遭遇
遭遇
ハッカーの仕事は慣れれば退屈だ。大抵はデータを盗む事ばかり。到底人の為にはなっていない。いや、データを買ってくれるコレクターやそれ目当ての他企業の仕事人には役に立っているのだが……。
だが、そんな事を考えてもしょうがない。生きる為には必要な事なのだから。
大抵はデータを探したり、運送……データを盗んで欲しい人に売る事を前提としているので、人が欲しがるデータの情報をネットで収集して、それから盗む手法をハッカーは取っている。情報収集とハッキングでデータを盗む……情報収集には時間がかかるし、ハッカー作業には危険がつきものだ。決して楽な仕事ではなかった。
今回、アスカ達に結構大きな仕事が入った。
大手の企業ジェサイヤと言う企業から、奪われたデータの奪取に向かって欲しいと言う要望があったからだ。
……と言うのも、どうもハッカー同士でデータの獲り合いをしているらしく、現在エルグランドと言う企業がデータを買ったと言う。
不毛だが金にはなる。アスカはやる気でいた。
夜更けの2時、ネット世界の大手企業エルグランド社の前、目立たない路地裏に四人はいた。
エルグランド社とは半導体で有名なメーカーの企業である。ログインシステムの開発なども手掛けている。今回エルグランドのライバル企業、ジェサイヤ社の最新技術のデータが盗まれ、今回アスカ達はそれを奪い返す仕事にあたる。要は、エルグランドがデータを盗んだ側にあり、アスカ達はそれを奪取する内容だ。
本来なら、こう言う手がかかりそうな仕事はアスカ達はしない。なぜなら大手の企業のソリッド・ファイヤーウォールが強力すぎて、こじ開けるのに3時間以上はかかるからだ。その間に警備会社に見つかってしまう。
「エルグランドか……ソリッド・ファイヤーウォールなんて破るのに相当時間かかって、従来の俺達じゃやる事なんてなかったよな」
アスカは言葉をもらす。
「アリューがいるもの楽勝よ♪」
ローゼンシアは全然気にしていなかった。
いつも通り、アブソリュートの黒い剣でソリッド・ファイヤーウォールをこじ開け、エルグランド社の敷地内に入る。
「さて、今回は大仕事だ。張り切っていこう!」
シャナガも大枚が稼げるのでウキウキしていた。
エルグランド社内部は流石に複雑で広かった。データの所在が全然わからんない。プログラムウインドウを駆使して、情報の在りかを一生懸命検索する。2時間くらい歩き通しただろうか、厳重なプログラムでロックされたドアを発見した。アスカはこのロックを外す事に成功する。中には多数の汎用機の構造体が見えた。
「ここだ!」
アスカはやったとばかりにはしゃいで言った。
だが、データが膨大でお目当ての情報が見つからない。
目当てのデータ捜査に四苦八苦していた時、複数の人間がやって来た。
「近々来ると思ってたぜ、薄汚ねぇハッカー野郎」
その複数の人間達はアクティブ・デバイスを所持し、今にもこちらに襲わんとばかりに構えている。
「“キラー”!」
アスカはどよめいた。
“キラー”とは、通称“ハッカーバスター”。ハッカーを殺す為のハッカーの傭兵である。
実戦経験が豊富で、ハッカー達の天敵でもある存在として君臨している。雇われる事で収入を得ているハッカーである。ただ、小隊程度の“キラー”を雇う金額は高く、よほど重要なデータの守備以外、企業が雇うことは殆ど無い。大抵“キラー”は、ハッカーを殺してデータを盗むような行為をして収入を得ている。企業に乗り込んでデータを盗む事に関してはハッカーと大した変わりは無い。
「大手の企業はハッカーを殺す対象としてしか見てねぇのかよ……人間扱いしてねぇ」
アスカは苛立ちながら言い放った。
“キラー”との対決は過去にも何度かあった…
――だが、今回は分が悪い。数十人はいる。
だが、やるしかなかった。
――殺さなければ殺される
「……僕がやる」
アブソリュートが前に出る。
「ダメよ! 人数が多い!」
ローゼンシアは無理だと言わん表情で訴え叫んだ。
アブソリュートはその言葉を聞かずに、前進する。
アスカもスグにラングルード、ローゼンシアはヘリオス・チェレスタを召還し、アブソリュートの援護にあたる。
アブソリュートの動きは鮮やかだった。
十数人いる敵の攻撃もものともしていない。
素早い動きと、剣さばき、人並み外れた体こなしを見せる。おまけに彼には例の黒い剣がある。
触れただけで霧散する…通常マナゲスの法則でも、致命傷を負った時、苦しみや迫り来る恐怖に怯え霧散するのだ。…これは死を意味し、遺体すら残らないのがネットの世界だ。
が、アブソリュートの黒い剣は苦痛なんてものはない。この黒い剣に触れた者は例外無く霧散していった。
アスカやローゼンシアの活躍もあり、敵側は三人にまで減っていた。
敵は黒い剣を持った赤い髪の少年に恐怖する。
まるで未知の怪物にでも会ったかのような表情だ。
「逃げるんなら逃がすよ……僕はこう言うのが好きじゃない」
敵の三人は言われた通り逃げていった。
「……」
シャナガは戦闘には参加していない。おなじみの電子タバコをふかしながら冷静さを保っていた。
だが、流石に今回は戦わなければならない……とも思っていたらしい。
アスカは、アブソリュートの人並み外れた働きに少し恐怖のようなものを感じていた。
――本当に仲間にいれて良かったのだろうか。
そんな事さえ思ってしまう一瞬だった。
「……僕が怖いかい?」
アブソリュートはぎこちなく笑顔で言う。
「人が死ぬ……時々、苦しみや恐怖を感じるのが本来の人間なんだ……無機質な物以外に、生き物でさえ僕はそれを無視する事をしている」
手と足が震えながらアブソリュートは言う。
「人が生きていたと言うのはどう言う事なのか? 存在すると言うのはどう言う事なのか?
僕の剣で物を破壊した時、時々そう思う事がある。一体自分が何者なのか……もの凄く不安になる……そう思う事があるよ」
アブソリュートは声を細くして言う。
「僕は自分が何者か知りたい……お願いだ。見捨てないで」
アブソリュートは泣きそうな声で訴えた。
そんなアブソリュートを見てローゼンシアは両腕で抱擁した。
「大丈夫……あなたの記憶は私が戻してあげるから」
――あなたは私が守る。
そんな風景を見ながら、アスカとシャナガは二人を見守っていた。
「そうだよな……助けられた訳だし、俺達の方がおかしいよな」
アスカは言う。
続けてシャナガが言う。
「今回は流石に俺も戦うかもしれねぇーとか思っちまったぜ……いやー良かった良かった。俺って腰抜けでなぁ」
「ハハ、ホント腰抜けなんだよな、このオヤジは。一度も戦闘に参加した事がない」
アスカの軽い冗談ぎみの台詞で、四人に笑顔が戻った。
四人はエルグランド社を出て、もう敷地外へ出ていた。
その時、何やら自分らを待ち伏せしたかのように誰かがいる……一人だ。
素早く結界が張られる。
「やられた、ログアウト封じ!」
シャナガは結界の正体を見破ったが遅かった。
結界封じを放った者は姿を現す。
「探したぞ05(ゼロファイブ)。まさかハッカーの連中と一緒になって行動していたとはな」
男の手には長い剣が握られている……が通常のアクディブ・デバイスとは何か違う。風が渦巻いてた。
――“キラー”か? だが何か違う。
アスカは少し動揺したが、相手は一人だ。冷静さを取り戻す。
「四精霊帝士をわざわざ使うとは、W・M・Iも人づかいが荒い」
W・M・Iと言う名にアスカは驚く。
「軍の何かか? 俺達に何の用だ!」
アスカは訳のわからない事を言う、目の前の男に苛立ちを感じ始めていた。
男は言う。
「貴様らには用は無い」
男は剣を振りかざして言う。
「だが一緒には来てもらおう、貴様らの中に例の魂を持った人間がいるかもしれない」
シャナガが危機を感じていた。シャナガは知っていたのだ。
――四精霊帝士……W・M・Iの特殊部隊。本当の闇の世界で暗躍している戦闘と襲撃のプロフェッショナル。その力は未知数。ネット専門の軍人・セキュリティー部隊、個人能力は千人以上でも歯が立たないと言う。襲われた者は言う……襲撃者の異名・“四精霊帝士”と。
「別次元の戦闘力を持ってる人間だ! 逃げるぞアスカ!」
しかし、アスカはシャナガの言葉など聞いていなかった。ラングルードを手にし男に襲いかかる。
「貴様らきな臭い軍の連中なんかと、死んでも行くかよ!」
――ガシィィィイン――
ラングルードは受け止められた。しかし、男が持っている剣の周りに渦巻いている風でアスカはどんどん風に切り刻まれていく!
――なんだ、この剣!
アスカは恐怖を感じ初めていた。
「なら、死んでみるか?」
風の剣を持った男は、余裕の笑みを浮かべる。
アスカにはそれが気に食わなかった、が相手が悪い。
――今まであったどんな敵よりも……力の次元が違う!
アスカは瞬時にそれを読み取った。
アスカは男から離れようとする。
「……逃がすものか」
男とアスカとの間合はかなり空いているにも関わらず男は剣を振るった。
剣から無数の巨大な真空の刃が発生する。
――なんだあれは! そんな芸当できる訳がない。しかも無数に出している。
「アーティファクトか!」
――死ぬ。
アスカは直撃を受ける体勢でいた。
が、無数の真空の刃は霧散と消えた。
「アリュー……」
アブソリュートは巨大な真空の刃を黒い剣を振るい、全て掻き消したのだ。
風の剣を持った男は言い放った。
「05。我らに反逆するとは。いや、記憶がないから何がどうだかわからずにいるのか……哀れな奴だ」
「お前の相手は、僕がする」
アリューは風の剣を持った男に立ち向かった。