26.盤上の語らい
模擬戦の後の、後日談的な話です。
会話が多いので、行数の割には文字が少ないです。
*ゲームの名前を『戦棋』にしました。
「―――待たせたか?」
日暮れまであと2時間ほど。
いつもは活気が満ちるその建物。
しかし、その部屋は静かだった。
その部屋は、談話室。
静かにボードゲームをするための場所で、彼女は待っていた。
蒼髪をセミロングに下ろし、静かに座るその少女。
王女であり、そしてこの学園の新入生、その次席でもある。
「いいえ。これは私のワガママだもの。むしろ、そんな気遣いは無用よ。」
この部屋に今入ってきた少年、クロノに投げかける笑みは昨日までのそれとは全く違っていた。
クロノはリヴィアの名誉を著しく傷つけていた。
例えそれが意図せずにやったことだとしても、決して許されることでは無かっただろう。
実際、昨日のリヴィアの態度はクロノに対する怒気に溢れていた。
しかし、今は。
「―――立ったまま話すのもアレでしょ。ゲームでもしながら話さない?」
リヴィアはその対面の席を指差した。
小さなテーブルの上には幾つものマスで構成されたボードが。
既に駒は並べられており、後はその駒を操る者を待つのみ。
ご丁寧にも、椅子は引いた状態で置いてあった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
この時代に来てから日が浅いクロノも、そのルールは知っていた。
その名も、『戦棋』。
人族軍と魔族軍に分かれ、それぞれの王を目指して戦うというものだ。
どちらの王にも、広範囲殲滅能力がついている。
しかし、それは一試合中に1度しか使えない切り札だ。
だからこそ、配下の剣士、槍兵、弓兵、大盾兵、騎兵、暗殺者、魔術師、輸送兵、衛生兵、勇者の使い方が重要になる。
これは、人魔対戦の再現だ。
だからこそこの国では広く親しまれており、歴史も古い。
駒は見分けがつけばよく、また盤も地面に線を描くだけでもできるという気軽さもあり、貴族から貧民まで知らない者は居ないのだ。
なお、この部屋にある駒も盤も最高級品だ。
最高クラスの者だけが使えるということで、駒はそれだけで美術的な価値があるほどのクリスタル製。
この寮に来てすぐの時に見たのなら、間違いなく恐れ多くて触れなかっただろう。
しかし、人間の適応力というものは侮りがたい。
既に、この程度では動じなくなっていた。
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「騎兵、チャージ。輸送兵を負傷させるわ。」
「大盾兵、カバー。輸送兵は退避。」
現状、クロノの魔族軍が劣勢。
退避させていた輸送部隊が狙い撃ちにされており、防衛部隊を割いて何とか凌いでいる形だ。
「甘いわ。弓兵をC-4に。王手よ。」
なるほど、騎兵の突撃は囮で、本命は王への直接攻撃か。
その動きを意図せず妨害していた大盾兵は引き剥がされ、王はまさに無防備な形だ。
「剣士をC-7に。…苦しいな。」
本来攻撃に使うはずだった剣士を無理矢理引き戻して壁にする。
守勢に回らざるを得なくなり、攻撃に手が回らない。
模擬戦の内容と同じように見えるが、この場合はペースを乱す何かが用意できていない。
なるほど、リヴィアはかなりの強さを誇っていた。
「…私って、アンタのことを誤解していたのよね。」
そのまま、弓兵は剣士を攻撃。
このままではクロノの壁にはすぐに穴が開いてしまうだろう。
「…急に、どうした?」
勇者をD-3に。
虎の子の勇者を弓兵の排除へと回した。
クロノは、攻め手を枯らせて戦況をじわじわと巻き返す作戦に出た。
「私って、酷い冤罪を掛けられたでしょう? たとえそれが意図的でなかったとしても、そんなことをする人は酷い人間だと思っていたの。」
勇者の接近など気にせず、剣士を倒す。
確かに弓兵は有用な存在だが、しかし後生大事に取っておくような駒ではない。
それならば無茶な退避をするよりは玉砕した方が良い、との判断だ。
「…でも、違った。アンタはそのことについて謝ってくれたし、思い返してみれば私の方が騒ぎ立て過ぎてた。」
勇者で弓兵を倒す。
これにより、王の正面は少なくとも安全になった。
クロノは、ほっと胸を撫でおろした。
「…それに、今日私を気遣ってくれたでしょ? わざわざ剣の腹で殴るなんて真似までして。」
輸送兵をG-4に。
勇者が居なくなったスペースに、ようやく隙が出来たとばかりに輸送部隊が移動してきた。
魔術師を格納しており、未だ手付かずだった方へ侵攻する腹積もりだ。
「…気のせいじゃないのか?」
剣士をF-8に。
慌てて剣士を自陣に配置し、本陣を簡単には食い破られないようにと備える。
しかし、その対応によってクロノの本陣は膠着状態に陥ってしまった。
「別に、謙遜しなくてもいいわ。アンタはそっけない態度を取っていても、その本質は優しい。それでいいじゃない。」
剣士をB-6に。
なるほど、クロノの本陣が身動きが出来ない間に攻撃態勢を整えようという腹か。
しかし、それを防ぐ手はクロノには無い。
「………。」
勇者をF-3に。
仕方なく、輸送兵を狙って勇者を移動させる。
こうなれば、敵陣で暴れていた勇者を使って攻め手を責めるしかない。
「正直、模擬戦が始まるまではアンタをボッコボコにして無様に負かせてやろうと思っていたのよ。…頭では言い過ぎたことを理解していたのにね。」
勇者をI-2に。
輸送兵に、勇者でヒモを付けた。
俗に言う、『勇者には勇者』を実践した形だ。
耐久力も火力もバケモノな勇者だが、同じ勇者相手ならば先に動いた方が負ける。
つまりは、勇者までも行動を封じられたということ。
「…強いな。本当に、強い心だ。―――俺なんかとは大違いだ。」
弓兵をC-8に。
もはや最後の切り札を作るために、弓兵を輸送兵に近づけるぐらいしか無い。
陣形は押し込められており、もはや敗色は濃厚だった。
「アンタ、そんなに弱い心を持っているようには見えないけど?」
輸送兵をD-4に。
なるほど、遂に王を目指し始めたか。
輸送兵に積み込まれているのは魔術師。
勝負を決めようと思うならこれ以上の駒はあるまい。
「…慣れただけだ。」
剣士をE-9へ。
輸送兵が移動したのなら、それを追いかけて守りに回るだけだ。
下手すると千日手となる手だが、このような敗勢では仕方のないことだろう。
「…そう。あんまり深くは聞かないでおくわ。」
勇者をC-8に。
輸送兵が移動したことにより開いた道を勇者が駆け抜け、弓兵をすっぱ抜いた。
これ見よがしに動かした輸送兵はただの囮だったのだ。
「………………ああ、そうしてくれると助かる。」
王、『次元斬』用意。
やけに長い間は、クロノが頼みの綱の弓兵を毟り取られたためだ。
このままでは流石に拙い、ということで、渋々王の特権である『次元斬』の準備に入った。
ちなみに、人族の王の場合は『爆炎』となる。
「――それにしても、まさか『固有魔法』を使わせられないとはね。これでも実力には結構自信があったのよ?」
勇者をA-8に。
当然の如く、勇者は『次元斬』の範囲から退避した。
これでクロノの側の勝ち目は消え去った。
未だにリヴィアは『爆炎』を温存しているし、勇者は未だ遠くから王を睨んでいる。
「なに、まだまだ強くなるさ。すぐに俺は『固有魔法』を使わざるを得なくなる。―――――投了だ。…こっちは俺が挑戦者だな。強くならないと。」
クロノは、勇者が『次元斬』をすかしたので自動的に騎兵を取ることになる。
しかし、それがどうしたというのだ。
遂に懐に入った勇者は、間違いなく騎兵の分の損など取り返す。
逆に、クロノは攻め手がもうない。
投了は当然の判断だった。
「………ありがとね。」
リヴィアは立ち上がりながら言った。
思えば、かなり長く話していた。
会話の量は少ないものの、一手一手に時間をかけていたので結果として長く話すことになっていたのだ。
「ああ、楽しい対局だった。」
クロノは座ったまま言った。
何をどうすれば勝ち目があったのか、考え込んでいる。
「…それもあるけど、それだけじゃないわ。私の行いを赦してくれたことと……」
ふと、盤面から目を離して顔を上げた。
「…アンタが、生きていてくれたこと。」
晴れ渡るような笑顔で、リヴィアは微笑んだ。
しかし、その言葉が恥ずかしくなったのかそっぽを向くと、そのまま振り返らずに出口へと向かった。
心なしか、その足取りは軽くなったように見えた。
いかがでしたか?
こういう感じの盤面と共に進行する会話、というのが面白ければ良かったのですが。
ぜひ、ご意見を聞かせていただければ嬉しいです。