マザー・ポゼッション
“マザー・ポゼッション”
生まれながらにネット世界に最適化された人間の中で、更に適合された人間を言う。
従来これは有り得ない事なので、理論では成立されていない…机上の空論の事である。
大昔の学説ではあるが、その文献によると“人の為のネット空間……ネット世界が成長し続け、マザーコンピューターがマナゲスの法則と照合し続ける時、プログラム間にわずかな歪みが現われるという。その歪みがマザーコンピューターに”ある種“の意思を持たせ、人の意思を理解しようと働く事があるらしい。その時、処理と意思と言う二面性を持ったマザーコンピューターは、似通った人間を周期的に1人選ぶ。”と記載されている。その選ばれた人間を“マザー・ポゼッション”と呼ぶ。
当時の研究者達は、「メモリは繰り返し、書き換えられるモノ。メモリに人の想念が五百年以上消去され続けないで蓄積しない限り、その理論は成立されない。ましてや、データのみを記憶するメモリが、蓄積される事によって感情を独自で作り出そうとするなど在り得ない話だ」と一蹴。
この理論を完成させようとする人物も少なからずいる。
ローゼンシアはなんの事やらサッパリわからずにいた。
「とりあえず、これを研究している人もいる……と」
「僕もその中の一人さ。」
ミラードが自動ドアから既に現れて語っている。語らいは尚も続く。
「文書の通り、もう五百年以上経ったしね。メモリに理解不能なモノが溜まっていてもおかしくない……頃だとは思っている」
ローゼンシアは驚いて、声のする方を向き声の主・ミラードを見つける。
「マザー・ポゼッションは在り得る理論なのかもしれない。でも、まだまだ要素が足りなくて理論が成り立ってないのが現状だよ。だから机上の空論扱い」
ミラードの難しい語らいの内容に、ローゼンシアは「はぁ」と気のない返事をしてしまっていた。
「って、そうじゃなくて。僕の机、勝手にいじったね? 罰則物だよ」
言葉の意味とは正反対に言葉使いはキツくない。
「ごめんなさい! どーしても気になって気になって……我慢したんだけど」
「シャナガの言う通りだね。“寄り道のローゼンシア”ってあだ名は、あながち嘘じゃないらしい」
ローゼンシアは「……アハハ」と愛想笑いするしかなかった。
「で、僕に会いに来たんでしょ? 用は何?」
ミラードは本題に入る。
「あ、そういえば!」
ローゼンシアは完全に、例の少女フォレスタの事を頭から抜け出してしまっていた。
「例の少女の名前わかったんです! でも、いい子だったので、その家族の人には罰則しないでもらえますか?」
ローゼンシアは一言つけたし、ミラードに懇願した。
「もちろん。IDの検索強化をしなかった僕の責任でもあるしね……と言ったら、根源は完全に僕が原因になっちゃうね」
ミラードは微笑しながら、少し申し訳無さそうに言う。
「例の少女、フォレスタって言います」
「フォレスタ……?」
ミラードは非常に驚いている。表情が穏やかではなくなってきていた。
ミラードは口調を抑えてもう一度伺う。
「まさか……フォレスタ=ミロード?」
「ピンポーン♪ 当たりでーす! でもなんで?」
ローゼンシアはミラードの異常な驚きに気がついていない。明るく気軽な声を発している。
「ありえない!」
そう叫び、ミラードの表情は完全に険しくなった。
ローゼンシアはビックリして、ミラードに尋ねる。
「あ……私、何か失礼な事でもしましたっけ?」
「……あっと、失礼。いや、君の事じゃないんだ」
ミラードの表情に穏やかさが戻った。彼は謝罪している。
しかし、ローゼンシアにはどうしても疑問に残る点が一つあった。
「あの~、どうしてフォレスタ=ミロードとわかったんですか?」
ミラードは平然を装い、少しギクシャクした口調で話しをする。
「僕の知り合いに……“いた”んだよ。そう言う子がね」
「そうなんですか」
ローゼンシアはミラードの過去形に気がついていない。頷き聞き流していた。
そう、確かにフォレスタと言う娘は存在していたのだ。ミラードがその娘を良く知っているのがその証拠だ。
だが、ミラードのインテリゲンチア屈指の情報網によると……
――彼女は……既に死んでいる。
すると突然警報が鳴る。この警報は、敵がマザー補助汎用機を狙っている音であった。
「私、行って来ます!」
と、一言いって、ローゼンシアはただちにログインシステムがあるルームに向かった。
椅子に座り、両腕の肘を机につけ、ミラードはしばらく考え込む事にしていた。
あまりのショックにミラードは呆然としている。
――マザーポゼッション……
と言う言葉を頭に過ぎらせながら。




