補習が入っているうちはまだ夏休みじゃない 3
そして私は今、ヒロちゃんの家のリビングにいる。
久しぶりだ。本当に久しぶり。ヒロちゃんのお母さんはいないみたいで、お姉さんはもうすぐ帰って来るらしい。
ヒロちゃんとタダと私の3人。結局、補習終わりに、ヒロちゃんも合流するから一緒にケンタッキーへ行こうとタダが言ったのだ。
ヒロちゃんケンタのチキン好きだからな…嬉しいな、ヒロちゃんとお昼食べれるなんて幸せだ。
「ほんとにわざわざ礼なんか良かったのに」と、待ち合わせ場所の駅ビルの下で会ったとたんにヒロちゃんに言われる。
「うん、ごめん」と、私。
わざわざ来るの、めんどくさかったかな…。そう思って声が小さくなってしまう。
「いや、」とヒロちゃん。「気ぃ使ってくれてサンキューな」
そう言われてしまうと今度は心苦しい。だって、お姉さんにお礼したいのももちろんだけど、ヒロちゃんの家に訪ねて行ける口実になると思っていたから。
チキンをガツガツ食べるヒロちゃんを前に、あ~これ、動画に撮れたらな、と思いながら、そんな事は出来るわけもなくただその姿を目に焼き付ける。
タダもパクパク食べてるんだけど、なんかヒロちゃんみたいに『うまいぞっ!すげぇうめえっ!』って感じが漂ってないんだよね。
私はチキンフィレサンドを食べる。私もチキンを手で掴んでむさぼり食いたかったが、手と口の周りががヌルヌルになるのをヒロちゃんに見られるのはちょっと。
そしてその後ニシモトの家がやっているポンムベールへ寄って、ケーキを6個買ってここにいるわけだが、んんん~~~…今ヒロちゃんは着替えたり私たちに飲み物を用意してくれたりバタバタしているけれど、ちょっとヒロちゃんと二人きりだと妄想してみよう。
最初は離れて座ってるんだけど、『ユズ』と私を呼びながら私が座ってるソファの横に掛けて来るヒロちゃん。ドキン。『今日…親も姉ちゃんもいないから』と言うヒロちゃん。『え…』と私。
「大島」
『ずっとお前、オレんち来ねえから』と、ちょっとそっぽを向いて拗ねるように言うヒロちゃん。『だってヒロちゃんが…』
「大島って」
『だってヒロちゃんが私の告白あんな風に断るから…』と今度は私が拗ねるように言う。『もういいじゃん』とヒロちゃんが私の肩に手をかける。『今、またこうやって二人きりになれたし』…
「大島って!」とひと際大きな声でタダに呼ばれた。「さっきから何?ちょっとニヤついててキモいんだけど」
「え!?」さっきから…
「まさか、」と皮肉に笑いながら言うタダ。「ヒロトとここに二人きり、とか妄想してたんじゃね?」
「え!?そんな事ないよ!」勢い込んで否定する。
やめてよヒロちゃんの前でそんな事言い当てるの。
「残念だよな」とまだ笑っているタダ。「オレもいるし。もうすぐミスズさんも帰って来るし」
ヒロちゃんのお姉さんのミスズさんが慌ただしく帰ってきて、私たちはお茶会を始める。私が買って来たケーキを見てキャーキャー喜ぶ女子大生のお姉さん。久しぶりに観たけど綺麗だな。むかしより華やかな感じになっている。
「もうユズちゃん」とお姉さんが喜びながらも言う。「水着のお礼なんて良かったのに。ケーキ嬉しいけど。水着は元カレからもらって捨てたいけど捨てられずにいたヤツだったから、もらってくれて私もすっきりしたよ。こっちこそありがとね」
お姉さん、相変わらず優しい。
「見る?水着のくれた元カレ」言いながらお姉さんは私たちの返事を待たずにスマホを操作し写真を出した。
「はい、ほらこれ」と出した写真の男の人はお姉さんと同じくらいの歳で、赤茶髪にピアスをしていた。
「チャラそうでしょう?チャラかったのよ!超ムカつくチャラさ。私にあの水着くれてさ、別のもっとおっぱい大きな彼女に豹柄の超ビキニ買ってやってて、その超ビキニの彼女の肩抱いた写真ツイッターにあげてたっていう…」
マジで!?ひど…ヒロちゃんのお姉さん、おっぱいは私と同じくらい小さいけど、綺麗だし、優しくてさっぱりしたすごく良い人なのに。
ヒロちゃんが口を挟む。「あんなバリバリにチャれーヤツ止めろって最初からオレは言ってたのに」
「やっぱさ、」とお姉さん。「男っておっぱいにひかれるじゃん。コイツとかも」
そう言ってヒロちゃんを指差すお姉さん。
まあちょっと前までそうだったけど、お姉さん、この人今回は私と同じくらいのおっぱいの子と仲良くなろうとしてるんですよ?ずっと好きだった私を差し置いて。
「ユズちゃんもさ、こんなおっぱいしか見ないような低次元の男はもうほっといて早く彼氏作りな」
「あ~~…まあ…」と言って、ハハハハ、と力無く笑う私。
お姉さんは私がずっとヒロちゃんを好きだった事を知っているのだ。
みかねてヒロちゃんがフォローに入る。「お前もまた振られたくせに人の世話やいてんじゃねえよ」
「お前って呼ぶな」とお姉さん。「振られてないし。今度のは私が振ったんだし」
「知らねえわ」とヒロちゃん。
「どうして、」とお姉さんが言う。「ユズちゃんはイズミじゃダメなの?」
「「えっっ!?」」私とタダが声を合わせて聞き返した。
「いらん世話をやくな」とまたヒロちゃんが言う。「ケーキ食ったら早く2階に上がれや」
それを無視してお姉さんはタダに聞いた。「まだ告ってないの?ユズちゃんの事ずっと好きなんでしょ?」
苦笑いのタダだ。
「お姉さん、」っと今度は仕方ないので私がフォローに入る。「違いますって。コイツ、私がヒロちゃんに振られた時もバカにして笑ってたし。2回ともですよ?」
「え、ユズちゃん、」お姉さんが本気で驚いている。「ヒロトに2回も振られてんの!?」
「あ、…はい…まあ…」
「マジで…」
いやお姉さん…そんな。絶句しなくても。
「もういいって!」とヒロちゃん。「お前食い終わってんじゃん。さっさと2階に上がれ」
言いながらお姉さんを追いたてるヒロちゃん。
「もう!お前って呼ぶなつってんの!キモいわ!ユズちゃん、いつでも遊びにおいでよ?今度は服とかもあげるから」
わ~~。今ぐずぐずになりかけたけどお姉さんの最後の言葉で心がパアっと開ける。嬉しい!ヒロちゃんのお姉さんから服もらえるなんて!そんなのまるで私、ヒロちゃんの彼女じゃん!
「相変わらずお前の姉ちゃんすげえ」と、お姉さんが2階に行ってしまった後、タダがヒロちゃんに言う。
「悪い悪い。余計な事言って」とヒロちゃん。
ヒロちゃんもタダもケーキを食べ終わったけれど、私はゆっくり食べる。
出来るだけ長くここに滞在するためだ。いじらしい私。このいじらしさに気付いて欲しいよね…
そう思っていたら、「なあユズ、ちょっと聞きたいんだけど」とヒロちゃんが少し思いつめたように言うのでドキッとする。
まずい…海で私がユキちゃんに良からぬ態度を取った事がバレてんのかな…ユキちゃんがやっぱり気を悪くしてヒロちゃんに教えたのかな…