襲撃
襲撃
ローゼンシアはマザーコンピューターの不思議さの虜になっていた。また、あの巨大なマザーコンピュータを見たいと思っていた。
「今度はアリューをつれて行こうよ」
「現実世界のマザーコンピュータは厳重に電子ロックが何枚も仕掛けてあるからな……無理じゃね?」
シャナガはそう言う。
「そうじゃなくて、ネット世界の方のヤツ。インテリゲンチア幹部とか私達みたいなミラード専属の部隊なら誰でも行けるじゃない。ログインした時のウインドウのIDで認識してるんでしょアレって」
アスカはアレのどこが気に言ったのか、呆れて物が言えなかった。
――兄妹でありながら、相変わらず唐突で変な奴だ。
……とも思った。
アブソリュートはローゼンシアの提案に申し訳なさそうに言う。
「昨日、僕見にいったんだ。夜中に目が覚めたから」
昨日の事もあり、なんだかアブソリュートは行く気分がしない。「パパ」呼んでいた少女の所為か変な気持になっていた。
「だからどうだって言うのよ。一緒に行くよね、アリュー?」
ローゼンシアはお構いなしに、微笑みながらアブソリュートに聞いてきた。
――目が笑っていない。
アブソリュートは渋々了解した。
ここはネット空間のマザーコンピューターがある巨大な一室。
ローゼンシアはどこか不思議で巨大なこのネット空間を支えるコンピューターに魅入っていた。
「アレのどこがいいんだか」
相変わらずアスカは呆れて言っていた。
「あの巨大さがいいのよ。あれがネット空間を支えているのよ。凄いじゃない! 何百回見ても飽きないわ!」
「そんなに見る気かよ!」
シャナガは思わずツッコミを入れた。
そんな和やかな会話をしている時だった。
「あー、パパだ。約束通りまた来てくれた!」
謎の少女はまたもや現れ、アブソリュートの背後から抱きついた。
――ウゲッ! またあの子か。
アブソリュートは嫌な予感を感じていたのは、この事だった……と、今になって気がついた。
「パパ? パパだってよ! アリューの事パパだってよー、ブァーハハハハッ!」
シャナガは爆笑する。
「パパ……ねぇ」
アスカもニヤニヤしながら、何か言いたそうな物言いだ。
「パパ……って何?」
反面、ローゼンシアの顔は怖い。
「パパはパパ。私のパパなの!」
パパと呼ぶ謎の少女は、アブソリュートの腕にしがみつく。
ローゼンシアは何か汚い物を見るような眼差しでアブソリュートを見ていた。
「パパって……呼ばせてるの……?」
「違うって! この子が勝手に……」
アブソリュートは弁解しようとするが、ローゼンシア全然聞いていない。
「ふ~ん、パパねぇ。いったいどんな物で釣ったのやら」
――取り付く島無し。
アブソリュートは完全に孤立状態となってしまっていた。
「君、僕の事パパって言うのは、とりあえず止めてもらいたいな……アリューで頼むよ」
アブソリュートは一先ず謎の少女に懇願する。
「了解! アリューパパ。」
「だから……」
「へぇ、随分と仲がよろしそうで」
ローゼンシアは目の座った表情で二人を見ていた。
その時だった。
少女が倒れる。
「痛い……パパ……」
少女の様子がおかしい。
「おい君、大丈夫か!」
アブソリュートは慌てて少女の様子を見る。
が、すぐに少女は起き上がった。
「えへへ、もう……平気だよパパ」
しかし、顔色が悪い。
その時、急遽通信が入る。ミラードからだ。
「君達に緊急指令を通達する。W・M・Iが動きだした! 至急集まるように!」
「W・M・Iがとうとう動きだしたか……見てろよ」
アスカはやる気満々だ。
「でも、この子どうする? さっき倒れてたし」
謎の少女を心配するローゼンシア。
しかし、少女はもう平気な様子だった。
「お姉さん良い人ね、美人だし。でもパパは渡さないから!」
少女はベーっと舌を出す。
「そ・れ・は・ど・う・も!」
――心配して損した。
思いのほか元気そうだ。
ローゼンシアはその少女の態度に対立のようなモノを覚えた……両方とも精神的に子供だったのだ。
「とりあえず、みんなログアウトしてミラードのところに集まろう。お嬢ちゃんも早いところログアウトするんだぜ。部外者がこんな所いちゃいけねぇ……あ、もしかしてインテリゲンチア幹部か誰かの家族か?」
「そんなのはいい、急ぐぞ!」
アスカの号令とともに四人はログアウトした。
ここは現実世界のインテリゲンチアの頂上にあるミラードの部屋。
ミラードと四人は揃っていた。他に一人、室内の脇に少女がいる。四人の注目はその少女に集中するが、ミラードの話によって集中する方向は変わる。
「ネット空間内で、W・M・Iがイオシス西部にあるマザーコンピューターを補助する補助汎用機の一部が破壊された」
ミラードはそう語る。
「まだ破壊活動は続いている。インテリゲンチアのセキュリティー部隊も三隊、既に向かったよ。君達も行ってもらいたい」
「了解!」
一堂は返答をする。
「と、その前に今回新しいメンバーをこのチームにいれようと思ってるんだ。僕は忙しい身でね。ネット内の座標とか敵の位置とか教えるサポートの人間が必要になる。そこでこの子をメンバーに加える。まだ新米だけどよろしくね」
ミラードは端にいた少女を前に出るように言い、自己紹介するように促す。髪を下左右に分け、ブロンドの目のパッチリした、年はローゼンシアやアブソリュートと同じくらいの少女だ。
「オペレーターのロザリー=フルート、十九歳。どうかよろしくお願いします!」
「俺はシャナガ=エド、三十二歳。こちらこそよろしく、お嬢ちゃん♪」
シャナガがニヤニヤしながらロザリーの手を握る。
「このロリコンが」
アスカはシャナガに向かって口から毒を放つ。
「よろしく、ロザリー。私はローゼンシア=アリー、十七歳。みんなロゼと呼んでいるわ。こっちの同じ銀髪のが方が兄のアスカって言うの、年は二十歳よ」
ローゼンシアに紹介されアスカは「よろしく」と返事をする。
「僕はアブソリュート、年は……まぁいいよね年なんて。みんなからはアリューと呼ばれているよ。よろしく!」
挨拶が終わり、四人はネット世界へログインし、ロザリーはサポートの為、ログインシステムのオペレーター用コンピューターの前に席に着いた。
イオシスの西部にある土地・ラミガ。ここは第5の居住区にあるテクノロジーの産地。有名企業が大半を占め、現実世界でも人が住むような住居はない。
今回、この地にあるマザーコンピューターの処理を補助する汎用機を、正体不明のテロリストに襲撃された。ここにあるマザー補助汎用機は世界有数の巨大さを誇り、重要な拠点の一部にもなっている。マザー補助汎用機とはマザーコンピューターの補助をする汎用機の略で、巨大な汎用機である小さな黒い石碑のイマージの構造体が何千、何万ともあり、それが蜘蛛の巣を集客するようにマザー補助汎用機の処理を手助けしている。小さな石碑の処理をまとめ、この仮想空間で表現されている巨大な黒い石碑のイメージをマザー補助汎用機と呼ぶ。その集客している巨大な石碑の周辺には小さい石碑がある……これが汎用機だ。その他にも“リバース”を作る為に罠として機能する汎用機も存在する。その場合、汎用機は隠れた場所にある。
ミラードには犯人がわかっていた。破壊活動が始まる時、ミラードはウインドウ画面で敵の動向を監視していたらだ。一瞬ウインドウの画面でテロリストの破壊活動を見たが、そこには見知った姿があったのだ。この事は既にアスカ達に前もって教えてある。
テロリストの中に、エレメンタルレイド・ラルベルが映っていた。他にエレメンタルレイドの姿は見当たらない。恐らく、指揮官として機能しているのだろう。
国連でテロリストの正体を暴きたい処だが、敵はW・M・Iの秘密裏に構成されている特殊部隊。公には公開されていない。議会で問い詰めても証拠が弱い現状、ウェントール国はしらばくれるだろう。
四人はロザリーのサポートで、マザー補助汎用機がある所へとワープ転送した。
『敵の位置は確認中です。わかり次第連絡します。』
ウインドウの音声プログラムからロザリーの声が聞える。
「了解! こちらも団体で行動開始」
アスカはそう答えた。
汎用機は膨大な数があったと見える。膨大な広さを誇る敷地内に、汎用機の姿が数多く消えてしまっていたのだ。あたりはガランとしている。……補助汎用機達が破壊された証拠だ。
――このままでは、マザー補助汎用機の機能は停止してしまう。
四人の思いは既にその事で一杯だ。
「ちくしょう、好き勝手してくれるじゃないの」
シャナガは口惜しそうに表情を歪めた。
『敵の位置確認しました。座標180・201』
「了解!」
――四精霊帝士・ラルベルが今回いる。今度こそ負けはしない!
アスカとアブソリュートは同一の思いを抱いていた。彼らはそう心に誓い、敵のいる位置へと向かった。
四人は敵を確認した。
インテリゲンチアの向かっていたセキュリティー部隊の一部隊は壊滅しかけていた。
四精霊帝士・ラルベルと致死性爆撃移動ウイルス“ヘルハウンド”が複数いる。こいつで補助汎用機の爆撃を簡単に済ませていたのだ。セキュリティー部隊にも使用していたと見える。その威力は絶大だ。
このウイルスは移動型で、味方以外の物体に取り付き自爆を図る最悪のウイルスの一つである。
どうりで補助汎用機の破壊スピードが速い筈だと四人は思った。
「ほぉ……05、インテリゲンチアのセキュリティー部隊に身を潜めていたか。賢い選択だ」
ラルベルは余裕の笑みを溢す。
「お前の相手は……」
と、アブソリュートは言いかけたが、それより一瞬早く行動に移している人物がいた。
「こいつの相手は俺だ!」
アスカは即座そう言い、ラルベルに向かって特攻する。
「アスカ! 突っ走るな!」
シャナガの声など、今のアスカには聞えていない。
「お前らはウイルスの相手をしてやってくれ! 俺に近づけるなよ!」
アスカとラルベルの戦いが始まる。
致死性爆撃ウイルス・ヘルハウンドの数はとにかく多かった。マザー補助汎用機を破壊するだけの数を揃えている、並の数ではなかった。
しかし、直接ミラードから訓練を受けていたローゼンシアには簡単な事だった。
ヘリオス・チェレスタを五十機召還し、ウイルスの破壊に当たる。
シャナガも元エレメンタルレイド、ウイルスの数を物ともしていない。
訓練を受けたアブソリュートも上達した体さばきでウイルスを連続消去する。
一方、ラルベルとアスカの戦いは始まっていた。
アスカは全身から稲妻を帯びたラングルードを召還する。
アスカのアクティブ・デバイスから稲妻の力を放射している事から、ラルベルは異変に気がついた。
「……フォース・アーティファクトだと? 少しはやるようになったか」
ラルベルもアスカの急成長ぶりに少し驚いていた。
「この前のようにはいかないぜ!」
アスカはラルベルに向かって急スピードで前進する。
――ガシィィィンッ!――
アスカの攻撃をラルベルは止めた。
前に受けた小風の刃は、ラングルードから発する稲妻で相殺する。
「ほぉ、おもしろくなってきた」
そう呟き、ラルベルは間合いを取る。
だが、アスカはラルベルの間合いを取るのを許さない。素早く懐に入り一撃を見舞わせる。
ラルベルは宙返りしてそれを交わした。
――相変わらず人間離れした奴だ。
アスカは口惜しそうにそう思った。
次はラルベルが一瞬にして攻撃に転じ、真空の刃を無数放ったのだ。
「新・爆砕陣!」
アスカはラルベルの放った風の刃を、巨大な遠距離にも伸びる稲妻の刃で叩き防いでいた。
「やるようになったな小僧」
「テメェの度肝を抜くのに一生懸命だったんでね」
アスカに余裕が生まれた……ように感じた。
「が、まだまだ。四精霊帝士・風剣のラルベルを舐めるなよ」
と同時にラルベルは凄まじいスピードでアスカに向かってきた。
――何! 前とスピードが桁外れに違う!
辛うじて、ラルベルの剣をラングルードで受け止める。
アスカは訓練中のシャナガのアドバイスを思い出した。
『奴は俺がいた時のエレメンタルレイドの中で、2番目のスピードを持っている、気をつけろよ』
ラルベルはその凄まじいスピードで、残像を作り、アスカを翻弄する。
――こいつ、今まで本気じゃなかったってのかよ!
アスカに焦りが生じた。
が、その時、ローゼンシアのヘリオス・チェレスタの援護が入る。ローゼンシアは自分が受け持つウイルスの破壊に成功したようだった。
「チッ! テレキネシス使いもいるのか、厄介だな……だがこの程度、弱点はある!」
――それは本人の防御がガラ空きになると言う事だ!
ラルベルはその凄まじいスピードでローゼンシアに襲いかかる。
が、ローゼンシアの戦闘センスも上がっていた。アスカの援護に向かわせていないヘリオス・チェレスタ三十機で前面にバリアを張り攻撃を防ぐ。
――なんだこいつは! 前の時、こんな芸当できていたか? ……いや、出来ていないだろう。それならば、あの時、自分は苦戦していた筈だ。
ラルベルは初めて四人と対面した時の事を思い出している。
――ネットの適応力が早すぎる……こいつはひょっとすると……。
ラルベルには思い当たる節がある素振りを見せた。
全員ウイルスの破壊も終え、ラルベルは四人に囲まれる形となった。
「ラルベル、年貢の納め時だ」
「……甘いなキース。今回はマザーの補助汎用機の機能停止が目的だ。目的は果されたのだよ」
ラルベルは微笑む。
「同時に、マザーの補助汎用機の機能停止……ここの住所データは失われた。この敷地内は既にログアウト可能領域になった。撤退させてもらう」
ラルベルはログアウトし姿を消した。
ここは現実世界、四人はミラードのいる一室にいる。
ミラードは考えに耽っていた。
「敵の目的がわからなくなった。マザーの補助汎用機破壊ならば、ネット掌握するのと別の意味じゃないか。裏をかかれたお陰で、マザーの補助汎用機を一機失った」
「ネット掌握……狙いはネット世界の消滅? にしては地道だな。この世界に数千とあるマザー補助汎用機一機ずつ壊す気か?」
シャナガが訝しげに物が挟まるようないい方で言う。
「……どの道、我々はマザー補助汎用機の防衛に専念する必要がある」
と語ったミラードだったが、現実的な問題が浮上する。
「……しまった。場所が多すぎてインテリゲンチアのセキュリティー部隊の数が足りない」
しかも、四精霊帝士がいる。並の戦闘力では歯が立たないだろう。
「敵の襲撃地点はマザー補助汎用機がある所……しかし数千とある。予測は無理な話だ。敵の襲撃を待って即座に対応する形になるかもしれない」
ミラード口惜しそうに語る。
「マザー補助汎用機のある所のソリッド・ファイヤーウォールは更に強化しなければならなくなった。付け焼刃だけど私はそれに向かう、失礼させてもらうよ」
ミラードは室内を去った。




