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13.入寮前には家族の愛を

ちょっと短いですが、入寮のお話。

「―――さて、行くか。」



よいしょ、と荷物を担いで、クロノは立ち上がった。

続いて、オーウェンも荷物を背負った。


その日は、入学式の前日。

しかし入学する者は皆寮に入るため、入学式よりも前に学園に入るのだ。

食事はいつでも支給されるが、しかし何やかんやと理由を付けて前日までもつれ込むことが多い。それは、やはり出来るだけ長く家の空気を味わいたいからだろうか。


クロノにとって、オーウェンの家は第二の実家のような存在に成っていた。

他に行くところが無い、というのもあるが、それ以上に温かいのだ。人が、空気が、関係が。

その日も当然のようにクロノはオーウェン宅を訪ねていた。


もはや、オーウェンの両親もその光景を当たり前に感じていた。

いや、合格発表の日の晩にはもはや恩人といっていいレベルの待遇を受けた。しかし、クロノは今までのような『只のオーウェンの友達』として接してほしいと頼んだからこうなっているのだ。

まさか自分の息子がSクラスに合格しているとは思っていなかったため、放って置けばそうなるのは当然だった。




荷物は少ない。

何しろ、わざわざ布団を持ち込む必要は無く、生活必需品の類も寮にはあるのだ。

持って行く必要があるのは、馴染んだ武器や防具ぐらい。いや、それさえも支給される金で買えてしまうだろうか。


しかし、それはSクラスに限った話。

他のクラスに入った者は、ひいひい言いながら布団や洗面用具などを運び込むことになる。

そのため、その日は台車の貸出料が3倍以上になるのだ。

庶民にとっては受験料よりもそちらの方が大変だった。


まぁ、Aクラスはまだその下のクラスよりはマシだ。

布団を持ってくる必要はあるが、ある程度の洗面用具などは備え付けてある。

言ってしまえばSクラスが破格すぎるのだ。

それと比べれば、どう考えても他が塵芥のように見えてしまうだけだ。




さて、そんな破格なSクラスの寮に行く者2名。

大した量の荷物は持っていないが…まぁそれなりの量はある。

その中身は。




【クロノの鞄】


・これまでに収集した調味料セット

・よく切れるナイフ

・500年前の土

・派手な眼鏡

・裁縫セット

・知恵の輪

・手品セット

・学生証




【オーウェンのリュック】


・包丁(誕生日に父から貰った)

・フライパン

・食用油(こだわりの逸品)

・水筒

・竹串(業務用)

・学生証




という具合である。

クロノの方はよくわからない収集癖があり、オーウェンの方は寮でも料理する気でいるようだ。

因みに、普通の学生は自分用の武器を持ってくるのが普通だ。

しかしクロノの場合はありあわせでも何とかなるし、オーウェンの場合は武器など必要ない。


そんな訳で、『お前ら何しに行くの?』と言われそうな荷物になったのである。



「学生証は持ったね? じゃ、行こう。」



オーウェン宅の裏口、つまりは民家としては玄関から出た。

2人が見えなくなるまで手を振り、激励の言葉を投げかける。

それは、どうしようもなく温かい空間だった。







「…早速ホームシックになりそうだよ。」



「いい家族だよなぁ…」



しみじみとクロノは呟いた。

オーウェンがホームシックになりそう、というのも無理は無いだろう。

あれほど温かい家庭で育って、家族が愛おしくないはずはない。

それは、部外者であったはずのクロノにもよく分かった。



「…そうだね。」



ふと疑問が浮かぶ。

しかし、オーウェンはぐっと言葉を飲み込んだ。


『クロノの家族ってどんな人?』


それは、クロノの核心であろうという予感がした。

聞いてはいけない。

聞いたら、クロノの何かは変わってしまうような気がして。


それは、これまでにも何度かあった。

自分の家族に囲まれて、幸せそうな顔をしている中でふと罪悪感に苛まれた表情になることが。


クロノは、自分は独りで暮らしていると言う。

普通、この歳ならば家族、もしくは親戚が一緒に暮らすのが普通のはずだ。

しかし、彼にはそれが無い。


クロノは、何かを隠している。

自分が幸せであることに罪悪感を感じるほどの、何かが。



「…どうしたんだ? そんなに難しい顔をして。」



「ああ、これからの生活が不安になってね。」



「…確かになぁ。そういえば、メイドが居るんだっけ?」



「そうだね。僕みたいな小市民じゃあ気後れしちゃうかも。」



どうやら、相当考え込んでしまっていたらしい。

咄嗟に言い訳できたから良かったけれど、あまり心配するのも考え物だ。


クロノは、強い。

でも、その内面は案外弱いのかもしれない。

いつか僕が、支えてあげられるようにならないと。



「…まぁ、なるようになるよ。」



「おう、そうだな!」









「はい、確認しました。男子と女子は住む棟を分けられているので、注意してくださいね。」



学生証を見せて、Sクラス専用の寮に入る。

どうやら他のSクラス1年の学生は既に入寮したようで、入ったらすぐに住む部屋を決めるように、と言われた。


なるほどそうか、と進んでいき、やけに緑の綺麗な建物に向かった。

やはり最上級の寮。どうやら、庭師まで完備しているようだった。


さて、何の気なしに入った。入ったのだが…まぁ、想定外の名前だった。



【 王立学園付属寮 クラネウス 】



やはり『Sクラスの寮』というのは正式名称では無かったようで、それぞれの寮に名前が付けられていたらしい。

全て人名で、その人のようになれ、という意味を込められているらしいのだ。


『名誉あるSクラスの者のための寮には、もっとも偉大な英雄の名を!』ということで、この名前になったらしい。


クロノは暫く魂が抜けていた。

まさか自分がこれから泊る寮が自分の名前になっているとは思わなかったので、羞恥心やらなんやらで死にそうになっていたのだ。


オーウェンが声を掛けたので戻って来れたが、居なければどうなっていたことやら。

もしや、変質者として通報されていたかもしれない。

もう驚かないぞ、と覚悟を決めたクロノであった。


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