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6.受験戦争①

さて、遂に受験が始まります。

「…遂に、今日か。」



クロノは起床し、ふと呟いた。

鍛錬の為に、彼の起床は常に早い。

2時間ほど鍛錬をし、クロノの体とクラネウスの経験をリンクさせる。

日に日にラグなく体は動くようになっている。それが、嬉しかった。


買っておいたパンと肉と野菜を引っ張り出し、簡単ながら料理をする。

ちなみに、完全なる男料理だ。この時代では調味料が豊富なので、適当に肉と野菜を炒めて塩、胡椒で味付けすればそれで美味くなるのだ。


ところで、この時代では保存技術はかなり発達している。

何故なら、とある魔物の希少な骨は周囲一帯に防腐効果を放つからだ。

その骨を利用して、肉の運送を商う者は独占的な商売をするのだ。


しかし、この500年のうちにその骨は多くの商人に行き渡った。

ただ単にその骨を持つだけでは商売で勝てなくなり、その結果価格競争が発生した。

そして今、どの家庭でも肉を食べようと思えば食べられる程度には安くなっているのだ。


まぁ、庶民はそんな骨、『鮮魔骨』など持っていない。

肉は買ったその日のうちに食べる、というのがルールである。


しかし、そんな『腐敗』ということなどクロノには関係ない。

何しろ、『腐敗』の時間を遅らせてやるだけで食材の鮮度は保たれるのだ。

遠征などで食糧管理することに慣れた彼にとってみれば、それはまさに朝飯前の事だった。



「試験は、昼飯を食った後だな。」



鞄に筆記用具と臣民証の写しを詰め、楽な私服に着替える。

入学してからは学園の制服を着るので、きっちりとした服装で受験に臨むことはしなくても良いとされるのだ。

なお、受験の際には実技試験として戦闘も行う。服装はそれに適したものが良い。



「さて、最後の詰め込みに行くか。」



クロノは、山の中に隠された出口から外に出る。

そして向かうのは、王立図書館。

着いてみれば、最後にここに来た1週間前とは打って変わって人に溢れた様子だった。



「…これ、入れますかね?」



「…お勧めはしませんがね。」



図書館を埋め尽くしていたのは、クロノと同年代くらいの人々。

最早、聞かなくても分かる。これは、全て学園の受験者たちだ。



「みんな考えることは同じかぁ…。もっと早くに来てればよかった。」



戻ろうと思って後ろを振り返ってみれば、そこにはクロノと同じように残念そうな目で中を覗く人々。

やはり、どんなに勉強した者でも最後はやるだけやりたくなるのだ。

そして、この学園の志望者はだいたいがこの図書館にやってくるのだ。


とぼとぼと項垂れた様子で図書館から離れる人々は、まだ試験を受けてすらいないというのに落ちたかのようだった。



「…まぁいい。詰め込むだけ詰め込んでおいたんだ。問題ない。」



そう、大見得を切って歩く。

しかし、そうとなれば困ったこともあった。


―――暇なのである。


現在、8時頃。腹は減っていないし受験まではかなりの時間がある。

暇をつぶそうにも図書館ぐらいしか無いし、その図書館は今満員御礼のぎゅうぎゅう詰め状態だ。


どこか知り合いのところで暇を潰そうか、と思っても、この時代の友人と呼べる存在はオーウェンぐらい…いや、それでいいか。

取り敢えず、定食屋、『ニア』に向かおう。居なかったら居なかったで次の暇つぶしを考えればいい。











「あれれ、まさか本当に居るとは。」



定食屋『ニア』の扉を開くと、そこでテーブルについて、のんびりとメモのような何かを広げているオーウェンと目が合った。

まぁ、なんとなくそんな気はしていた。

オーウェンは普段よりもきっちりとした服装で、どう見ても余所行きの鞄を脇に置いて座っている。

出かける準備は万全、ってところだ。

ちなみに、オーウェンの家は図書館の会員になるには金が足りないので家庭教師を雇っている。

図書館の会員になるよりも伝手を頼った家庭教師の方が安いこともあるのだ。



「学園はそれなりに近くにあるからね。焦らなくていいかな、と。」



近くに寄って見てみれば、そのメモのような何かは受験対策の年表らしい。

この国の歴史や成り立ちについての内容が分かりやすくまとめられている。

パッと見た感じ、覚え漏れは無さそうかな。



「ところで、クロノ。ちょっと頼みがあるんだけど…」



オーウェンはおずおずと頼みを切り出した。

正直、意外だった。今ここでその提案をされるとは。

いや、俺が信頼された証と捉えるべきだろうか。

俺はその提案を迷うことなく承諾する。



「…ありがとう。こんな頼み、キミぐらいしか頼めなかったんだ。」



「任せてくれ。こういうのは、俺の得意分野だ。」



それぞれ荷物をまとめ、邪魔の入らない場所へと向かった。

時刻は9時頃。受験までは、まだ時間がある。










「はいお待ちどおさま!カツ丼2つ、それもダブルだ。頑張って来いよ!」



「はい、ありがとうございます。」

「ありがとう、父さん。」



受験前の昼飯は、やはり定食屋『ニア』で摂った。

学生に優しい店として売り出しているこの店は、現在人でごった返している。

その目玉は『受験にカツ!』という垂れ幕にも分かる通りカツ丼だ。

やはり人というものは脆く、宗教や迷信、ゲン担ぎに群がってしまうものだ。


俺たちに運ばれてきたのは裏メニュー、『カツ丼ダブル』。

これはご飯の上に乗るカツが2倍になったもので、通常メニューとして売り出したら即赤字になってしまうレベルのものだ。まぁ、それはご飯のお代わりが自由だからこそのことなのだが。


見るからに胃がもたれそうな逸品だが、そんな気持ちに反してまるで馬のようにもしゃもしゃと口に運んでしまう。

精神は100歳越えのおっさんなので、やはりこの体の食欲というものは、途轍もないなとふと思う。



「いいってことよ。因みに、こんなメニューをお前らにだけ出したってことは内緒な。自分の子供とその友達にだけ『2倍勝て』ってメニューを出したと知られた日にゃあ…」



わざとらしくブルリと体を震わせる。

まあ、そうだろうな。ゲン担ぎのメニューを出している一方で息子にはそれ以上のエールを送っているんだから。

まぁ、それが親心というものなのだろうけれど。



「期待に沿えるよう、頑張りますよ。何せ、オーウェンにはさっき『秘策』を仕込んでおきましたからね。」


「ふふふ。楽しみにしててよ。」



「おっしゃ、それなら合格した暁にはクロノ君も合わせてお祝いをしないとな!」



かき込むようにカツ丼を平らげ、スプーンを置いた。気のせいか、身体が熱く燃え上がったような気がする。


さて、気合いは充分。

英気も鋭気も十分。

想いの篭った声援だって受け取った。


恐れることは無い。必ずや、2人で合格するさ。

オーウェンとアイコンタクトを交わし、席を立った。


向かうのは、これまでと形は違えど戦場だ。

しかし、クロノは不敵に微笑む。

『俺は、戦場のスペシャリストだぜ?』




陽は高く昇り、王都全てを照らす。

快晴の空に、『戦場』は良く映えるだろう。


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