20.隠蔽手段を探したかった…
「…はぁ。」
「溜息ばっかりついてると幸せが逃げるよ。」
「お前、ホントにトラブルって言うか面倒ごとしか起こさないよな。」
朝の食堂、いつもの3人。
昨日にも増して疲れ切った顔をしているのは、毎度おなじみクロノ。
そうなっている原因は…
「……体調を崩したって言い訳したら模擬戦をさぼれないかな?」
「止めといたほうがいいよ。多分、国の中でもトップクラスの名医が駆けつけて来ちゃう。」
今日控えるのはクラス内での模擬戦。
クラスメイトの実力を肌で感じるとともに、親睦を深めるという目的で行われる。
別に命が懸かっているわけではなく、そうでなくてもクロノにとって戦闘は得手である。
なぜこれほど気が重くなっているのかといえば、新入生次席で因縁(?)の相手であるリヴィアから『本気で戦う』ように言われてしまったから。
その因縁(?)のこともあり、流石にその要請を無視することは出来なかった。
そもそもこの問題が面倒臭くなっている要因は、リヴィアの実力がかなりのモノであることなのだ。
もし、彼女の実力が低かったなら能力を隠すことなど造作もなかっただろう。
しかし、そこは学年次席。
生半可な実力ではないことは、一度その力を味わったクロノにはよくわかっていた。
「…そんなにバレたら拙い能力なのか? お前の『固有魔法』は。」
ガウェインは首を傾げる。
クロノはその『固有魔法』の詳細を語ってはいなかったが、しかし『バレたら拙いから本当の能力は言っていない』とは伝えていた。
彼なりの友人に対する誠意の表れである。
「ああ、拙い。誰だってこの能力は欲しがるはずだ。」
クロノの『固有魔法』は時間操作。
それも、時間遡航を可能にするほどの力。
人間というものは、富、名誉、権力を持て余すようになると目指すモノがある。
そのうちの一つが、『不老不死』。
実際、クロノは『不死』ではないが『不老』である。
この15歳の姿になっているのはその力の一端なのだ。
さて、この力。
未だにやったことは無いが、その気になれば他人に付与することも出来るのだ。
これを知った者がどういう行動に出るか…。
―――少し考えれば分かるだろう。
「まぁ、別に踏み込んで聞き出すつもりは無いがな。」
こういうサバサバしたところが、クロノと親友として付き合えている要因である。
誰にだって、踏み込まれたくない領域はあるのだから。
その反動か、恋愛関係の話には積極的に首を突っ込んでいくのがこの男なのだが。
「ところで」
ギラリ、とガウェインの目が光ったような気がした。
なるほど、ガウェインは話しづらい話題を先に出すことで本題で口を滑らせることを狙っているのだ。
「気になる女子は居たか?」
昨日の晩にこの話をしなかったのは、昨晩のオーウェンはカリキュラムの把握、整理で忙しくしていたからだ。
オーウェンはかなり真面目だ。
クロノもガウェインも、まさかオーウェンが一通りの予習を初日に済ませてしまおうとするとは思っていなかったのだ。
本人曰く「ざっと見ただけ」らしいが、しかしそれでもその真面目っぷりには驚かされたのだ。
因みに、他の2人もそれなりに忙しかった。
クロノはちくちくと裁縫に精を出し、制服の改造に勤しんでいた。
そして、ガウェインはそのクロノの片手間のアドバイスを受けながら剣の修練に励んでいたのだ。
クロノの方はそれ程作業に時間がかからなかったので、その後の時間は付きっきりでガウェインに剣を教えていた。
そんな訳で、この朝の食事の時間まで話題が伸びてしまったのだ。
「…俺がそんなことを気にする余裕があったと思うか?」
「僕は自分の事で手一杯だから、今はあまり興味が無いかな。」
「お前ら、つまんねぇな。…ブローディアとかいう奴の胸を見ても何も思わなかったのか?」
「…確かに凄かったな。」
「だろ? …ところで、オーウェンはあの拍子にうっかり胸に触ってしまったりしなかったか?」
『あの拍子』というのは、ブローディアがリヴィアの放った威圧でずっこけてしまった事件のことである。
その時、たまたま後ろに居たオーウェンが背中を支えたことでブローディアは無様な転倒を免れたのである。
「残念ながら、僕はそんな器用なことは出来ないよ。」
「…そうか、残念だ。根掘り葉掘り感想を聞き出そうと思っていたんだがな。」
クロノとオーウェンは苦笑いした。
因みに、クロノの精神年齢は100歳をとうに超えている。
しかし、どうにもこういう馬鹿なやり取りは楽しく感じた。
いつまでもこの時間が続けばいいと、そう思ってしまうほどに。
「そろそろ、準備しないとね。あんまりギリギリに到着するっていうのは印象が悪いし。」
どうやら、時間切れのようだ。
どうにも、この空間は楽し過ぎて時間を見失ってしまう。
さて、こんな話をしていると悩みも吹っ飛んでしまった。
まぁ、なるようになる、というスタンスで行こう。
クロノは立ち上がった。
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さて、無事に迷うことも無く教室に辿り着いた。
…いや、それは語弊があった。
正確には、オーウェンが構内の地図を覚えて来ていたからすんなりと辿り着けたのだ。
すっかり構内の複雑さなど意識の外だった2人は、オーウェン様々とばかりに放課後に奢りの約束をしたのだった。
「…逃げずに来たようね。そこだけは評価してあげる。」
教室の扉を開けると、そこでは仁王立ちのリヴィアが待っていた。
なるほど、確かにその風格は王女としての威厳が滲み出ていた。
しかし、クロノには一つ気になることがあった。
「…いったい、いつからそこでスタンバイしていたんだ?」
クロノは、戦場に於いて感知能力を身に付けた。
それは魔力を使用したもので、無意識に周囲の様子を探知する。
その精度はかなりのもので、相手が素人なら屋内で10m離れていても分かるほどだ。
そんな訳で、クロノは教室に入る前からリヴィアの気配を感じていたのだ。
「バ、バッカじゃない!? 誰がアンタなんかを待つために待ち伏せなんか…!」
自信に満ち溢れていた表情が一瞬で崩れ去った。
図星。
誰にでも分かるそれを、ただ一人リヴィアだけが認めない。
周囲の目線は一気に生暖かいものへと変わった。
「…まぁ、そういう事にしておこうか。」
クロノは肩を竦めて自分の席へと向かう。
尚も何か言おうとするリヴィアだったが、マリー先生がそのタイミングでやってきたために渋々席に着いた。
しかし、その座る場所はクロノの隣である。
酷くシュールな光景に、クラスはより一層生暖かい空気に包まれた。
「はい、全員いるみたいですね。今日は昨日も言った通り、クラス内で模擬戦をします。組み合わせはこちらで既に決めています。分け方は予めこちらで決めておきました。相手を殺さないように手加減はしてください。では十五分後に第一修練場に集合、ということで。」
マリー先生は既に訓練用の動きやすい服装に着替えていた。
着替えはSクラス専用の更衣室で行う。
15分もあれば準備時間は充分だろう。
ところで、この学園には至る所に時計がある。
学園の専用設備である寮にも当然あり、最先端技術と言える時計を十全に使うこと前提のカリキュラムが組まれている。
一定時間ごとに鳴り響く鐘の音は、王都に住む一般市民の時間管理にも役立っていた。
「おっしゃ、オレの実力をもう一度目に焼き付けさせてやるぜ!」
「気合入ってるね…。僕はあんまり戦闘は得意じゃないんだけど。」
「お前らは気楽でいいよなぁ…。」
遂に、彼らの実力は世に知らしめられようとしていた。
ある者はギラギラと目を輝かせ。
ある者は自信で胸を張り。
ある者は気弱に構え。
ある者は実力の隠し方を模索する。
さて、かくして意地と意地のぶつかり合いは始まろうとしていたのだ。
次回より、クラス内の模擬戦が始まります。