4月12日 『開会式』
あれから数日。いつも通りの日々を過ごし、いよいよこの日がやって来た。
『刀鍛冶世界大会』
7日間で最も素晴らしい刀を打ち上げた者が賞金800万ゴルドを手に入れられるという、鍛治職人としての実力を世界に知らしめる事が出来る大会が開催される日。
午前6時、2日前にエントリーを済ませたスクードを朝早くからエリィが起こし、兄妹揃って開会式の会場へ。そこで彼らはラグナとユーリを見つけた。
「おっす、二人とも。見に来てやったぜ」
「と言いながらエリィに近づこうとするんじゃない」
「別にいいじゃんよぉ。普通に会話しようと思ってるだけなんだし」
「鼻の下を伸ばしながら何を言ってんだあんたは」
「いだだだ!」
ユーリに耳を引っ張られ、ラグナがエリィから離れる。
「ユーリ、その馬鹿がエリィに手を出さないか監視しといてくれよ」
「勿論よ。手を出そうとしたら地面に埋めておくわ」
「暴力的な女だぜ、まったく・・・」
「あんたが余計なことばっかりするからでしょうが!」
地面が揺れる。何事かと思って音が鳴った方向へ周囲の人達が顔を向ければ、顔面が地面にめり込んでいる青年の姿が見えた。
「まあ、とりあえず行ってくる」
「また後でね、兄さん」
ラグナのことはユーリに任せ、スクードは開会式の会場となる『ペルセウス闘技場』の中へと足を踏み入れた。周囲を見渡せば、世界中から集まった鍛治職人達が様々な場所で楽しげに会話している。
その人達と関わるつもりがないスクードは、人が居ない場所を選んでそこに腰掛けた。
「おいおい、こんなガキが出場するつもりかぁ?」
「・・・?」
だというのに、彼を見た男達が数人近寄ってくる。
「確かエントリー出来るのは300人までだったよな?こいつのせいでエントリー出来なくなった奴らが可哀想だぜ!」
「はっはっは!まあいいじゃないか。見せてもらうとしようぜ、こいつが打ち上げる素晴らしい名刀をよ!」
声を揃えて男達が笑う。しかし、それに対してスクードは全く反応しない。この程度の連中に腹を立てるほど彼は子供ではないのだ。
「ムカつくな、おい。ちょっとぐらい言い返してこいよ」
「ビビってるだけだろ」
「・・・」
面倒だな。
少し魔力を放出して追い返そうかとスクードが考えた時、一人の青年が男達の前に顔を出した。
「いい大人が何をやってんだ、みっともねぇ」
「あ?なんだお前」
「俺も鍛冶屋だ。気持ち悪いからさっさとどっかいきな」
「なんだとぉ!?」
「ウゼェ」
パァン!!
そんな音が響く。その直後、一人の男が突然仰向けに倒れた。
「は、え・・・?」
「ぷっ、何してんだ?急におねんねしたくなったってか」
「こい、つ・・・」
顎を押さえながら、倒れた男が震えながら起き上がる。
「お、おい、行こうぜ」
「はあ?どうしたんだよ急に」
「いいから!」
そして、取り巻きを連れて去っていった。
「大丈夫だったか、お前」
「面倒だから相手にしていなかっただけだ。大会前に怪我をさせてしまうと申し訳ないしな」
「確かに、物凄い魔力の持ち主だな、お前」
「・・・お前もな。さっきの男が倒れたの、お前が顎を軽く殴ったからだろう?」
「へぇ、見えてたのか。只者じゃねえな、おい」
青年が楽しげに笑う。一方スクードは、凄まじい力を秘めている彼を警戒していた。何故ならこの青年は────
「お前、魔族だな?」
「っ・・・」
スクードにそう言われ、青年が目を見開く。
「はは、やっぱ只者じゃねえ。生まれて初めてだ、人間にそれを見抜かれたのは」
「何をしに来た。ここには俺の妹も居る。もし暴れたりし始めたら、容赦なく消すぞ」
「別に暴れたりしねーよ。俺がここに来た理由・・・それは、ただ人間達の実力を見に来ただけだ。鍛治職人としての実力をな」
「お前、鍛冶屋なのか?」
「魔族に鍛冶屋が居るのは不思議か?まあ、滅多に見かけるもんじゃねーわな」
そう言って青年がスクードに手を差し出す。彼からは、人間に対する悪意や憎悪が感じられず、スクードは少しだけ困惑した。
生まれて初めてなのだ。自分に対して殺意を向けてこない魔族に出会ったのは。
「俺はアイゼン。よろしくな、人間」
「・・・スクード・スミスだ。魔族と握手したのはこれが初めてだ」
「ははっ、そりゃ光栄だね」
差し出された手をスクードが握る。もしかしたら何かしてくるかもしれないと思ったが、やはり魔族のアイゼンは楽しげに笑っているだけであった。
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『それでは皆さん、大変長らくお待たせ致しました!これより、第1回刀鍛冶世界大会を開催したいと思います!』
司会の声が響いたのとほぼ同時、観客席に座る人々や鍛治職人達が大声で盛り上がる。
『まず、ルールを説明しておきましょう!これから7日間の間に、各自刀を一振り打ってもらいます。自分の鍛冶屋で作業を行ってもいいですし、我々が大会期間中だけ貸し出す場所を利用しても構いません。とにかく、期間内に最高の一振りを仕上げてください!』
それは、かなり厳しい条件であった。
この世界の職人達は日本とは少し違う方法で刀を打っているので、完成にかなり長い時間かかるという訳では無い。しかし、移動時間やその他の時間の事を考えれば、7日間という時間は彼らにとって相当短い時間なのだ。
「ふう、やっと終わったか」
「説明が長いんだよなぁ、ほんと。とりあえず、今から大会開始ってことだろ?」
「そうだな。俺は自分の家に戻るが・・・」
「俺は場所を借りるわ。ま、お互い頑張ろうぜ」
「ああ、またな」
説明が終わり、大会開始の合図である銅鑼が鳴る。それを聞き、職人達はぞろぞろと移動を始めた。
スクードもアイゼンと別れ、エリィ達のもとへと向かう。
「おいおいスクード、結局家に帰るのかよ!」
「そうだが」
「何の為に早起きして見に来たと思ってんだ畜生!」
「いいじゃない。たまには早起きしなさいよね」
「うるせーひんにゅ─────」
目で追えない速度でユーリがラグナの顔面を殴った。その衝撃でラグナは吹っ飛び、猛スピードで壁に激突する。普通なら死んでもおかしくはないというのに、痛そうに頭を押さえながら彼は起き上がった。
「ら、ラグナさん、大丈夫ですか・・・?」
「俺の味方はエリィちゃんだけだぜ、まったく」
「お前がいらんことを言うからだろうが!!」
「さり気なくエリィを触ろうとしてるんじゃない」
「ぎゃあああッ!!!」
心配そうに声をかけたエリィにラグナが満面の笑みを浮かべながら近寄る。その直後、スクードが放った雷をその身に浴び、さらに再びユーリに殴られてラグナは遠くに飛んでいった。
「最近思い始めたんだけど、あいつってドMよね」
「確かにな」
「ぼ、暴力は駄目ですよ」
向こうでヨロヨロと起き上がったラグナを見ながら、スクードとユーリは呆れた表情を浮かべる。エリィが庇ってくれるからといって、少し調子に乗りすぎなのだ。
「まあいい、とりあえず家に戻って早速作業を始めようと思う。大会期間中は店を開けないってことでいいよな、エリィ」
「うん、私もお手伝いするよ」
「ありがとう、助かる」
「ほんと仲良しよねぇ・・・」
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「人間共が何やら大会を開催しているようだな」
荒れ果てたアレス大陸に聳え立つ魔城。その中にある謁見の間で玉座に腰掛けた男がそう言った。
彼の声を聞いただけで、部下として城に集った魔族達はブルブルと震える。しかし、一人の男だけがその中で笑みを浮かべてみせた。
「フレイヤ王国という場所で行われている鍛冶屋の世界大会です。興味があるのですか?」
「優秀な人材を攫い、我が魔王軍の武器を作らせようかと思ってな」
「ほう、それは素晴らしい考えでございます。部下達に王国へ向かうよう指示しましょうか?」
「いや、その必要はない」
そう言って玉座から立ち上がったのは魔王ベルゼー。そして、凄まじい魔力をその身から放ちながら、ギロりと窓の外を睨みつける。
「我自らが出よう」
「ま、魔王様が!?」
「ククッ、フレイヤ王国だろう?確か聞いた話によると、あの忌々しい男が住んでいる国だった筈だ。運が良ければ再会する事が出来るかもしれん」
そう言うベルゼーの脳裏に浮かんだのは、大量の血を流しながら膝をつく自分を、冷めた瞳で見下ろす黒髪の少年の姿。
『これで終わりだ、魔王ベルゼー』
いいや、終わらない。
蘇った彼を突き動かすのは、世界を手中に収めるという飽くなき野望と、唯一自分が膝をつかされた大魔導士への復讐心。
もしも、再び相見える事が出来るのならば。今度こそ命を刈り取ってくれる。そう心に誓ったベルゼーは、窓の外に広がる暗黒の空を見つめながら口角を吊り上げた。