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1.降り立つ

新連載、気が向いたら更新していきます。

評価次第ではこちらをメインに据えるかもです。


―――2019/5/08 書き直しました。少々、記述が増えております

―――クラネウス・タイム。



道行く人に聞いてみるならば、100人中の90人が口を揃えてこう答えるだろう。

『勇者』。もしくは、『英雄』と。


『フランク王国』という国がある。それは、現在唯一残る人族の国にして、年月を重ねるごとにより一層の栄華を魅せる国。

この国に於ける暦は、『建国歴』というもの。『人魔大戦』と呼ばれる人族と魔物の決戦を経て、フランク王国の建国は成った。その立役者が、クラネウス・タイムである、という。


押され気味だった形勢をただ一人で逆転させしめた英傑。総指揮官である建国王、ギルガリオ・フランクと親交を深め、その2人にしか出来ない戦術にて魔物の王、魔王を打ち払った。


未だ、『人魔大戦』最終日の2人の別れの文言は語り継がれている。史上最大の魔物の大侵攻を前にして、単騎による反攻をクラネウスは提案したという。

当然、ギルガリオは反対したという。勝利を得るためには、クラネウスを失うことは出来ない、と。

結果、魔王と勇者は共に行方不明となった。その日、魔物の本拠地には太陽を思わせるような大爆発が起こったという。山一つを消し飛ばすだけでは到底足りないほどの巨大なクレーターが後には残っていた。何物も、生き残ることは不可能だと断定された。それ程の破壊の痕跡だった。現在は、そのクレーターは湖となっている。


歴史家はこう語る。「建国王は戦力の計算の面だけからそう言ったのではない。(クラネウス)は、建国王にとって間違いなく無二の友だったのだ。その時、建国王は確かに『人』であっただろう。」と。

それは、建国王の遺した数々の芸術品にも伺える。建国王は、優れた芸術家でもあった。

彼の作品は数多くあるが、現在最高の評価を得ているのは『英雄像』と名付けられた等身大の銅像。その名の通り、クラネウスを題材としたその作品は、もはや現代の作品と比べても尚負けることはないほどの精巧さを誇る。

建国王自身の談より、この像は脚色なく素のままのクラネウスの姿を描いたのだという。




さて、前述により『100人中の90人は』と謂った。ならば、残りの10人は何と言うか。

こちらは『剣神』とのみ、呼ばれる。そう呼ぶのは所謂戦闘職、例えば騎士や探索者など。


クラネウスは、剣術の達人であった。その剣筋はもはや熟練の騎士の目でも追えるものでは無く、敵もまたその剣筋を視ることさえ敵わずに切り伏せられたという。

クラネウスは建国王の『兵を死なせたくない』という願いに応え、少しでも生存の確率を上げるべくその技を兵に伝えた。後に、その教えを受けて生き残った兵により興された剣の流派が、『剣神流』である。

瞬く間に剣術流派の最大派閥となった『剣神流』は、実在した一人を神として崇める。その信仰対象こそが、『剣神』。すなわち、クラネウスである。





**********************







建国より500年が経とうかという時、世はまさに平和だった。しかし、退屈でもあった。

もとより、通信機器など無い世界。情報源は他領からやってくる行商隊の流す噂話のみ。

そして何よりも、その世界の民衆は暇人であった。



国の全人口の7割近くを占めた農民は、農閑期であろうとなかろうと常に話題に事欠いていた。

それは当然でもあった。何しろ、顔を合わせるのは村の衆のみ。変わり映えのない生活に、何とも活力に事欠いていたのだ。


そして、全人口の2割を占めた商工業者はその『話術』も商売道具の一つだった。

何せ、交渉するのは彼らの口だから。世間話のネタには事欠いており、その中には題材に事欠いた作家などもいた。

いや、それ以前に農村に噂を広めるのは彼らなのだ。噂話の起点、媒介者としての役割などを多く担っていた。

すなわち、流行の起点でもある。だからこそ、彼らはその世界の『流れ』を創っているともいえるだろう。


最後に、全人口の1割を占めた貴族。

階級も職業もバラバラな彼らだったが、一つ共通している点があるとすればそれは『支配する者』としての立場。

神官という職業は些か『支配』という言葉から遠く感じるが、しかしそれでも民衆を導く、という点で『誘導者』ではある。

そして、この世界における貴族の代名詞といえる存在。それが、『魔導貴族』。ちなみに、『魔導』などと大層な名前が付いているが使えるのは身体強化の魔法ぐらいだ。しかし、それだけでも常人とは一線を画す戦闘能力を発揮する。俗に『魔導使い』と呼ばれた彼らは、間違いなく世界の支配者だった。


彼らはその優秀な血筋を存続させることにその執念を燃やし、そして王国の誇る最強戦力でもある。

しかし彼らもまた、話題に事欠いていた。

何せ、反乱など起きることのない平和な治世。争いが起きるにしても『魔導貴族』の当主同士による一騎討ちがある程度。その一騎討ちも命を奪うことは中央から禁止されていた。なので話すことなど毎月変わらない。

王からは「常に備えあれ」ということだけしか課されておらず、目的も無いまま魔力を鍛えてきたのだ。

そんな彼らもやはり、新たな話題を欲していた。


平和。それは、幸せなことだ。しかし、生まれた時からその平和に浸っていたものは次第に新たな幸福を目指す。

娯楽の進歩とは、即ち暇潰しの追求である。

今まさに、『文化』が発展していくその最中であった。






しかし、平和な時代は唐突に終わった。

建国歴510年。大変革、『固有魔法』が出現した。


それは、『魔導貴族』だけでなく平民も含めて(・・・・・・)低確率で突然変異として起こった。


その内容は様々だ。ある者は突如炎を使えるようになったり、またある者は武器を生成できるようになったり。

割合的には『魔導貴族』の者の中から出ることが多かったが、しかしそれでも平民の数は全人口の9割を占める。

結局のところ、発現した者は平民が半数を占めた。


それはすなわち、『魔導貴族』中心の世界が揺らいだということでもあった。

当然のことながら、『魔導貴族』が尊敬されていたのは武力を期待されていたためだ。しかし、平民でもその域を軽く超えるのだ。『固有魔法』さえ発現してしまえば。

『英雄』と称されるほどの実力者の出現、『魔導貴族』内での格差の拡大、下克上の横行。それらは、世界を混沌へと追いやった。


更に言えば、『固有魔法』は魔物にも現れた。

魔物との戦闘は激しさを増し、一騎当千の強者が戦闘を支えるようになった。



その結果、人類は変革した。

『固有魔法』の所持者は『魔導士』と呼ばれて手厚く保護され、対魔物の戦力としての役割を担わせる。

最早、王族も体裁などは二の次にその政策を断行した。それは、英断であった。その判断があとひと月遅れていれば、国としての損失は桁が変わるどころでは済まなかっただろう。


その政策の要となったのは、国営の『魔導学園』。

身分を問わず、新世代の『固有魔法』の発現が確定する15歳の子供たちを集め、教育する。

より強力な戦士を育てるために。また、国への忠誠心を植え付けて管理するために。


平和な世から、戦乱の世へと移り変わっていった。

その世を担う『固有魔法」持ち―――彼ら、魔導士こそが時代を創る要となった。






―――そして、今。

時は建国歴515年。王都の広場に、1人、男が降り立った。


黒い髪を長く伸ばし、薄汚れたボロボロの装衣を身に纏った背の高い男。

しかし、その顔は髭がきれいに剃られており、清潔感を感じさせる。

戦場から今帰ってきた、というような雰囲気を醸し出しているが、しかし剣を腰に下げてはいない。


年齢は25歳ぐらいで、顔はイケメンという類ではないがそれでもある種の覇気を感じさせる。

しかし、今その顔はあんぐりと開けた口によりマヌケにしか見えない。

餌を求める鯉のようにパクパクと意味もなく開閉を繰り返す口は、さながら『絶句』という単語を体現したかのようだ。


暫し放心した後、ようやく彼は動き出す。

唖然とした表情から青筋が走ったかと思えば、次の瞬間にはこの上なくイラついた表情を隠そうともしなくなった。

最早人目を憚らず、彼は全力の咆哮を上げるかのように叫ぶ。



「ギルのクソ野郎めぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」



彼の視線の先には王都の広場を象徴するとでも言いたげなほどに堂々とした、等身大の銅像。先述の、『英雄像』である。

広場の中心に陣取っており、この広場はその銅像の示す者を讃えるかのよう。

年齢は25歳ぐらいで、顔は渋い漢という感じながらも若々しさを感じさせる。

足元に記された名は、『英雄像』。そして、『建国の英雄 勇者クラネウス・タイム』

建国王自身がこの場所に設置するように命令したとされ、建国より500年間、象徴としてこのフランク王国を守ってきたのだという。



「あの野郎、地獄で会ったら死ぬまで後悔させてやるぅぅぅぅぅぅ!!!!!」



支離滅裂なことを叫んでいるという自覚があるのは、本人だけ。

何事かと集まってきた野次馬たちは『ギル』という存在が故人であることを知らないのだ。


先に述べたとおり、この時代は戦乱に近づいているものの民衆の感性は基本的に『暇人』である。野次馬は加速度的に増えていく。

そんな中、一人の男はふと呟いた。



「…あれ?あの人、銅像の人に似てない?」



決して大きくなかったその呟きだったが、確実に野次馬の中にその一言は浸透していった。



「え?嘘でしょ!?」


「いや、流石にありえないでしょ?」


「なんで勇者様が生きてるの!?」


「でも、子孫っていう可能性も…?」


「だけど、勇者様に子供はいなかったって話じゃなかった?」


「隠し子ぐらい居たんじゃないのか?何しろ、あの時代だったんだから。」


「ねぇねぇ、子孫、って言うにしては似すぎてない?まさか、本人とか?」


「確かにそっくり。でも、あの時代から500年経ってるんだよ?さすがに500年間も生き続けてるはずは無いって。」


「うーん…。そうは言っても、あの勇者様だよ?何が起こっても、不思議じゃないと思うなぁ。」


「確かにそうだね。…ねぇ、直接聞きに行ったら?」


「無理無理。私がそんな大胆なこと出来るはずないでしょ?」


「そっかぁ…。誰か聞きに行かないかなぁ。」



話題は新しく野次馬の輪の中にも広まっていく。

噂を聞きつけた新聞屋も先を争うようにして野次馬から話を聞いていく。

話し声は重なり合い、ちょうど祭りの真っ只中のような喧騒へと発展していく。


話題の中心は先ほど怒りの赴くままに叫んだ彼。

彼の周囲には、数メートルの円形の隙間がぽっかりと空いている。誰もが話しかけるのを躊躇っている状態だ。


やっと正気に戻った彼だったが、その時にはもう手遅れとしか言いようのない事態になっていた。

周囲に隙間は無く、脱出は不可能。

普段通りの彼だったならいくらでも脱出のしようはあったのだが、今の彼は諸事情により疲労困憊している状態だった。いや、普段の彼ならばそれこそこの騒ぎを『無かったこと』にさえ出来たのだが。



恥ずかしさを堪えて、彼は駆けだした。

向かう先は決めていない。とにかく、この場所から立ち去りたかった。


野次馬も逃すまいとつられて移動し、広場は大混乱となった。

喧嘩に発展する者もあり、広場は更に熱を帯びていく。

そのどさくさに紛れ、彼はようやく路地裏へと逃げ込めたのだった。

幸い、今は春。遂に冬が明けた、という上に様々なイベントが重なるこの時期は、このような確証のない話題はすぐに埋もれてしまった。本人の知らないところで、彼は実に幸運だった。




―――彼の名はクラネウス・タイム。

515年前に人類を救った英雄その人だった。



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