8.受験戦争③
遂に実技試験が始まりましたが、オーウェンとクロノの出番はまだ先です。
「ありがとう、クロノ。」
「俺としても知り合いがいる方が気が楽だ。そんなに感謝されることじゃないさ。」
両者、サムズアップ。
場所はいつも通り人のいない荒れ地。そこで最後の『秘策』の教授を終えたところだ。
最初の内はコツと発想だけを聴かせるつもりだったクロノだったが、あれやこれやで試験の日程が延びている間にだんだんと教えることに夢中になってきた。
今ではもはや『秘策』だけに留まらずに戦闘のコツをどんどん教えるようになっていた。
オーウェンは素直な性格の努力家で、新しい知識をまるでスポンジのようにどんどん吸収していく。教える側も嬉しい生徒であった。
「…そろそろか。」
ふと、オーウェンは空を見上げる。
この時代に時計などというものはない。だから、この日の高さはすなわち時間をはかる手段でもあったわけだ。
受験番号が遅いということで、2人の実技試験はかなり遅くに開始される。
ある程度は余裕を持って行動することを求められるが、しかしそれでも時間はある。
後もう2時間もすれば日は落ち始めるだろうという頃、ようやく彼らは実技試験の会場に向かった。
「はい、お二人とも同じ会場です。第三修練場はこの通路の突き当りを右に曲がったところにあります。」
筆記試験と違い、2人は別々の会場には分けられなかった。
それは、筆記試験と違ってカンニングの心配が無いからだ。いったいどうやって実技試験でカンニングできよう。
因みに、声援を飛ばすことは許可されている。
しかし、受験者は思春期真っ只中の少年たち。どうにも恥ずかしさが先に立ってしまい、実際に声援を送る者は稀だった。
「では、10人揃ったので実技試験を開始します。」
暫く待った後、試験は開始された。
一人一受験生を入れ替えているとその手間が大変。しかし、多すぎれば試験そのものに支障をきたす。
そんな訳で、10人ずつ実技を見るということになったのだ。
目の前には前の受験生が使ってすぐであろう木剣、木槍、鏃の取り外された矢など詰め込まれた木箱が。
如何にも使い古されたモノといった感じで、木剣などは一目で刃の部分がガタガタになっているとわかる。
「今、皆さんは番号順に並んでいます。番号の若いものから順に好きな武器を取って私を攻撃しなさい。『固有魔法』は生命を脅かさない範囲での使用を許可します。」
クロノとオーウェンは一緒に受験の申請をしたので、続いた番号になっている。そして、クロノの方が番号が遅い。
この10人の中ではクロノが一番遅い番号なので、オーウェンは最後から2番目ということになる。
早速一人の受験生が進み出た。
筋肉の付き方、歩き方。それらから、体術にかなり自信があるということが分かる。
精悍な顔つきはイケメンとは言えないものの、頼りになるオーラ、というか雰囲気を醸し出していた。
「受験番号G450、ガウェイン・オベイルです。お願いします!!!」
その声にも迫力がある。
まるで、響き渡る咆哮のよう。対するが常人なら、それだけで気圧されてしまいそうなほどだ。
しかし、手には何も持っていない。
試験官は拳法使いかと身構えた。
拳法使いは圧倒的な素早さを誇ることが常だ。だからこそ、試験官として新人ではない彼女は、油断なく正眼に木剣を構えたのだ。
「では、行きます!」
彼、ガウェインが何やら呟くと、その手には極大の大剣が。
前進、跳躍しながら生成したため、それは明らかに奇襲となった。
どうやら刃引きはされているようだったが、紛れもなく金属で出来たそれは、木剣と強度勝負すれば容易に叩き切れるだろうということを想像させた。
しかし、対する彼女は歴戦の試験官。
戦場に出たことだってある。そこで磨いた直感、対応力は容易に受験生に勝たせることはしない。
――――ズゥゥゥゥン!!!
大剣が地面に叩きつけられ、轟音と振動が第三修練場を包み込む。
舞い上がる土埃。その中で、いち早く動き出す一つの影。
彼女は大剣を生成された時点で『受け止める』構えから『受け流す』構えへと変化させていた。
大剣の叩きつけは強力である反面、軌道修正などの小技が利かない。
つまりは、読まれやすいということ。
数いる試験官の中でも彼女は強者の部類に入る。そんな彼女に、直線だけの攻撃など通るはずもなかった。
――――ガァン!!!
大剣はその高い攻撃力の反面、武器に『振り回される』ということが多い。
歴戦の戦士となればその隙の消し方も巧みなものだが、今大剣を操るのは15歳の少年。
無防備な側面に一撃を喰らわせてやろうと彼女は踏み出したのだが、その一撃は完全に防がれた。
勿論、あれほどの奇襲をしたというだけで十分に評価に値する。
そのため、この一撃で終わろうとも最高評価を付けるくらいの気持ちでいた。
しかし、この状況からガウェインは防御に移ってみせた。
どうやって?
それを間合いの内で考えることなど愚の骨頂。
だからこそ、彼女は思わず退いてしまった。
しかし、それは正解だった。
――――ブゥン!
その場に留まっていたのなら、お返しとばかりに放たれたこの一閃に当たっていただろう。
そして、ただでは済まないということも分かる。
その要因は、あの風切り音。まだ未熟ながらも、この年代の者としては異様なほどに鋭い。
おそらく、材質の差もあり一撃で戦闘不能に陥るだろうと分かった。
完全に晴れた土埃の中から、ガウェインは現れた。
その手には先程までは確かに在った大剣は存在せず、代わりに堅固な盾と片手剣を持っている。
先程の風切り音の正体はこの片手剣だったのだろう。
ところで見回せど、あの大剣は見当たらない。そして、その場の者はようやく気付いた。
(思い出してみれば、アレは『固有魔法』により生成されたものだった)
と。
魔力から生成できるのだから、また魔力に戻せないはずもない。
恐ろしく使い勝手の良い『固有魔法』だ。あれほどの速度で切り替えられるのなら、一対一の戦いにおいて無類のアドヴァンテージを得られるだろう。
再び近接戦を挑まんとガウェインは突撃しようとする。
しかし、試験官は手を前に突き出してそれを制止する。
「待て、試験は終了です。―――素晴らしい戦闘能力ですね。おそらく、今回の受験者の中でもトップクラスの成績になるでしょう。Sクラスに入る可能性も高いです。では、後ろに下がって休憩していてください。この場の試験終了まではこの修練場内で待機していてください。」
その内容を聞き、受験者のガウェインはガッツポーズをして嬉しがった。
そして、少ししてからようやく気付く。
「あ、ありがとうございました!!!」
直角を明らかに超えて礼を。
そして、今にも涙を流さんかというような声で感謝を伝えた。
Sクラスというのは、一学年の中でも選りすぐりの10名を集めたクラスのこと。
受験生は誰もがSクラスに入ることを目標にするし、入学した後も虎視眈々と成績上昇による下克上を狙う。
学園側の意図としては、学生同士で競い合うことでより一層の実力向上を狙う、といった感じだ。
実際、それは上手く機能していた。Aクラス以下の学生は這い上がらんと、Sクラスの学生は蹴落とされまいと努力を惜しまなくなったのだから。
しかし、唯一失敗だったと言えるのは、『固有魔法』という特別な力を持って調子に乗った受験生がこぞってこの学園を受験しに来たことだった。
Sクラスに入れば毎月莫大な金額が小遣いとして渡される。
そして、住む場所も立派な個室を与えられた寮の別館になる。
そこは、寮なのに一切の家事をメイドがやってくれるという至れり尽くせりのサービスさえある。
しかし、そんな特権があるクラスがあるのはこの学園のみなのだ。
仕方ないこととも捉えられるかもしれないが、馬鹿が加速度的に年々増え続けているこの現状ではそれこそ馬鹿にならない問題であった。
かくして、一人目の実技試験が終了した。
いかんせん、彼は規格外だった。
後に控える受験生たちは、一人を除いて更なる緊張感に包まれたのだった。