友情の芽
友情の芽
ここはイオシスの中央公園。直径五百mくらい、床がレンガ作りの大きな円を描いた公園で、周りに木や茂みが多くある。ローゼンシアとアブソリュートはベンチに座っていた。
「わからない事があったらスグ聞いてね。お姉さんがしっかり教えてあげる!」
同い年くらいに見える少年少女なのに、ローゼンシアは姉のように振舞った。
そして、席を立ちクルリとアブソリュートを見る。
「アリュー、ここはイオシス中央公園。この国で一番広い公園よ」
アブソリュートは聞いた。
「あれは何?」
アブソリュートの指した指先には、巨大で地面から水が噴射している物体だった。
「あれは噴水。そんなのも覚えてないの?」
「へぇ…あれが噴水か。知識にはあるんだ。ただ、見るのは初めてなだけで」
ローゼンシアは以前からだが違和感を覚えていた。不思議そうにアブソリュートを見る。
「なんかそれって変だよね。知識にあるって……」
普通なら“覚えている”と言う反応をするだろう。だが、アブソリュートの反応は“知識にはある”と言う表現で言っている。
「アリュー、病院に行ってみる? あ……でも長期間になっちゃったりしたら、通いつめるだけのお金が無いし……」
「大丈夫。僕はどこも悪くないよ。ただ、現実世界の知識が無いだけだから」
――ちゃんと話せてはいるし、大丈夫よね。
ローゼンシアはひとまず安心する事にした。
ローゼンシアは割りと世話焼きだった。弟ができた気分なのだろう。アイスやら飲み物、雑誌などを買ってきてアブソリュートに飲み食いしながら色々教えていた。
「あは♪ アリューってホントなにも知らないのね」
ローゼンシアは電子雑誌を色々指差し、質問の連続を繰り返していた。
アブソリュートは現実にある知識の無さを恥じて、居心地が悪かった。
「そんなに無知を連呼する必要ないじゃないか……。酷いよロゼ。」
「悪い悪い。でも、悪気があって言った訳じゃないのよ……私なんか楽しいの」
ローゼンシアは嬉しそうだった。
「……」
アブソリュートローゼンシア色々教えているの横顔を見ながら、この銀髪の少女に不思議な感じを抱いていた。
これは好意だ……だが何かおかしい。彼女がここまで好意的なのはなぜだろう。
親切心……これはある。でも度が過ぎているように思える。自分に記憶が無いので正直、ローゼンシアの行為は心強いモノがあったが、アブソリュートは何か落ち着かない気分でいた。
「君はどうして、僕にここまでしてくれるんだい?」
ローゼンシアは呆けて言う。
「え? 何か悪い? 気に障ったの? ごめんねぇ、私育ちが悪いから知らないうちに人を傷つけてる言葉、言ってるかも。でも気にしないで。悪気は全然無いんだから」
「そう言う事じゃなくて……」
後切れの悪い言葉に、今度はローゼンシアが苛立ちを覚えていく。
「なんか悪いの? 気に入らないならちゃんと言ってよ。私、言われないとちゃんとわからない性格なんだから!」
彼女は怒っている……でもこれはちゃんと言わなければならない事のようにアブソリュートは思った。
「普通は好意的、親切心って言うのがあるんだ。でも君のは少しそれが当てはまらないように思える」
「何? それが気に入らないの?」
「そうじゃなくて! 正直、それは心強いよ。僕自身凄く安心している。君の存在はありがたい」
「ならいいじゃない」
「良くない! 僕が知りたいのは、そう言う事をしてくれる理由なんだ。信用に値するのかどうかとか……」
――しまった!
アブソリュートは口を滑らせた。
「あー、そう言う事ね。“信用できない”っと」
「いや……これは言葉のあやで……なんと言うか……」
「うんOK。思いつくだけ言ってみるわ、信用できないならしょうがないわよね。私も迂闊だったわ。」
――全然人の話を聞いてない。
アブソリュートは返答にも困ったし、勝手に話を進めるローゼンシアにも困っていた。
「うーん、言うなれば……暇、だから?」
――暇? それだけの理由で?
「暇なの私、楽しい事が欲しいの」
アブソリュートは呆気にとられて言った。
「面倒臭くはないのかい。人の面倒を見るのは僕から見ても結構大変のように思える」
「あら、そう言えばそうよね。でも、面倒臭くない。なんと言うか、そうねぇ……う~ん、なんかちっちゃいペットを拾ってきたような感じ?」
――小動物扱いだったのか!
アブソリュートはローゼンシアの答えに一応納得する気ではいたが、何か納得しがたいモノがあった。
「あ、でも今の言葉は勘違いしないでね。私本当に楽しいんだから……それじゃダメ?」
ローゼンシアは首を傾げて言っていた。
彼女は直接的な言葉を好んで使うと言うか、何も考えないで言う事が多くある……そう結論する事にした。
これは彼女の特徴なのだろう、悪い事ではない。
アブソリュートはローゼンシアを見てそう感じた。
――別に小動物扱いでもいいか……。
「うん、ありがとう。暇ならしばらく、僕に付き合ってほしい」
「もちろん、そのつもりよ!」
銀髪の少女は満面の笑みで力強く返答してくれた。
ローゼンシアはご機嫌だった。アブソリュートと言う親しい絆のような……そう言うようなモノで結ばれた気分だったからだ。友情に近い感じの温もり……何か複数の良い事を同時に得たようでローゼンシアは気分が良い。
彼女はとにかく機嫌が良く、クルクルっと回って踊りのようなモノをアブソリュートの前で披露してくれた。昔、母親から習った踊りだそうで、暇つぶしに人通りの多い広場でも踊る事があるほど好きな踊りだと言う。
「……ロゼ、君は生き生きしているね」
普段の人間なら……アスカあたりならば“落ち着きが無い”と言う表現をするのだろうが、アブソリュートにはローゼンシアが実に生き生きしている……そう見えた。
そして、それはとても羨ましいようにも思えた。
「私、ジッとしてるのって嫌なの」
ローゼンシアは踊りながら語り始めた。
「幼少の頃、両親を亡くして、私何もできなかったわ。でも、立ち止まってちゃだめなんだって兄さんを見ながら、2年もかかってそれがわかったの。兄さんは一生懸命生きる事に執着してたのよ。自分の為に……そして、私の為に」
ローゼンシアの踊りはいつの間にか終わっていた。
アブソリュートは良く無い事を聞いているのに気がついた。
「あ……ロゼ、悪い事を……」
「いいのよ、誰かには聞いて欲しかった事だったから」
今までこの辛さを聞いてくれる程、仲の良い人間なんてずっといなかった。ローゼンシアはアブソリュートと知り合い、何か吹っ切れたように辛い過去の話が溢れ出す。
彼女は話しの続きをした。
「だから思ったの、前を見て歩かなきゃって!」
そこにはとても力強く生きる事を語る、少女がいた。
「前に進む為に、兄さんやシャナガのハッカー技術の真似から始めて、今やっと追いついてきたの。役にたっている……その時はとても嬉しかったわ。私も生きていいんだって感じがした」
彼女の生き生きしている理由がわかった瞬間だった。彼女の常に生き生きしている態度はそれらの表れなのかもしれないと思った。
「あれ~、でもこれってアリューの質問とちょっと噛み合ってないかもねぇ?」
ローゼンシアは舌をペロっと出して笑顔で言った。なにか美麗な小悪魔のようで可愛く見えた。
その時、ローゼンシアの腕時計のような物がピピピッと鳴った。
「あ、連絡が来た。仕事が入ったみたい。行こうアリュー!」
赤長髪の少年アブソリュートは、ローゼンシアを完全に信用することにした。
――彼女なら、きっと僕の記憶を戻してくれる。そして、僕は出来る限りの事を彼女にしよう。
そう心に誓ったのだった。