音の正体は無駄に大量に出た風だ。
しかし、計画通りに攻撃しているであろう当のオーウェンは焦っていた。
(想定よりも長引いている…。)
既にオーウェンの魔力は枯渇寸前。
今の地雷も、一瞬だけだが『当たり所』をずらされるのが見えた。
覚悟しなければいけない。
最早、小細工の為の魔力も足りない。
だとすれば、確実に当てるためには接近戦を挑むしかない。
オーウェンは、最後の突撃を仕掛けようとする。
その時。
「…いえ、もう十分です。貴方の実力、そしてその奇抜な発想力。能く見させていただきました。これなら筆記試験次第ではガウェインさんにも劣らないでしょう。しかし、一つ言わせてもらうとすれば…底は見せない方がいいですよ?」
彼女は悪戯っぽくウィンクした。
おそらく…いや、間違いなく彼女は気づいていた。
オーウェンにもう余力が無いということに。
どうやら、彼女は『知』で勝たんとするオーウェンの戦い方を気に入ったらしい。
だからこそ、評価を下げる要因となる『敗北』を他の試験官に見せないようにしたのだろう。
「ありがとうございました!」
その顔には一目で分かるほどの達成感が浮かんでいた。
当然だろう。まさか、自分がそれ程の評価を得られるとは思っていなかったのだから。
彼は当然のようにクロノのもとに歩み寄り、痛いほどのハイタッチ。
今にも涙を流しそうな顔だ。しかし、必死に堪えて言葉を紡ぐ。
「ありがとう、クロノ。僕がここまでやれたのは君のおかげだ。…次は君の番だ。思う存分やってきてくれ!」
クロノは力強く頷き、オーウェンの持っていた木剣をその手に取った。
試験官のもとへと歩み始め、振り返らずに云った。
「――――任せろ。」
オーウェンから見えたその背中は、いつにも増して頼もしく見えた。