7月14日『蘇る堕天使』
素材を融合させ、熱し、槌で叩く。
更に魔法で形を整え、冷やし、そして武器が完成する。
作業開始から終了までの時間、おそよ3分。信じられない速度で完璧な武器を作り上げる魔法使いの鍛冶屋さんは、最近王都で話題になり始めていた。
「よう、エリィちゃん」
「ラックさん、お久しぶりです」
本日の営業終了前、常連客のラックが鍛冶屋を訪れた。そんな彼は奥にいるスクードを見て少しだけ驚く。
「なんか珍しく忙しそうだな、スクードのやつ」
「最近お客さんの数が増えてきたので、お店に置いておく武器を作ってる最中なんです」
「そうなのか。なーんか嬉しいような寂しいような・・・」
「え?」
「こんなに凄い鍛冶屋なんだから、有名になって当然だ。でも、〝俺達だけが知ってる凄い鍛冶屋〟じゃなくなるんだよな」
「そう、ですね・・・」
「来る客の大半がエリィ目的だがな」
奥の部屋からスクードが顔を出す。どうやら本日分の作業を終えたらしい。
「お前は数少ないまともな客の一人だ」
「はっはっは、そりゃ良かった」
スクードの肩を叩いた後、ラックは置いてある武器を見始めた。
「お疲れ様、兄さん」
「ああ、エリィもな」
「それにしても、ほんとにお客さんが増えてきたね」
「武器が売れるのは嬉しいが、エリィ目的の客が多いというのが気に食わない」
「よ、よく分からないけど、ごめんなさい」
「いや、エリィが悪いわけじゃない。確かにそれ目的で来たくなる気持ちは分からんこともないが、あの下心丸出しでエリィに声をかけるのがイライラするんだ」
などと言う兄は、やはり自分のことを大切に思ってくれているのだろう。それがとてもよく分かるので、エリィは照れながら俯いた。
「あの、兄さん」
「なんだ?」
「兄さんは、私のことをどう思ってる?」
俯きながらエリィはスクードに聞いた。
「勿論大切な妹だと思っているぞ」
それに対してスクードはそう言う。
「それだけ・・・?」
更にエリィは聞く。
高鳴る胸に手を置き、少しだけ期待しながら。
「他には─────」
しかし、スクードが何かを言おうとした瞬間に、突然耳をつんざく叫び声が鍛治屋内に響き渡り、エリィは咄嗟に耳を塞いだ。
「うるさい」
向こうに歩いていったスクードが、ラックが手に持っていた剣を取り上げて魔力を流し込む。すると叫び声がピタリと止んだ。
「お、おいスクード!お前まだこの剣置いてたのかよ!」
「俺も存在を忘れていた」
前にスクードが打ったマンドラゴラの剣。衝撃を与えると叫び声を上げる奇妙な剣である。
「買うか?」
「いらねーよそんなもん!」
懐かしい気もするスクードとラックのやり取り。それを向こうで見ているエリィは、質問の返事が聞けなかったことを少しだけ残念に思いながら笑みを浮かべた。
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「グギャアアアッ!!」
魔物の叫び声が響き渡る。この辺り一帯を支配していた巨大な怪鳥は銀色の双翼をもつ男に翼をもがれ、なす術なく地面に墜落した。
「はははは!こりゃ最高の力だぜ!!」
「ギィエエエエエエ!!!」
男はもがく怪鳥を何度も殴り、飛び散った血をぺろりと舐める。そして最後に顔面を踏んで破裂させた。
「あらあら、可哀想」
「んだてめえ、いつからいやがった」
「いつからでしょう」
そんな男に一人の女性が歩み寄る。薄紫色の髪を腰のあたりまで伸ばした超が付くほどの美人だ。
「ドクターと何かしてるって話は聞いてたけど、なんだか強そうになってるじゃない」
「こいつはいいぜ。速度も破壊力も前とは比べ物にならねえ。これであの女をグチャグチャに出来る・・・!」
「あの女って、シルヴィ・ベアトリクスかしら?」
「ああ、そうだ。あいつだけはこの俺が叩き潰してやるんだ!」
凄まじい魔力が場を満たす。至近距離でそれを感じ取った女性は唇に指を当て、何かを考えるかのように目の前にいる男を見つめ、そして思わず見とれてしまうような笑みを浮かべた。
「うふふ、手を貸してあげましょうか?」
「は?」
「君が死神の相手をしている間、私が他のメンバーを引き受けておいてあげる」
「何言ってんだてめえは。何が目的だ?」
「別に報酬なんていらないのよ?魔王軍を騒がせてる〝魔人〟がどんな人なのか、少しだけ興味があってね。直接彼を見るついでに足止めしてあげる」
そう言われ、男は背から生える翼を広げた。ガチャンという音が鳴り、そして男の身体は翼を羽ばたかせていないというのに宙に浮く。
「俺はあんたの事を全然知らねえ。もしかしたらあんたに裏切られるかもなァ」
「それはそれで面白い展開でしょう?」
「ククッ、どうだろうな。とりあえず俺は明日に死神を潰すつもりだ。足止めすんのなら勝手にしやがれ」
次の瞬間、突風が木々を揺らしたのと同時に男は遥か上空目掛けて飛び去った。それを見届けた女性は楽しげに笑う。
「〝大侵攻〟の準備は着実に進んでいる・・・。うふふ、その時に備えて少しでも多くの情報を仕入れないと」
やがて、女性の身体は黒い霧となってその場から姿を消した。




