4月2日 『悪夢再来』
「兄さん、お水だよ」
「ありがとう」
新たな剣を打ち終えたスクードに、エリィが水が入っているコップを手渡す。そして、彼女はスクードの側で僅かに発光している剣を、スクードの肩越しに覗き込んだ。
その際に、胸がスクードの背中に当たっているのだが、その事にエリィは全く気が付いていない。
「どんな剣なの?」
「・・・エリィ、胸が当たってる」
「え・・・わわっ、ごめんなさい!」
言われてようやくその事に気付く。顔を真っ赤にしながら、エリィは兄から離れた。
「他の男にも、無意識に同じような事をしてるんじゃないだろうな。兄として非常に心配だぞ」
エリィは非常に可愛らしい女の子だ。それこそ、王都で一番の美少女と言っても過言ではない。誰にでも優しく接する彼女に近寄る男が、決して少ない数ではない事をスクードは知っている。
そんな彼女が、今と同じように別の男に触れていたらどうしよう。エリィは気付かないのだろうが、男の方は素晴らしい時間を堪能するに違いない。可愛い妹を心配している彼は、こう見えて内心かなり焦っているのだ。
「そ、そんな事してないよ!無意識でも、そんな事してない・・・」
「俺にするという事は、他の奴らにもしている可能性が高いだろう?エリィが気付いていないだけかもしれん」
「うぅ、そうだったらどうしよう・・・」
「黙って至福のひとときを過ごした奴らを俺が消す」
「それは駄目だよ!?」
本当にしかねないと、エリィは立ち上がろうとした兄を引き止める。
「そ、それで、それはどんな剣なの?」
「・・・魔力を流し込む事で発光する剣だ」
「発光?」
スクードが出来立ての剣を手に取り、魔力を流し込む。すると、眩い光が部屋中を照らした。
「暗い迷宮の中でも、これと魔力さえあれば光を確保できるっていう武器だな。まあ、折れてしまうと魔力を流し込めなくなるが・・・」
迷宮。
それは、世界中に存在するダンジョンである。遥か昔に様々な種族によって造られた迷宮は、今は魔物達の住処となっていて、奥には宝が眠っていると伝えられている。それを手にする為、人々は魔物達が巣食う迷宮へと挑むのだ。
しかし、迷宮攻略には問題がある。魔物達と戦う事もそうだが、何よりも恐ろしいのはアイテム切れだ。回復薬や食料が尽きれば撤退を余儀なくされる。また、ほぼ全ての迷宮は薄暗く、松明無しでは進めないと言われているのだが、スクードの剣があれば、炎無しで道を照らす事が出来るという事だ。
「凄い・・・、私も触ってみていいかな?」
「ああ、怪我しないように気をつけろよ」
スクードが剣を手渡す。
「う、重い・・・」
「そんな構えじゃ駄目だぞ。こうしてだな・・・」
いつもスクードが完成させた武器を客に運んでいるエリィ。しかし、彼女はそれほど筋力が無いので本当は苦労していた。兄には黙っていた事だが、それを遂に目の前で見られてしまう。
そんな彼女にスクードは何をするのかと思えば、身体をそれなりに近付けて剣の構え方をエリィに教え始めた。
勿論本人はセクハラしようなどと考えていないのだが、突然兄が身体を近付けてきたのでエリィの顔が赤くなる。
「に、兄さん・・・」
「どうした?」
「そんなに密着してるのを他の人に見られたら、変な誤解されちゃうよ・・・?」
「え、いや、別に下心があったわけじゃないんだぞ?」
エリィから離れ、珍しく目に見えて焦るスクード。今のをスクードにされれば、どんな女子でも嬉しがる事だろう。何故なら彼、俗に言う『イケメン』というやつだからだ。
結局はどっちもどっちなのである。
「何してんだ、二人とも」
「「っ!?」」
そんな彼らの前に、金髪の青年が現れた。顔を見ればニヤニヤしているあたり、気配を消して様子を見ていたのだろう。
「べ、別に何も・・・」
「エリィちゃんは顔真っ赤だなぁ。おいスクード、変なことしたんじゃないのか?」
「うるさい黙れ。勝手に入り込んでくるな」
「だっはっは!そう固いこと言うなよ」
現れたのは勇者であるラグナ。半ギレのスクードに睨まれているというのに、彼はまだこの状況を楽しもうとしている。
「なあなあ、何してたのか教え─────」
「いい加減にしろ馬鹿!!」
「ごえっ!?」
そんな彼の顔面を、ふらりと現れた少女がぶん殴った。普通なら死んでしまうような勢いで吹っ飛び、顔から壁に激突したラグナだが、ケロッとした様子で即座に立ち上がる。
「いってえなぁユーリ。俺じゃなかったら死んでるぞ」
「チッ、死ねばよかったのに」
そう言って再びラグナを殴った少女はユーリ。武術を極めた天才で、『破壊王』などと呼ばれている武闘家だ。
「ごめんね、スクードに妹ちゃん。この馬鹿、何を言っても聞こうとしないから」
「言っても無駄だ。そいつは馬鹿だからな」
「そうね、馬鹿だもの」
「お、おいおい、二人揃って馬鹿馬鹿言わないでくれよ・・・」
起き上がったラグナが、よろけたフリをしてエリィに抱きつこうとしたので、スクードが魔法で壁ごと吹き飛ばしたのは言うまでもない。
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ここは、魔族達によって支配されている『アレス大陸』。強き者が生き残り、弱き者は死の道へと進む事になるこの大陸で、この日、再び最悪の存在が目覚めようとしていた。
「ははははは!遂にこの日が来たか・・・!」
そう言って両腕を広げたのは、白衣を着た白髪の男。彼の目の前には、特殊な装置の中で一人の男が眠っている。
「愚かなる人類は、再び地獄を味わうことになる!!」
雷鳴が轟いた。その直後、突然地面が小刻みに振動し始め、特殊な装置に一本のヒビが入る。
そして、眠る男が目を開けた。
「ウオオオオオーーーーーッ!!!!」
「うぐっ!?」
装置が粉々に砕け散る。咄嗟に顔を両腕で覆い、風や埃から身を守った白衣の男が見たのは、恐ろしいまでの魔力を放つ化け物の姿。頭からは二本の角が生えており、見た目は人間によく似ているが、彼が人間ではないことなど誰もがすぐに理解出来るだろう。
「・・・お前、人間か?」
「ッ!!」
声を聞き、白衣の男が姿勢を正す。
「ふむ、どうやらお前が我を蘇生させたようだな」
「ええ、私はロード。そうですね・・・ドクター・ロードとでもお呼びください」
「・・・ロードよ、お前は何故人間でありながら、魔族である我を蘇らせたのだ?」
「決まっているではありませんか。愚かなる人間共に鉄槌を下す事が出来るのは、貴方様しか居ないのです」
「ククッ、なるほどな」
男が何処かへ歩き始める。
「な、何をなさるおつもりで?」
「どうやら、以前よりもかなり力が増しているようでな。お前が肉体改造でもしてくれたのか?」
「はい、それは少しだけ・・・。ですが、貴方様が放つその魔力は、再び蘇った偉大なる王が新たに手にした力なのでしょう」
「ほう・・・」
ニヤリと笑い、男が壁の前に立つ。そして、壁に手を当て、膨大な魔力を一気に解き放った。
まず、壁が粉々に砕け散る。そして、放たれた魔力は巨大な光球となって外にあった遺跡を消し飛ばした。
「・・・素晴らしい!」
自分の力を見た男がそう言った。そんな彼の背後からロードが顔を出す。
「気分はどうですか?」
「最高だ。この力があれば、必ず奴らを葬る事が出来る」
絶対的な自信。それが蘇った男の言葉から感じられ、ロードの身体がぞくりと震えた。
「そうだ、知っているとは思うが、まだ自己紹介をしていなかったな」
男の瞳がロードを捉える。それだけで凄まじい恐怖が奥底から湧き上がってくるのだが・・・。
「我は魔王ベルゼー。魔族の頂点に君臨する、偉大なる王なり」
「王よ、今日から貴方様が私の主でございます」
その恐怖を抑え込み、不敵な笑みを浮かべながら、ロードは魔王ベルゼーに頭を下げた。