7.受験戦争②
さて、学園に遂に到着した。
到着したのだが…。
「すまんが一人回してくれ!経験者じゃなくていい!番号の受け渡しの人数が足りねぇ!!!」
「それはどこも同じだ馬鹿ヤロウ!何とかしろっての!こっちだって同じ状況なんだからなァ!!!」
「なんで今年はこんなに多いんだよォ!!!」
「ば、番号にFが付く方はこっちです!…ああ!押し合わないで!皆さん、冷静な行動をどうか、どうかお願いします!!!」
「すまねぇ、一人日射病で倒れた!誰か本部に連絡を!!!ここは俺が何とか持ちこたえさせる!」
「ああもう、やっぱり今年も出たか!ダン、ひとっ走り本部まで行ってこい!!!」
「了解!意地でも引っ張ってきてやんよ!」
「案内班、詰まってんぞ!!!」
「ちくしょう、今年の新入生って去年よりも荒れてないか!?」
「リーダー!シフト予定の子が逃げましたァ!!!」
「あともう少しだ!凌ぎ切るぞ!!!!」
「………なにこれ。」
「まさか、ここまで酷いとは…。」
呆然と立ち尽くす彼らの前に在ったのは、まさしく地獄絵図だった。
受付は構内でやっているようなのだが、それだけでは足りずに屋外にも受付のテーブルを出している。
それだけ受付の数を増やしても、長蛇の列を成す受験予定者たち。
そんな限界状態の中、あの日図書館で見たような傲慢な輩はそれほどいなかった。
しかし、少なくとも数名は居るという訳でもある。
…まぁ、この場で暴れるのはこの待遇に満足できない貴族様たちのようなのだが。
平気で順番を抜かし、そして口論になる。
案内役の学生が急いで仲裁に回る。
そして列が乱れる。
案内役は更にその修正に奔走する、といった具合だ。
全てが悪循環。
その原因は一つ。それは、受験希望者の多さだ。
一次試験、二次試験といった具合で分ければいいのだろうが、いかんせん今年の受験者が予想外に増えたようだ。
聞いた話によると、去年はこれ以下の人数でも回せていたらしい。
まぁ、『固有魔法』の発現は突発的に起きる。予想は難しかったのだろう。
「お待たせしました。2人とも、受験希望ですか?」
かなり疲れた様子で受付の女性は言った。
クロノとオーウェンが来たのはかなり後の方だったので、疲労もかなり溜まっているようだった。
「はい、お願いします。」
それぞれ財布から銀貨5枚を取り出す。
年々受験料は増額しているようなのだが、それでも受験希望者は増える一方なのだという。
因みに、今年の現状からして来年はかなりの増額が予想される。
良くも悪くも滑り込みセーフと言ったところだ。
「2人とも受験会場は一番手前の建物です。置き引きに注意してくださいね。」
見れば、そこにはかなり大きな建物…おそらく、集会場があった。
普通は教室のみを利用して試験が行われるそうなのだが、今年は想定外に多かったので集会場も利用することにしたらしい。
大急ぎで教師と学生が机と椅子を運んでいたというのは噂になっていた。
因みに、置き引きはかなりの件数起きているらしい。
いかんせん、この人数だ。
例年よりも警備の手も足りていないので、わざわざ受付で注意喚起しているようだ。
「じゃあ、行こうか。」
決戦の時は、すぐ傍まで迫ってきていた。
混み合う人の波を掻き分け、受験会場へと向かう。
「…では、始め!」
試験官の号令で一斉に受験者は筆を取る。
この時代では紙の量産に成功している。そのため、試験は全て紙に答えを記す、という形で行われる。
因みに印刷技術はまだ発展していないので、試験問題は口頭での説明と大きな紙に書かれた問を見て行う。
後ろの席に当たってしまった者は不幸かと思われるが、それは試験会場を2つに分けて問題の設置場所を分割してあるので多少はマシになっている。
まぁ、見え辛いということに変わりは無いのだが。
試験問題は、予想通りの常識を問う問題が5割、そして知性を問う発展的な問題が残りの5割を占める。
その中には、当然クラネウスに関する問題も数多くある。
【問7:勇者クラネウス・タイムが建国王ギルガリオ・フランクと出会い、共闘を誓った盟約の名を答えよ】
その答えは『ダンダリオスの誓い』である。
もっともクロノはそんな名前の盟約を誓った覚えも無いし、あの約束は口約束ぐらいの軽さだったな、と思っている。
後世の歴史家は何でもかんでも勿体ぶった名前を付けたがる。
確か、あの約束をしたのが『ダンダリオス』とかいう砦だったな、というぐらいである。
もっとも、あの砦は大して上等のものでもなかったしすぐに落とされてしまったのだが。
一応クロノはそのあたりの知識をきっちり覚えておいたので、この問題は当然正解している。
しかし、そんな歴史的な問題で留まらないのがこの学園である。
凶悪、というよりは明確な正解が存在しない問題も出題された。
【問24:前建国14年に於いて、勇者クラネウス・タイムは砦の一つを放棄した上で部隊を分散させた。その目的を、結果を踏まえた上で述べよ。】
まず第一に、この問題はその戦いのことを覚えていないと解けない。
その上で軍略に関する知識、もしくは詳細な歴史の記憶を持っていることを求められるのだ。
普通そんな詳細なところまで覚えているものは少ない。なので、この問題では戦略的な観点をどれだけ深められるかのテストでもある。
まぁ、クロノにとっては問題ない。
何しろ、自分が指揮した戦いだ。そんな状況が多数存在した訳もなく、思い出すのは非常に容易だった。
因みにクロノの解答は
『その砦は深い峡谷の中に位置しており、住民、食糧を持って撤退することにより敵部隊を孤立、兵糧攻めする意図があった。峡谷には通行に適した道が数通りしかなく、そこに部隊を分散させてゲリラ的な戦闘を仕掛けることにより敵の焦りを誘い、指揮系統が混乱した敵本陣を奇襲で一気に叩くことにより犠牲の少ない勝利を狙った。実際には、敵本陣で飢餓からの共喰いが発生して予定より更に少ない犠牲での殲滅となった。』
という具合である。
因みにこの作戦はクラネウスが立案したわけではなく、建国王ギルガリオが立案してクラネウスに押し付けた。
ギルガリオ曰く、「オレがゲリラ作戦なんかやったら後世でどんな叩かれ方をするか分からんだろう?」との事だった。
まさか彼も500年後にその行為が称えられているとは思わなかっただろう。
その他にも建国王が死に、クラネウスが去ってからの時代の問題もあった。
しかし、その数は圧倒的に少ない。
何しろ、この学園は『対魔物の即戦力の育成』が目的の学校なのだ。
そんな問題分布なので、クロノは全ての問題を埋めた上で間違っている可能性があるものも1つか2つ程度というかなり自信がある結果となった。
まぁ、建国の為の戦いに直接関わった者が受験するなんて想定していなくて当然なのだが。
意気揚々と学園の校門を出たクロノ。
今日あるはずだった実技試験は、人数が多すぎるために後回しにされるらしい。
つまりは、明日。
隣を歩くオーウェンもなかなかの好感触だったようで、明日への期待を膨らませている。
その期待の中には、クロノが授けた『秘策』も含まれている。
予定外に時間が出来たと、ふたりは人目のない場所へと向かって最後の『詰め』を行う。
魔力切れ寸前まで粘ったオーウェンは、夕食を食べるために家に戻った時にはかなりの自信を身に付けていた。
夕日は沈み、空には満月が昇る。
ここ数日は晴れ渡るような快晴が続く。明日も快晴だろう。