フォース・アーティファクト
フォース・アーティファクト
アーティファクトと言う存在には二種類の言葉がある。フォース・アーティファクトと言うのと、ただのアーティファクトと言う存在だ。二つとも同意語で使われる事が多いが、フォース・アーティファクトはネット世界に適合し、鍛錬を積んで得た代物。ただのアーティファクトとは、人工的に無理矢理ネット世界に適合させ、強化されたアクティブ・デバイスを言う。体に特殊な素粒子の付加を掛け、反射神経の上昇や脳に大きく拡張させた能力を与えられ、強化した人間が持つ物がそれだ。エレメンタルレイドはそれにあたる。
四人は新しい隊服を着こんでいた。
白い頑丈そうな布に、風通しが良さそうに前が開いた状態で少し開いている。上着の下は黒の頑丈そうな肌着で密着している。下は厚手のズボンだ。
しかし、ローゼンシアのは下半身はミニスカートに、黒いタイツで身を包んでいた。
「僕の趣味じゃないからね」
ミラードは前もって言う。
「……言葉の用意が早いっすね」
流石アークブレイン、語りの先を見越した言葉の使い方、アスカは感嘆のような呆れたようなどっちつかずの返答を送った。
「これは僕直属のセキュリティー部隊が着込む隊服。前から直属の部隊を作る事を考えていたんで、丁度良かったよ。デザインは有名な人らしいんだけど、僕は知らない。なかなか頑丈な素材で作り込んでるから、衝撃に強く、傷も付きにくいよ。ネット空間でもその丈夫さは健在だ」
そうミラードは語った。
ミラードとは当日、色々アクティブ・デバイスの事で講義を行っている。訓練にはいる前に知っておく予備知識などが教えられ、皆は嫌々聞いていた。
――……退屈だ。
アスカはどうにも、こう言う講座みたいにして教えられる事が嫌いなようだった。
――……退屈だわ。
ローゼンシアもジッとして講義を聞くのが苦手のようだった。
アブソリュートは一生懸命に講義に魅入っている。
――……俺も聞くのかよ。
シャナガも講義に参加していた。
「……と言うように、基本的にネット世界に適合できる人間は計算能力の高い人間なんだ。
マザーコンピューターの処理能力についてこれる人間……すなわち、人間として体全域から脳の処理能力が高い人間がそれに当たる。以上!」
講義がやっと終ったようだった、次はとうとう実戦的なものに移る。
「君達にはフォース・アーティファクトを絶対に取得してもらう。エレメンタルレイドに匹敵する力を有するにはそれが最低条件だからだ」
ミラードもこのネット世界に入っていた。
ここはインテリゲンチアのネット世界の中。
修練場と言うべきか、広い空間だけが存在する部屋だった。
ミラードは続けて言う。
「自信を持っていい。エレメンタルレイドとの戦いを少し見ていたけど、君達には適正があると思う」
ミラードはヘリオス・チェレスタのような複数の小さなアクティブ・デバイスを八機出した……一つの姿は5㎝くらいの六角形をした平べったい鏡である。
「僕のこのアーティファクトは“ソレイユ”。ロゼ、君にも同じ能力がある。あとは“テレキネシス”を覚えて操作の感覚を掴み、出現させられるヘリオス・チェレスタの数を増やせれば、君は直ぐにアーティファクトと言うものを手にした事になる」
ミラードは淡々と語った。
「続けてアスカ。君には雷系の属性を持ったアーティファクトを取得できる可能性がある。すでに雷撃を放てるから、取得するのに時間はかからない筈だ」
シャナガもは今この場にはいない。既にアーティファクトを持っているし、実戦的にも必要なさそうだったからだ。なにより、なるべく小数で教えるのが最も効率が良い。だが、シャナガに次ぐ実力の持ち主、アブソリュートはいる。
「アリュー、君には実戦まがいな事をしてもらう。直に僕と一緒に訓練してもらうよ。以上!」
ミラードの説明は終った。
さっそく三人の訓練が始まった。
三ヵ月が経つ。幸い、未だW・M・Iの動きはない。ここは修練場、ミラードの思惑通り、三人には目覚しい程の成果が現れてきた。
特にローゼンシアの成長は恐ろしく早い。
三日で既に“テレキネシス”を取得した。
“テレキネシス”とは、アクティブ・デバイスを意思通りに動かす技能を言う。
ローゼンシアのヘリオス・チェレスタにはその適正があり、それを短い間で取得したのだ。
戦闘でアクティブ・デバイスであるヘリオス・チェレスタを自由に移動させるのと、前のように固定で使うのではかなり使い勝手が違う。
テレキネシスを使えるのと使えないとでは、大きく戦闘に差が出るのである。
とにかく、ローゼンシアの成長スピードは異常だった。ここ三ヵ月の間でヘリオス・チェレスタを三十機召還できるまでに成長している。
アスカもそれなりに成長を果し、アーティファクトを手に入れた。常に雷を帯びたラングルードを手にしている。シャナガと模擬戦をする事もあり、戦闘技能もかなりのセンスにまで達した。長い時間でシャナガとの蟠りも取れてきたのだろう。アスカはもう気にしてはいないように思えた。長く後腐れしない、アスカはそう言う性格なのだ。
アブソリュートの戦闘技能も上達した。
最初は模擬戦でミラードと訓練した時、十機ものソレイユからレーザーを出しながら、ソレイユの体当たり攻撃を体術だけで交わすのに四苦八苦し、何回も素早いソレイユの体当たりを受けていた。レーザーの火力はダメージを受けない可視光線にしてもらえたのは助かった。そんな事もあり、三ヵ月の間に十機ものソレイユの攻撃を体術だけで交わせるようになった。ミラードはソレイユを三十機に増やし、修行に当たっている。
「今日は終了。みんな良くここまでがんばったね。正直、アーティファクトを取得できるか少々疑問なところもあったんだけど。僕の教え方が良かったのかなぁ?」
ミラードは冗談半分に言う。
「いや、完全にミラードのお陰だよ。ハッカーとして今まで暮らしていたら、正直ここまで成長できるなんて思えねぇし」
言葉は悪いが、アスカは感謝の意を表した。
「私もなんだか自信ついちゃった。私って覚えるの早いのねぇ!」
ローゼンシアは明るく自意識過剰ぎみに言った。
だが、ミラードには少々疑問な点があったのだ。
――通常、テレキネシスを覚えるのにはどんなに才能があっても、最低でも一年以上はかかる筈なんだけど……。だが、彼女は三日で覚え、更にヘリオス・チェレスタの機数を大幅に増やすまでに成長した。
本当にローゼンシアの成長は異常なスピードだったのだ。
――才能で片付けていいのだろうか。ま、気になる事ではあるけど、損する心配はないか。
ミラードはこれ以上考えるのをやめた。
「じゃ、僕は仕事があるから出るよ」
ミラードはログアウトし姿を消す。
「忙しい身だよな、ミラードって。インテリゲンチアでの仕事もあるのに、俺達の面倒も見てさ」
アスカは関心していた。
シャナガが後から言う。
「お前達の戦闘能力が必須って事だろう。ここインテリゲンチアのセキュリティー部隊でも、アーティファクトを持っている奴は希少だ。ミラードに感謝するんだな」
「へー、いつの間にか、俺達ってそこまで成長していたのか……ミラードの教え方ってすげぇんだな、やっぱ」
「伊達にアークブレインをやってはいない。お前達は、アークブレインが指導し、貴重な体験を無料で受けた事になる」
シャナガは満足げに言っていた。
「それにしても、シャナガ。三ヵ月前はあんたと犬猿の仲だったのになぁ……時間ってのは不思議だな」
アスカは三ヵ月前を思い出す。ロゼを巻き込んで怒っていた時期だ。
「時間に感謝するよ。アスカの心の傷を癒してくれた。再びお前達と話せて嬉しいぜ」
シャナガも嬉しかった。正直、あの時はアスカと顔を合わせるのも辛かったからだ。
だが、実際にアスカの心を癒したのは時間だけではない、アスカの心の変化にある。
過去、エレメンタルレイド、ラルベルの実力をまじまじと見せつけられた。アスカは焦る気持ちを抑え、訓練に励んだが、今の訓練では限界が見えてきたのである。
――このままでは、あいつには勝てない。
アスカはそう思った時、すぐに思考を転換させた。
――シャナガの存在が自分を強くさせる。
アスカは即座にそう思ったのだ。
後腐れなしに、堂々とアスカはシャナガに模擬戦の訓練と指導の依頼をしたのである。
エレメンタルレイドの一人であるシャナガ。彼なら自分を、前よりずっと強くしてくれる……そう確信して。
ローゼンシアもそんな二人の仲直りを素直に嬉しく感じていた。
――やっぱこうでなくっちゃね。そうだ!
「どうせだから、マザーコンピューターっての見に行かない?」
ローゼンシアはイキナリ、新しい事を提案してきた。
「ああ、俺も見たかったんだ。三ヵ月訓練ばっかりだったもんな」
アスカが同意する。
「……僕はまたの機会にする、流石にネットを出た時の疲れの反動が怖い」
「アリューのあの修行ときたら、鬼だぜ。同じ立場なら俺だって悲鳴をあげてる」
シャナガは哀れんでアブソリュートを見ていた。
アブソリュートには特にミラードの訓練が激しかった。彼が唯一の切り札で囮。だから、彼にはどうしても強くなってもらいたかった。
そう言うミラードの心の表れだろう。アブソリュートの訓練が一番誰よりも激しいモノだったのだ。
ローゼンシア、アスカ、シャナガ、アブソリュートを残し、マザーコンピューターの構造体を見に行った。
マザーコンピューターの構造体前。インテリゲンチアの地下にあり、数百mはあるであろう、巨大な砂時計のようなコンピュータが天井と地面を繋いであった。砂時計の本来、砂が流れる部分には“核”と言われている緑の結晶が付いていた。
「うわぁ、凄いね。こんなのがネット世界を作り出してるんだ。なんだか不思議」
ローゼンシアが感嘆して言っていた。
「処理能力が根本的に違うんだよ。他にもマザーコンピューターの処理を助けるコンピューターが各地域随所にあるとは聞いていたがな」
シャナガが知識をひけらかす。
――W・M・Iのネット掌握……正直、こいつ(マザーコンピューター)をどうにかするんだよな。一体どうやるんだ。
シャナガはW・M・Iの陰謀について少し考えていた。
『パパの臭いがする』
ローゼンシアは少女のような声を聞きつけた。
「あれ? ……ね、他に誰かいる?」
「俺たち以外誰がいるかっつーんだよ。いる訳ねーだろ」
アスカは呆れて言っていた。
「でも、声がした。結構大きな声だったよ?」
「聞こえてねーよ、耳おかしくなったんじゃねーのか?」
「兄さんの方が耳おかしいんじゃないの! 確かに聞えたもん!」
ローゼンシアは憤然として言う。自分は間違ってないと。
「俺にも聞えなかったぜ、こんな静かな所だ。声が聞えたら直ぐにわかるだろう?」
シャナガも聞えてないようだった。
――気の所為?
ローゼンシアは自分を疑った。確かに聞えた。でもみんなには聞えてない。本当に気の所為だったのだろうか……と。
「もういいだろ、マザーコンピューターを何十分も見ても退屈するだけだ。俺達もログアウトしようぜ」
アスカがそう言い。みんなログアウトした。
ローゼンシアはアブソリュートの様子を見る為に部屋を覗き込んでいた。
アブソリュートはベットでぐったりしながら眠っている。ネット世界での訓練の反動がかなり来たのだろう。アブソリュートはぐっすりと眠っていた。
「お疲れ様、アリュー」
そう言い残し、アブソリュートの部屋を後にした。
夜中、アブソリュートは目を覚ました。
疲れが完全に取れたようだ。十時間は眠っていた。二度寝しようとするが、それだけ寝ていればどうにも寝付けない。
アブソリュートは退屈していた。
――そうだ。みんなと見に行けなかった事だし、マザーコンピューターを見に行こう。現実世界ではなんだか電子ロックが何重にもかけられてあるってミラード言ってた事があるからネット空間で見にいくか。
アブソリュートはログインシステムの部屋へと向かった。
警備員にIDカードを見せ通過し、ログインシステムのある前の扉を、ID認証の機械通過し、ログインの準備にとりかかり、ネット世界へダイブする。
マザーコンピューターのある間についた。
数百mはあるであろう、巨大な砂時計のようなコンピュータは思いの他、静かだ。
「へぇ、これがマザーコンピューター…大きいなぁ」
アブソリュートは感嘆として見ていた。
その時である。
「パパ、パパだ!」
十二、十三歳歳くらいの、茶髪で幼さが感じとれる少女が、アブソリュートの背後から抱きついてきた。
アブソリュートはギョッとする。
「パ、パパ……って何? 僕の事?」
アブソリュートは少女を驚いて見ていた。
――どうして僕が“パパ”って呼ばれないといけないんだろう。
アブソリュートは困っていた。
が、もう一つ疑問に思った事があった。
「君、どうやってここへ来たの? 警備員の人に止められなかったの?」
そう聞いたが、少女はなんの事がわかっていない。
――インテリゲンチアの関係者? まさか、十二、十三歳歳くらいの少女だぞ? でもログインの際、マザーコンピューターにはウインドウのIDで検知できるようになってるし……。
アブソリュートの疑問は晴れなかった。
が、現にこの場に少女がいる。
インテリゲンチア内に勤務している関係者の娘さんなのかもしれない。考えてもインテリゲンチアと言う組織がどう言う組織かわかっていなかったんので、仕方の無い事ではあった。
危害も無さそうなので取り合えず、問題は後にする事にした。
――後でミラードにでも聞いておこうか。
「僕はアブソリュートって言う名前なんだ」
「パパはパパじゃない」
「……いや、そうじゃなくて」
アブソリュートは困って兎に角、この場を離れたい気持ちに駆られた。
「じゃ、僕もう行くよ。君も早くログアウトした方がいい。警備員の人結構怖い人だから」
「またここに遊びにきてね、絶対だよパパ」
その言葉を聞き、困惑しながらもアブソリュートはログアウトした。




