4月5日『鍛治職人達の世界大会』
「おっす、エリィちゃん。久しぶり〜」
「いらっしゃいませー。おはようございます、ラックさん」
いつものように晴れた昼下がり。
魔法使いの鍛冶屋さんへの入口となる玄関の扉が開き、常連客のラックが中へと入ってきた。そんな彼を、エリィが笑顔で迎え入れる。
「今日は普通に武器を見に来てなー。今の装備じゃ迷宮攻略がキツくてよぅ・・・」
「なんだ、もう違う武器に変更するのか?」
奥の部屋からスクードが顔を出す。
「前に貰った剣も良いんだけどな。敵が強いから違う武器で挑もうと思ってよ」
「なるほどな。何個か新しく打った剣とかがあるから、適当に見ていってくれ」
そう言われ、ラックが棚に置いてある武器を興味深そうに眺め始めた。それに対して特に言うこともないので、スクードは近くにあった椅子に腰掛け、ウトウトし始める。
「に、兄さん、今寝るのは駄目だよ」
「んあ?寝てないぞ・・・?」
「ウトウトしてたじゃない」
「昨日は遅い時間まで起きてたからな」
「もう、ちゃんと寝なきゃ」
などと言いつつ、昨日はエリィも起きていた。カンカン音が鳴るので寝れなかったというのも少しあるが、作業に没頭している兄を見るのが好きなのだ。兄の邪魔をしないように、少しだけ扉を開けてそこから作業を眺めていた。
「はは、エリィちゃんに迷惑かけるなよな、スクード」
「確かに、迷惑をかけていることは申し訳なく思っているが・・・」
「ううん、別に迷惑なんかじゃないよ」
笑みを浮かべたエリィを見て、ラックがこんな妹が欲しかったぜと笑う。誰でもそう思うだろう。これ程までに優しい少女は滅多に見かけるものではない。
「なあ、エリィちゃん。スクードなんかより俺の妹になった方が良いんじゃねえの?」
「何を言ってるんだお前は。そんな事を言ってエリィに手を出したら埋めるからな」
「お前こそ物騒なこと言ってんじゃねえ!」
「ま、まあまあ、私の兄は兄さんだけだよ」
「・・・そうか」
エリィの言葉を聞いて、少しだけ嬉しそうな表情になったスクードを見てラックが吹き出す。
「だあっはっはっは!!ほんと、エリィちゃんのこと大好きだな!!」
「うるさいぞ。兄として妹を大切に思うのは当たり前のことだ」
「くくっ、そうかいそうかい」
必死に笑いを堪えながら、ラックはある剣を手に取った。そして、それをコンコンと叩く。
「これなんか結構良い剣だな」
「む、エリィ、耳を塞いだ方がいいぞ」
「え・・・」
ラックが持っている剣がどんなものなのか、スクードは見ただけで瞬時に理解する。そして、彼とエリィが耳を塞いだ次の瞬間、
『ギィイエァァァァァッ!!!』
「ぎゃああああ!?」
突然悲鳴のような音が鳴り響く。耳を塞いでいてもうるさいので、堪らずエリィが顔をしかめる。その音を至近距離で聞いたラックは目を見開いて叫んだ。
「棚に置いていたのを忘れていた。欲しいのなら売るが・・・」
「いらねーよ!!」
スクードの魔力で叫ぶのを止めた剣を、ラックがゆっくりと棚に戻す。これは、以前スクードが完成させたマンドラゴラの剣である。衝撃を与えることで凄まじい悲鳴をあげる世にも恐ろしい剣だ。
「ったく、こんな武器を作ることが出来るのは、世界中を探してもお前だけじゃないか?」
「さあ、どうだろうな」
「そういやお前さん、あれには出場するのか?」
「あれ?」
「鍛冶職人が集まって刀を打つ・・・鍛冶屋の世界大会みたいなもんだ」
そんなのがあるのかと、スクードはその大会の様子を想像する。鍛冶職人達が会場で一斉に刀を打つのだろうか。もしそうだとしたら、スピードだけはずば抜けている自信があった。
「自分の鍛冶屋としての実力が知れるから、是非出場してみたいとは思うが」
「日程とかって分かりますか?」
エリィにそう聞かれたラックがポケットから一枚の紙を取り出し、それをエリィに手渡す。
「詳しくはそれに書いてる。ま、出場するのなら応援ぐらいしてやるよ」
手を振りながら、ラックは鍛冶屋を後にした。そんな彼を見送ったスクードが呆れた表情を浮かべる。
「あいつ、これを渡す為にわざわざ来たみたいだな」
「ふふ、優しい人だよね」
エリィから紙を見せてもらったスクードが目を見開く。そんな事は滅多に無いので、一体どうしたのかとエリィも紙を見た。
『初開催!刀鍛冶世界大会のお知らせ。世界一の名刀を打ち上げた方へ贈られる優勝賞金は、なんと800万ゴルド!第1回の今年は、フレイヤ王国で開催します。開催期間は4月12日~4月18日までの7日間です。受付は4月11日の午後3時までとなっておりますのでご注意を』
「は、800万ゴルド!?」
エリィとスクードが驚くのも無理はない。この世界のお金は『ゴルド』。1ゴルドで日本での1円と同じである。つまり、優勝すれば800万円貰えるという事だ。
「よし、出場しよう。優勝すればエリィに美味いものを食わせてやれる」
「そ、そんな、兄さんの為に使いなよ」
「まあ、エリィにはいつも迷惑かけてるからな」
「兄さん・・・」
迷惑などかけられていないというのに。逆に迷惑をかけてしまっているというのに。咄嗟にエリィは両手で顔を隠し、スクードに背を向けた。
「エリィ?」
「な、何でもない・・・」
何でもないことはない。置いてあった鏡に反射した自分の顔が、とても人には見せられない程赤くなっていたのだ。しばらくスクードに背を向けたまま、自分の顔の熱が冷めていくのをエリィは待つ。
「・・・?」
一方スクードは、自分が変な事を言ってしまい、エリィを傷つけてしまったのではないかとかなり焦っていた。ここにラグナが居れば恐らく爆笑していただろう。
「ま、まあ、とにかく出場してみるよ。自分の実力が分かるいい機会だしな」
「う、うん、応援するね」
ようやくエリィが振り返ったものの、気まずい空気が流れる。その様子はまるで────
「何お前ら、どこのカップルだよ」
「っ!?」
エリィの肩が跳ねる。いつものようにいつの間にか顔を出していたラグナが2人を見比べてそう言ったからだ。
「ちち、違うんです、別に、その・・・」
「ん?どうしたのエリィちゃん」
「困らせてるんじゃないわよ!」
「なんで俺!?」
両手を振るエリィを見て鼻の下を伸ばしていたラグナの頭を、背後からユーリが殴る。
「で、スクード。何かあったの?」
「え、あ、いや、刀鍛冶の世界大会に出場することにしてな」
「へえ、面白そうじゃない。それって無料で見れるのかしら」
「それは知らん」
そう言うスクードの表情は、何かを楽しみにしているかのような表情であった。どれ程の実力者達が集まるのだろうか、自分の実力は世界ではどの辺りなのか。
人前であの力を見せるのは少々気が引けるが、エリィの為なら何だってやろうという小さな決意を胸に。また新たな物語が綴られようとしていた。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「んあ?何だこりゃあ・・・」
欠伸をしながら歩いていた一本道。その途中に一枚の紙が落ちていたのだ。眠そうに目を擦り、青年はその紙を拾う。
「刀鍛冶世界大会ぃ?賞金は800万ゴルドか。別に賞金には興味ねえが・・・」
紙を折り、青年はそれをポケットに入れた。
「面白そうじゃねえか。人間の実力がどんなもんなのか、それを見れるいい機会だな」
そして、青年は再び一本道を歩き始める。これに出場すれば、何か面白い事が起こる・・・そう思いながら。