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いずれ誰かが辿る物語

老聖女フィオラの手紙

作者: 笹倉錦


「フィオラ!貴女が次の聖女に選ばれたわ!」



そう言った満面の笑みを浮かべる母を、私は決して忘れることはないでしょう。




『この手紙が無事にあなたに手に渡ることを祈りながら書いています。

少しだけ、あなたに懺悔させてください。



神の国アストラ、そう呼ばれる国の辺境にある忘れられた村。そこが私の故郷でした。

アストラは、あなたが知るようにひどく土地が痩せています。私の故郷も例に漏れず、それは貧しいところでした。

冬は食べ物がないのが当たり前。火を囲もうにも枯れ枝を見つけることもままならず、寒さのひどい日には幾人もの村人が亡くなることもありました。

そういった意味では、あなたはまだ幸せだったことでしょう。都の孤児院は裕福ですから。

いえ、勘違いしないで欲しいの。私はそのことを羨ましいと、憎らしいと思ったことはないわ。ただただ、あなたが幸せに育ってくれたことを嬉しいと思っています。




――話が脱線しましたね。とにかく私はそんなところに生まれました。

ティナ、あなたは知っていたかしら。聖女が聖都に向かう時、その家族は多額の謝礼を頂けるのよ。私の家族は泣いて喜び、私を送り出しました。

家族の、村の人々の生活が苦しいことは私もよく知っていました。私が聖女になることでそれらは救われる。私に断ることはできなかったわ。…いえ、もともと断ることはできないのだけれど。



聖都に着いて神殿に入り…その後はあなたと同じ、聖女としての修行が始まりました。

あなたの修行は私が担当しましたね。よく覚えています。さぞ厳しく辛いことだったでしょう。ごめんなさい。けれど私には、あなたを撫でる優しい手なんて、綺麗な手なんて無かったのです。許して欲しいなんて、言えないわ。



あなたがこの手紙を読む頃には随分と時間が経っていることでしょう。きっと、幾度も人の死を見たのでしょうね。

聖女が初めて祈りを捧げ天に送る人、それは先代の聖女と決まっています。私が初めて送った相手も、先代の聖女様でした。


彼女は私とは違い、とても優しい人でした。貴族の出身だそうでしたから、愛することも愛されることも慣れていたのね。当たり前のように、私は彼女に懐いたわ。ずっと、彼女のようになりたいと思って修行していました。


けれど彼女は呆気なく亡くなってしまった。血筋的にかかる病だったと聞いています。

私は毎日泣いていたわ。干からびて死んでしまうのではないかと言うほどに泣いて、叫んで…そして、彼女に祈りを捧げました。今でも忘れられないわ、彼女の顔が。まるで綺麗な人形の様だった。それがどうしようもなく美しくて、どうしようもなく恐ろしかった。

それからの私はまるで抜け殻のようだったと、先代の大神官様に伺いました。今でこそ上手く取り繕えていますが、本当はあの頃と今の私には大差がないのですよ。


あなたが私の前に現れてから、私はやっと今の私になれたのです。

信じられないでしょうが、あなただけが私の生きがいだったのですよ、ティナ。



あなたの修行が始まってすぐに決めたことがあります。

決してあなたを甘やかさないことです。

懐いてしまったら別れがつらくなるわ、かつての私のように。私はあなたに、私の死を悲しんで欲しくなかった。幸いというのもおかしなことですが、あなたにはエリオットがいましたから安心して厳しくすることができました。

あなたは私を――(黒く塗りつぶされている)




ティナ、私たちは数多の命の中から一人だけ選ばれてしまった生贄なのです。私はそれに甘んじることしか出来ませんでした。けれど、あなたには幸せになって欲しいの。


もうあなたに神託は下りましたか?下ったのなら気付いていると思うけれど、私たちが神と奉る存在は人の死を望んでいます。きっと世界に災いをもたらす存在でしょう。


どうかお願いです。あなたはここから逃げてください。

同封している地図は、大聖堂から海に続く抜け道のものです。船や食料、思いつく限りの必要なものは揃えてあるわ。

あなたが信頼できると、守ってくれると思う人と、どうか生きて。



最後に。私を看取らせてしまってごめんなさい。

心から、あなたの幸せを願っています。


フィオラ・レインズ』





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