休日・誓い
第三章 ラストステージ
休日・誓い
ここはネット世界。アスカが脱走して2ヵ月が経つ。アスカの欠員したいつものチームで、マザー補助汎用機を守るのは、倍の労力を必要としていた。
「あー、忙しい! それもこれもお兄ちゃんの所為よ!」
ローゼンシアは執念深い。2ヵ月たった今でも兄を恨めしく思っている。その心が表れのように、敵のヘルハウンドをコテンパンに容赦なく射ち落とす。
「今日の補助汎用機防衛は成功だね。四精霊帝士もいなかったし」
アブソリュートは防衛の成功に安心していた。
「と、言うかよ。奴らの姿をこの頃見ねぇ……また下らねぇ事考えてるんだろうけどよ。ま、今の内か? 楽な仕事ってのは」
シャナガが毒を吐くような言い草をする。
『みなさん、ご苦労様です。明日はなんと仕事がお休みです。みなさん良い休日を!』
ロザリーが陽気に言っていた。
「ロザリー……呼び出しの号令くらったらどうせ休みなんて無くなるわよ」
ローゼンシアはガックリとうな垂れながら語っていた。
「大丈夫ですよ。セキュリティー部隊は三十もあるんです。それに国連のセキュリティー部隊“ロザリオ”だっています。お休み頂けますって」
「なら、いいんだけど」
――休みか……僕は色々見て回りたいな。知らない事がまだまだ沢山ある。
アブソリュートはそう思いながら、久しぶりにもらった休日に思いを馳せた。
休日の朝、アブソリュートの部屋にローゼンシアがやって来た。
「アリュー、暇なら私と一緒に色々見て回ろうよ。また色々教えてあげる♪」
アブソリュートは一人で出かける筈だったが、誰か来てくれるならそれもいいな、と思った。
「うん、一緒に行こう」
アブソリュートはそう返答した。
インテリゲンチアの高層ビルを出、二人は街へと出かける。
宝石店、ブランドの服屋やその他の品々の見物。どれもこれもローゼンシアの用足しであった。が、ローゼンシアは一切物を購入していない。ウインドウショッピングが目的だったのだ。
何故かアブソリュートは楽しかった。ローゼンシアが楽しんでいたからだろう。その明るい笑顔を見れて満足だった。
結局最後に行った所は、イオシス中央公園だった。アブソリュートが行くようにローゼンシアにお願いしたのだ。
「なんか、ここから全てが始まった……と思ってさ」
綺麗な淡い青の空を見て始まり……アブソリュートにとってはそれが全ての始まりのようで、色のある前景が焼きついている。
「そうね……私達、すんごい事に巻き込まれてるよね。ハッカー時代の頃が懐かしいわ」
ローゼンシアは過去を回想しながら語っていた。
「でも、お陰で公務員よ! しかも超エリートのインテリゲンチア・セキュリティー部隊」
ローゼンシアは嬉しそうに語る。
「って言うのもちょっと変かもね。僕達の部隊ってミラード専属の部隊でもある訳だし」
「それなら尚エリートって感じがするじゃない。特殊部隊って感じで」
ローゼンシアがえっへんと言っている。
アブソリュートは話を切り替える事にした。
現状の……本来の仕事の内容である。
「四精霊帝士……奴等、何を考えているのかわからない」
「できたら遭いたくないものね。特に地のベルーガなんて最低! 殺せるものなら殺してやりたいわ」
ローゼンシアは拳をシュッシュッとパンチする仕草をしながら、憎らしげに言葉を漏らす。
四精霊帝士は絶対にいつか来る。アブソリュートもローゼンシアもそれはわかっていた。ただ、何を考えているのかわからない。奴等の行動はそれだけ不可解で不明瞭な謎の行動だった。
「ガーク・ゾロス……アイツが全てを知っているんだね」
アブソリュートは口を開く。
少し前、自分の絶対無敵の剣を弾いた男の名前。……全ての元凶。
「アリューの単独行動時の時ね? ミラードも一緒にいたらしいわね。どんな奴だった?」
「白髪の……どこか禍々しい老人だった。……ミラードを見下していたよ。“自分が最高だ”と言ってね」
「うわ、なんつー老人かしら……自意識過剰」
ネット内での戦いの話をしていた所為だろうか。
不安なのだろう、ローゼンシアはアブソリュートに尋ねてきた。
「これから私達どうなると思う?」
「……ごめん。僕にもわからない」
アブソリュートは申し訳無さそうにそう言うしかなかった。
自分でもそう思うのだ。“これからどうなるのだろうか”……と。
「だよね。誰も知る訳ないもんね」
ローゼンシアは自分の失言に「アハハ」と言って誤魔化す。間を置き、例の舞のような踊りを披露し気を紛らわした。
「いつも思うんだけど。その舞のような踊り、ストレス解消法?」
「そうかも。でも、黙ってシーンとしてるよりは何ぼかマシな感じじゃない?」
「そんなものなの?」
「そんなものよ」
と、いきなりサイレンが鳴る。何かの合図のようだ。
「あ、今日の昼過ぎに雨降るんだった!」
「雨? シェルターの中でかい?」
「アリュー! 雨宿りできるところまで行くわよ。話じゃ戦前の雨と比べて、こっちの雨の方が容赦ないって話よ」
ローゼンシアがそう言ってる間に、土砂降りのような激しい雨が降り出した。
「うわ、なにこれ!」
アブソリュートは土砂降りを真っ向から受け、驚きながら言葉を発する。
「あそこの大きな木までダッシュ! 雨宿りには最適だわ」
ローゼンシアはそう言い、二人は大きな木のところまでダッシュした。
「ここなら、少しはマシ……だよね?」
ローゼンシアは、ビチャビチャに濡れた服を摘んでいた。
それをアブソリュートは見る。
薄地の布の上着にピッタリと肌が密着していて下着が薄っすらと見え隠れする。
アブソリュートの目は完全にそちらの方に向いていた。
ふとローゼンシアと目が合い、アブソリュートは顔を真っ赤にする。
「……」
「……」
ローゼンシアはそれを見て自分の上半身の状態がどうなっているかに気がつき、上半身を両手で隠すようにしながら顔を真っ赤にしていた。
二人は沈黙しあったまま下を向き、黙りこくった。
「……ごめん」
アブソリュートは素直に謝る。
「……いや、いいよ。後で羽織る物買わないとね」
ローゼンシアもそれに合わせたかのように言い返した。
だが、まだ話をするには空気が重い。
アブソリュートは九十度右回転し、ローゼンシアを視界から外す。
「……もう見ないから」
そう言って、アブソリュートは話を切り替える事にした。
アブソリュートは目を閉じ、長い回想に浸りながら、その回想の中で、気丈なローゼンシア、そしてローゼンシアの舞のような踊りの印象が強く残っているのに気がつき、ローゼンシアに言う。
「……僕にはやっぱり、君が生き生きしてるように見えるんだ。両親がいなく、兄であるアスカも今はいない。どうして君はそこまで強いんだ?」
「強くないわよ?」
ローゼンシアは空を眺めながら、なんでもないかのように言う。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……人生ってガラスに張り付く、雨の雫のようね」
シェルター内でも雨は降る。室内の乾燥を防ぐ為だ。シェルター内での雨は、乾燥した空気の浄化と地面の砂漠化を防ぐのに重要な役割を果たしている。
「雨の雫?」
アブソリュートは不思議そうに聞き返す。
「雫って、流れて下に落ちるじゃない? でも雨は降ってるし、ガラスの汚れなんかもついていて、真っ直ぐには落ちないでしょ?」
ローゼンシアは色々思う所があるのだろう。自分の人生を振り返っているような素振りで語り続けた。
「流れはガタガタで、降って来る雨を受けてまてまたガタガタに流れて、ガラスに付いてる水滴にも引っ張られてまたガタガタ流れが変わるの……」
アブソリュートはローゼンシアの語らいを黙って聞いていた。
「人生ってそんなモノなのよきっと。シャンとして生きないと損だと思わない? どうせ、人の人生なんてガタガタなものなの。……あ~、でも大粒の雫なら真っ直ぐ落ちるかもね……大金持ちとかどっかの大富豪なら、それに当てはまるのかな。う~ん、結構理に適ってると思うんだけどなぁ。」
自分の講義を自問自答しているローゼンシアをみながら、アブソリュートは思うのだった。
――やっぱり、彼女は強い。
アブソリュートはそう感じながら生き生きとしているローゼンシアの横顔を見た。そして、段々と自分の心が彼女に惹かれているのを感じ始める。
空を見上げ、アブソリュートは言う。
「……君は僕が守るよ」
そんな言葉が、無意識に口から飛び出していた。
「何ソレ、プロポーズ? アハハハ」
――しまった、なんでこんな事を!
アブソリュートは言葉の意味を変に恥かしく思いはじめ赤面する。
「私を守るのは同然! だって、アリューを仲間に引き入れるように考えたのは私ですもの! しっかり守ってよね♪」
ローゼンシアはそう言い、アブソリュートの鼻を人差し指でチョンと突っついた。そして素直に言う。
「……ありがとう、アリュー」
と、アブソリュートの言葉を嬉しく受け取とり、はにかんだ表情で答えた。
そんなこんなしているうち、いつの間にやら雨は晴れていった。
二人は一緒にインテリゲンチアに帰還した。
「うわー、昼間はやられたよねぇ」
ローゼンシアは途中で、胸を隠す為に羽織るカーデガンを購入していた。それを左手で抑え胸を隠したまま、水飛沫を右手腕を振るって出している。
「雲の上で生活するのが殆どだったけど、シェルターの雨って凄いんだなぁ。」
普段はインテリゲンチアの階層高く、雲の上にアブソリュート達の部屋がある。そして、もっと上にはログインシステムやらがあって、その中で生活するのが主だった。ローゼンシアの仕草を見ながらアブソリュートは感想を述べている。
「傘持ってくるの忘れちゃってた。今度出かける時は忘れずに持ってくるね」
そんな和やかな会話が続き、安心する心持が続くかのように見えた。
が、安心はやって来なかった。
自室に戻ろうと廊下を歩いていた所、そこでロザリーとシャナガ、ミラードが話合っている所にバッタリと出くわす。しかも、話し合いは既に終っていたらしい、そう言う雰囲気だった。
ロザリーはと言うと。
「ロゼさん、デートですか? 楽しかったですか? って、うわ! ビシャビシャじゃないですか! 一体何してたんですか!」
……と言う。
シャナガはと言うと。
「まぁ、全身濡らしてイヤラシイですわ! ……つか、朝帰りでも良かったんじゃねーか、お前ら? プッ」
と、厭らしい笑みでニヤニヤしながら、オヤジギャグを放つ。
「二人ともぶっ殺す!」
ローゼンシアはそう言い、逃げる二人を追いかけていった。
――やれやれ。
いつも活発なチーム達に、アブソリュートは少し見守るような生ぬるい視線を送っていた。
「……雨降るの忘れていたようだね。あ、丁度いい、アリュー今いいかい? 着替えてきなよ。」
――そうだ、ミラードもいたんだ。
アブソリュートはハッとその声に我に帰る。
「アリュー、僕の事忘れてたね……?」
ミラードは鋭い。アブソリュートの素振りを見て瞬時に観察力を発揮する。
アブソリュートはそそくさと着替えに自室に向かった。
「……で、話ってなんですか?」
着替え後、アブソリュートは即座に話を切り出した。
「君の剣を少し調べさせてもらったよ。……とても恐ろしい剣だ。無限とも言える情報を発し、全ての物体を完全に0へ戻す……完全に物体を内部から0に消去すると言う事だ。これは無限の果てに0があると言う、マナゲスの法則が前提なんだけどね」
流石アークブレイン・ミラード=フェルスター。アブソリュートの剣を調べあげ、正体を見破ったのだった。
「……僕の事、何かわかりましたか?」
剣の正体を見破っても、扱っている本人の情報がわからないのでは意味がない。アブソリュートはミラードに尋ねた。
「エスメラルダが失踪したのは知っているね? 君を逃がす為にW・M・Iにセキュリティーシステムやファイヤーウォールに細工をした事。」
「はい、以前に聞きました。昔シャナガと約束していた人ですよね」
正直、アブソリュートはこの事に感謝している。
W・M・Iを出ていなければ、外の世界を何も知る事はなかっただろうし、なにより自分はどうなっていたのだろう……そんな事を色々思い起こされるからだ。
ミラードは続けて言う。
「でね。エスメラルダの事で検索して出てきたんだけど、君の剣“カオス・オブ・ドラグーン”って言う名がついている事がわかったよ」
――なんだ、それなら自分も知っている。
アブソリュートはガッカリした顔をしていた。
「……それなら知っていますよ。ベルーガと戦った時に奴が僕の剣の名前を喋ったんです」
「あらら、僕の情報はなんの役にも立っていなかった訳だ。当の組織が発した言葉じゃ、信じるしかないしねぇ」
と、今度はとばかりに、ミラードは新たな言葉を口にする。
「ならこの話はどう? 君の剣。今の段階で十分恐ろしい成果を出しているのに、進化する気配を持っているんだ。普通、成長が終ったり、ある程度進化し終わると、アクティブ・デバイスのプログラムは途中で中断され途切れた形をとるんだ。君のアクティブ・デバイスのプログラムは途切れてないんだよ。あ~、そうそう彼女……ロゼもそうだね」
「進化する……ですか? 一体どんな風に?」
「さぁ、それは進化させた本人のみぞ知る……ってヤツだね」
それはアブソリュートがまだ強くなれる事を意味する。アブソリュートは今後の戦いに少し希望が持てた。
「カオス・オブ・ドラグーンって名前の情報は手に入ってたか。エスメラルダの情報検索を精密に、正確に追いかけて、やっとここまで辿りついたのに……残念残念」
ミラードは少々ガッカリした口調で喋っている。
アブソリュートに少しでも教えてあげようと言うミラードの計らい。自分の責務を果しながら、なおもアブソリュートの事にも心掛けていたのだ。
だから、そんな事を無駄にしない為、アブソリュートは礼を言った。
「ありがとう、ミラード。忙しいのに」
「いやいや、今度何かわかったら教えるよ。質問も受け付けるからなんかあったら言ってね」
――あ、そうだ。
アブソリュートは質問と言う言葉を聞いて思い出した。
「例の少女の正体、わかりました?」
ミラードは首を横に振る。全くわからなかったようだ。
「マザーコンピューターも調べたけど、特に異常はなかったよ。少し揺らぎがあるぐらいかな?」
「揺らぎ?」
アブソリュートはそう聞き返す。
「揺らぎと言うのはね。マザーコンピューターの心臓部・“核”にあるプログラム間の同期をとる為の周波数……」
と言われても、アブソリュートにはなんの事やらチンプンカンプンだった。表情もそれが良くわかる顔立ちだ。
「あ~……良くわからないと思うからそう言う物だと思っておいてね。それがね……そうそう、丁度、君達が来た辺りかな? 少しぶれるようになったんだよ。まぁ、少しくらいのぶれなら大した問題じゃないんだけど。」
「それが大きくぶれるとどうなるんですか?」
アブソリュートの興味が向けられる。
「僕にもわからない。……僕の推測ではネット間で幽霊みたいな……幻覚を見るかもしれないね」
「……幽霊ですか」
「プログラム間で勝手に変更して空間ごと螺旋し回るんだ」
「……はぁ。」
「ま、在り得ない事だからあまり気にしなくていいよ。どうせインテリゲンチアの幹部関係の人が、家族の誰か女の子を入れたんだろう。そこの処は、もう少しチェックを厳しくしおくから安心して」
そう言って、ミラードは笑顔で去った。
――幽霊。
アブソリュートの脳裏に例の少女の顔と声が回想される。
『……パパ』
な訳ないか。
アブソリュートはそれ以上考えなようにし、自室に戻った。




