補習が入っているうちはまだ夏休みじゃない 2
1時限目は数学Ⅰ。不得意な数学だからつい先生の説明を聞きながらもチラチラとヒロちゃんとユキちゃんの事を考えてしまう。
やっぱユキちゃんと付き合っちゃうのかな…ユキちゃん良い子だったもんな…でも…
でもとやっぱりどうしたって思ってしまうのだ。
ユキちゃんなんか高校に入ってからヒロちゃんの事を知ったポッと出なのに!私なんか小1の時から一緒にいるのに!
もんもんとした気持ち満々で無駄に過ぎる数Ⅰの1時限目。
もう一度、少しでもヒロちゃんにこの気持ちが伝わるように頑張るって決めたのに、何でこんなにもんもんとしてんだ私。
海の帰りにタダから、花火大会もヒロちゃん達と行こうって話になってるって誘われて、ユキちゃん来るなら嫌だなって思ったんだけど、やっぱりもう一度だけ頑張ってみる事に決めたのに。
それは実際、でも何を頑張るんだって思ってるからだよね。2回も振られてんのに。最悪な事に海に行く前にも『妹みたいだから』って、しかも母親の前で言われたのに。それ入れたら振られたの3回。告ったわけでもなかったのに。お母さんが『ユズルとも付き合ってみてよ』みたいな事を言ったせいなのに。
なんであんな事軽々しく言ったかな母。
何を頑張ろう…取りあえず浴衣かな…
振られた人間が浴衣着て現れても心動かしてもらえるのかな…『あ、なんだ、いつもと雰囲気違って可愛いじゃん』みたいな…事にはまあ、絶対ならない自信はあるな。なんか…逆にちょっと笑われそう。『どうしたん?浴衣とか。ハハハハハ。それでちょっと走ってみ?』みたいな。
その1時限目をやっぱり無駄に過ごしたなと思っている私の所へユマちゃんが話しかけに来てくれる。ササキユマちゃんは入学最初の五十音順が私の後ろで、私の背中を指でつついて話しかけてくれた、この高校では初めて出来た友達だ。ユマちゃんは羨ましい事に隣の3組に彼氏がいる。
「ユズちゃんどうだった?海。うちらも来週行こうかって行ってんだけど。ヒロちゃんと」
紛らわしいが、ユマちゃんの彼氏の名前もヒロトと言う。そして『ヒロちゃん』と呼ばれている。最初聞いた時は驚いた。
「ユズちゃんのヒロちゃんとどうだった?水着見せたら距離縮まった?」
「縮まらない!」
勢い込んで答えたのでユマちゃんがビクッとした。
私とヒロちゃんとタダの事を知っているユマちゃんは苦笑いをする。「ごめんごめん。別にからかったわけじゃないよ?水着の威力は大きいだろうと思って」
まあ…水着の威力はそれを着る人のおっぱいの大きさに比例するよね。ユマちゃん、自分は何気にCカップくらいあるから私の苦労がわからないんだ。
ユマちゃんが言う。「ハタナカさんたちにすごく羨ましがられてたね。タダ君との事」
ちょうどそこへタダが来る。あ、って顔をするユマちゃんだ。そして気をきかせるつもりか離れて行ってしまう。
タダが私に聞いた。「あの後ユキちゃんにライン出来たん?」
なぜあんたが気にする、と思ったが答える。「出来たけど」
「けど?」
「出来たって話」
「なら良かったけど」
だからなぜあんたが気にする。
「今日ヒロトんとこ寄るんだけど」とタダ。「一緒来る?」
「なんで?あんた部活は?」
「今日は無い。一緒に来るかって聞いてんだけど」
「行かない」
行きたいけど。別に用ないもん。ヒロちゃんに何で来たん?みたいな目で見られたら嫌だもん。
「ヒロトの姉ちゃんに水着のお礼したいってヒロトにラインしたんじゃねえの?」
「…」ちょっと考える。「…なんであんたがそれ知ってんの?」
「ヒロトから聞いた。別にいいのにってオレからも言っててくれって」
なんでもタダに話すんだなヒロちゃん。しかも別にいいって、タダは関係ないじゃん…まあ、ヒロちゃん本人からも言われたけど。
「でも」と私は少しふてくされた感を出してしまう。「あの水着、買ったら高いと思うし…ヒロちゃんは良くても、お姉さんにはお礼したいって言うか…」
「姉ちゃんへの印象も良くしときたいわけな?」とタダが笑う。
「そんな事言ってない」思ってるけど。
「オレがミスズさんに聞いてやろうか?今ちょっとだけ欲しいもんとか」
ミスズさんと言うのはもちろんヒロちゃんのお姉さんの名前で、タダはイケメン好きのお姉さんにむかしから気に入られていた。
「え、ほんとに?…じゃあ…お願い」
「よし」と言ってほほ笑むタダ。
ふとタダから目を反らし周りを伺うと、女子の皆さんの目が…
「わかった。今日聞いといてやるから。夜ラインする」と言って、自分の席へ戻ろうとしたタダが途中でハタナカさんにつかまりかけたがチャイムが鳴ってハタナカさんが諦めた。
補習の3限が終わって帰る用意をしていると、タダが廊下の方から他クラの女子3人に呼ばれている。
見るとキラキラした目の女子3人を前にちょっと顔を曇らせているタダ。なぜ曇らせる。ヒロちゃんだったらたぶん大喜びしてると思うけど。面倒くさそうに立ち上がるタダ。
ちゃんとヒロちゃんのお姉さんに差し障りなく聞いてくれるかな。
「なんかじゃあケーキとかでいいって言ってたけどミスズさん」
というラインが夕方、タダから来た。ケーキでいいのか。良かった。選びやすいし、持って行きやすい。ありがとうタダ。
「ありがとう」とタダに送る。「さっそくヒロちゃんにお姉さんの予定を聞いて、持っていってみる」
「それなら明後日午後いるから4人でお茶しようって言ってたけどミスズさん」
4人?お姉さんと私とヒロちゃんと…タダもって事?私はケーキ4つ買って行くって事?いやヒロちゃんのお父さんとお母さんの分も買って持っていきたいな…
ていうか『お茶』!
それはヒロちゃんの家に上がって、ヒロちゃんとお茶、って事だよね?お姉さんもいるし、なんでかタダまで一緒らしいけど、ヒロちゃんの家に上がり込めるわけだから、それはタダのおかげだし許そう。
「わかった」とタダに送る。「明後日2時半くらいにヒロちゃんちに行けばいいのかな。おやつにって事だよね?」
「じゃあ補習の帰り、ケーキ買うのに付き合ってやるから。ニシモトんちで買うよな?」
ニシモトんち、というのは中学で一緒だったニシモトミノリという男子の家で、ポンムベールというケーキ屋している。でも、なんでタダまで一緒に?
「まず軽くメシ食って、ケーキ買って、そのままヒロトんちに行こう」
軽くメシ食う?「ヒロちゃんも待ち合わせてって事?」
すぐに返信が来ないので、「ヒロちゃん無理やりな感じだったら悪い気がする」と送ってみる。
わざわざヒロちゃんまで来てくれるなんて。それでお昼まで一緒に食べられるなんて。そんな嬉しい話…
「ヒロトは来ないけど」とタダからラインが来た。
ヒロちゃん来ないの!?…じゃあタダと二人でって事?お姉さんに聞いてくれたから、ケーキ買うのまで付き合ってくれるわけ?そこまでしてもらわなくても…どうして急にそんなに優しい感じ?ていうか一緒に軽くご飯食べようって言ってるけど…
「大丈夫だよ」と送る。「ケーキ一人で買いに行ける」
「バカじゃん」とすぐタダから返信が来た。
はあ?何が『バカじゃん』?
せっかく気を使って優しくしてくれたのに気を悪くしたんだろうか。
「ごめん」と送る。「せっかく言ってくれたのに。なんかそこまで付き合ってもらうのは悪いなって思って」
それはすぐに既読になったのに返事はなしだった。