7月15日『幻影魔女』
「む、シルヴィか」
「おはようございます、スクード様。少し気になる情報を仕入れてきたので報告に参りました」
鍛冶屋を休みにしてエリィと二人で本を読んでいた時、シルヴィがやって来たのでスクードは本を置き、玄関前で立っている彼女の元に向かった。
「魔王軍関連か?」
「その可能性が高いです。昨日、冒険者達が近くの森で手配されていた魔獣数十体の死体を発見したらしく、どれも何かで殴られたかのように身体が潰れていたとの事で・・・」
「ふむ、なるほどな」
ほぼ人間の仕業ではないだろう。冒険者達は武器を使って魔獣と戦うし、武闘家であっても数十体の魔獣の身体を潰す破壊力の一撃を繰り出せるとは思えない。
出来るとすれば《破壊王》と呼ばれているユーリぐらいだろうが、昨日彼女は鍛冶屋に入り浸っていたので恐らく違う。
となると、やはり魔王軍の仕業なのだろうか。
「私は少し現場近くを調べてみます。何かあればもう一度報告しに参りますね」
「大丈夫だとは思うが、俺も行こうか?」
「いえ、私にお任せ下さい。このような事でスクード様のお時間を奪うわけにはいきませんので」
こういう時のシルヴィは何を言っても聞かないので、スクードは渋々彼女に調査を任せた。
「・・・」
その後、シルヴィが調査に向かったのでエリィの元に戻って読書を再開したが、内容が全く頭に入ってこない。いつの間にかスクードは、本を読んでいるエリィの顔をガン見していた。
「ど、どうかしたの?」
「いや、また面倒な事にならなければいいなと思ってな」
(え、それって私が嫉妬しちゃった時のこと?どうしよう、変なこと言ったりしちゃってたのかな)
(エリィが巻き込まれる可能性が高いな。チッ、今度の相手は誰だか知らんが、エリィに手を出したら灰にしてやる)
「ごめんね兄さん。私、兄さんを困らせるつもりはなくて・・・」
「エリィ、何かあったらすぐに言えよ?俺が絶対に守ってやるからな」
「「え?」」
突然謝られたスクードは焦り、俺が守る宣言をされたエリィは顔が真っ赤になる。その直後、凄まじい魔力を外から感じてスクードは立ち上がった。
「なんだ・・・?」
シルヴィ達の魔力ではない、魔族特有の気味の悪い魔力。警戒しながらスクードは扉へと向かう。そして扉を開けると、目の前に絶世の美女が立っていた。
「あら、君が〝魔人〟スクード君?」
「お前は魔王軍だな。ここに来た理由は知らんが消えろ」
雷魔法が女性の身体を容赦無く焼く。しかし次の瞬間、女性の身体は霧へと変わって消える。
「会っていきなり殺しにくるなんて。うふふ、面白い子ね」
「エリィが目的か?」
「いいえ、違うわ。私の目的は君よ、スクード君」
背中から生えた黒い羽をバサバサと羽ばたかせながら、雷魔法で身を焼かれたかと思われた女性は上からスクードを見下ろす。
「私は魔王軍所属〝幻影魔女〟ネビア・レテネブラ。少し私の相手になってもらおうかしら」
「っ・・・!?」
突然景色が切り替わる。
気が付けばスクードは何も無い灰色の空間に立っていた。
「転移魔法ではなさそうだな」
「ええ、私の魔法で創り出した影の空間よ。たとえ君であろうと、自力でこの空間から脱出する事は不可能」
「ならお前を消せばいいんだろう?」
「うふふ、どうかしらね」
氷の槍がネビアの身体を貫く。しかし、再び彼女の身体は霧となって消えていく。
「なるほど、幻影魔法の使い手か」
上を見れば数十人のネビアがフワフワと浮いている。どうやらあの中に本物のネビアは紛れ込んでいるようだ。
「スクード君、一ついい事を教えてあげる」
全てのネビアが上位の炎魔法を発動した。
「この場にいるのは私が創り出した偽物達。でもね、全員に上位魔法を連発できる量の魔力を与えているの」
「おいおい。お前、どれ程の魔力保有量なんだ?」
「もしかしたら君より多いかも♡」
一斉に放たれた炎は燃え盛る竜へと姿を変えてスクードに迫る。身を焦がす熱気に襲われながらも、上を見上げながらスクードは魔力を水魔法へと変換する。
「タイダルウェイブ」
そして迫り来る炎竜目掛けて魔法を放った。波と衝突した炎は一瞬で消し飛ばされ、大量の魔法がぶつかった水魔法も蒸発していく。
「うーん、やっぱり君が放つ魔法は威力がおかしいと思うの。一発であの数の魔法と互角だなんて」
「あの量の魔法を同時に放ったのにも関わらず、まだまだ魔力を残しているお前も意味が分からないがな」
「少しは疲れたけどね。喉が渇いちゃったから何か飲み物が欲しいなぁ」
「俺の血はやらんぞ吸血鬼」
「あら、よく分かったわね」
上空のネビア達が今度は一斉に雷魔法を放った。スクードも同じ雷魔法でそれを迎え撃つ。
丁度彼らの中間地点でぶつかり合った魔法は大爆発を起こして消滅した。
「お前の目的は俺だと言っていたが、こうして俺を別空間に閉じ込めている隙にエリィを連れ去ろうとしているのか?」
「ううん、それは違うよ。私は君の実力を見に来ただけ。そのついでに君を彼女から引き離してあげたの」
「彼女?」
「灰の死神よ」
分身達が一斉に喋るので少し気持ち悪いのだが、予想外の名が出てきたのでスクードはネビアに聞き返す。
「何故シルヴィを狙う」
「この前堕天使君が君達と交戦したでしょう?それで彼、死神との再戦を望んでいてね」
「別に俺がいてもいなくても、シルヴィなら一人で勝利できると思うが」
「それはどうかしら」
スクードの目の前に別の場所の映像が浮かび上がる。それと同時に分身達は再びただの魔力となってネビアの身体に戻っていく。
そしてネビアはスクードの前に降り立った。
「何がしたいんだお前は」
これまで相手にしてきた魔族とは違うネビアを前にして、魔人と呼ばれているスクードは若干戸惑う。
「一緒に戦いを観戦しようかなと思って」
「・・・お前、本当に魔王軍所属なのか?」
「それは本当よ。うふふ、敵同士だけど仲良くしましょう」
いつでも魔法を放てるようにスクードは気を緩めない。しかし、そんな彼の前で普通に魔力を引っ込めたネビアを見て、スクードは呆気にとられるのだった。
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「これは・・・」
クレーターの中心で肉塊と化した魔獣を見て、シルヴィは魔王軍の仕業であることを確信した。
魔獣は前にシルヴィも戦ったことがある怪鳥ソニック。その巨体からは想像できない速度で飛び回る魔獣で、冒険者程度では攻撃を当てることなど不可能であろう。
「ははっ、やっぱり来やがったな」
「・・・なるほど、これは貴方の仕業ですか」
睨み付けるようにシルヴィが上を見れば、前とは全く違う装備を身に付けた堕天使が空中に停滞していた。
「鎧・・・?」
「いいや、俺自身の身体を改造したんだ。今の俺は改造魔族ってとこか」
サイボーグと化した堕天使フォール。
そんな彼は、銀色の翼を羽ばたかせることなくシルヴィの前に着地する。
「よく分からない技術が使われているようですね」
「お前らには分からないだろうな。ククッ、こいつは凄い力だぜ」
「元の身体を捨ててまで力を欲するのですか」
「ああそうさ。俺はお前をぶっ殺す為の力を手に入れたんだ」
「・・・」
「だんまりか」
無言でシルヴィがダガーを構える。それを見たフォールは獰猛な笑みを浮かべ、そして膨大な魔力を放出する。
「まあいい、それじゃあ楽しもうかッ!!」
フォールの身体が浮き上がった瞬間、シルヴィは危険を感じて身体を捻る。その直後、何かが凄まじい速度で彼女の横を通過していった。
「っ・・・!」
血が舞う。
それはシルヴィの右腕から飛び散った血だ。
「はははは!いいねぇ死神、その表情が見たかったんだよ俺はァ!!」
彼女を上回る速度での攻撃。僅かだが動揺したシルヴィの表情を見て、飛び上がったフォールは興奮気味に声を張り上げ、そして更なる攻撃を開始した。




