6月6日『騎士団最強の実力者』
「これは・・・魔族が下級魔獣を使役するな時に使っていた魔法陣だな。リオン、これをどこで見つけたんだ?」
「第一騎士団が拠点としている砦の中です。それも、アーサーさんの部屋にある机の中から」
次の日、リオンは入手した紙をスクードに見せに行った。すると紙に描かれているのは魔獣使役魔法を発動する時に描かなければならない魔法陣だと言われ、彼女は心底驚いた。
それはつまり、アーサーが魔獣を使役しようとしているということではないだろうか。
「あの男、まさか魔王の協力者なのか・・・?」
「で、でも、どこかで拾ったものを机に入れてたって可能性も少しだけありますよね」
「そうかもしれないが、これはアーサー・ルークシードが第六騎士団隊長を殺害した動機に繋がるかもしれない」
「動機・・・ですか?」
「魔物を使役しているところを見られ、そして殺した。一応その可能性も頭に入れておけ」
「は、はい!」
しかし、何故アーサーは魔物を使役しようとしているのか。それがイマイチ分からずにスクードは頭を掻いた。
「とりあえずこの紙は俺が預かろう。少し時間はかかると思うが、この紙から感じる魔力が誰のものなのかを調べておく」
「そんな事が出来るんですか?」
「ああ、可能だ」
「さ、流石です!」
尊敬の眼差しを向けられ、スクードはリオンから目を逸らした。昔から彼はこういうのが苦手なのだ。
「兄さん、朝ごはんできたよ」
「ん、今行く。悪いな、わざわざ持ってきてくれて」
「あはは、お役に立てて光栄です。それじゃあ失礼しますね」
玄関に向かって歩いていったリオンから紙に視線を移す。そしてスクードは舌打ちした。
確実に何かが起こる。その前に何としてでもアーサー・ルークシードの正体を暴かなればならない。
その前にまずは飯を食おうと一旦紙を机の上に置き、スクードはエリィが居るリビングへと向かった。
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「リオン。少し話があるんだけど、今時間大丈夫かな?」
鍛冶屋を出た後にばったり会ったアーサーにそう言われ、リオンは第一騎士団の砦を訪れた。そしてここは砦内にある広い特訓場。何故そんな場所に連れてこられたのかまだリオンは分かっていない。
「あれ、今から特訓に付き合えとか・・・そんな感じですか?」
「少し違うかな。その前にリオン、君は僕を疑っているようだね」
「え・・・」
突然そう言われ、リオンの身体が強ばる。
「な、何のことですか?」
「マリク殺害の犯人さ。だから昨日僕の部屋に侵入したんだろう?」
「っ!?」
バレていた。
まさか見られていたとでもいうのか。
「い、いやいや。そんな事してませんって」
「魔法陣が描かれた紙も持ち出したみたいだね。スクード・スミスにでも見せに行ったのかな?」
いつも通りの笑みを浮かべながらアーサーがリオンに向かって歩を進める。それに対してリオンは後ずさり、念のため持ち歩いていた槍を握りしめた。
「ほ、ほんとに何もしてないですから!」
「・・・そうか。疑って悪かったね」
このまま戦闘に発展するかもしれない。そう思ってリオンは身構えたのだが、アーサーは驚くほどあっさりと引き下がり、そしてリオンに背を向ける。
(よ、良かった。まだバレてな──────)
心底ホッとした。しかし、それが間違いであった。突然感じた明確な死への恐怖。何かが超高速で自分に迫ってくる・・・それが分かった瞬間、リオンは勢いよく地面に伏せた。
「っ・・・!?」
後ろ髪がいくらか切断された。今咄嗟に伏せていなければ確実に死んでいたであろう。それが分かり、リオンの身体からドッと汗が流れ出る。
「あーあ、避けなければ楽に死ねたものを・・・」
「アーサー、さん?」
顔を上げれば、いつの間にかアーサーの手には光を纏う剣が握られていた。それは何度も目にしたことがある、彼が契約している『聖剣エクスカリバー』だ。
「二度も仲間を殺すことになるとはね。まあ、僕は別に気にしないんだが・・・」
「二度・・・まさか、マリクを殺したのは」
「そう、この僕さ」
それを聞いた瞬間、リオンはその身から魔力を解き放った。やはりこの男が仲間の命を奪った張本人であったのだ。
「あの魔法陣についても教えてやろう。もう知ってるかもしれないけど、あれは魔獣を使役する為の魔法を発動するのに必要な魔法陣。それも、上級魔獣のね・・・!」
アーサーが聖剣を床に突き刺し、そして懐から数枚の紙を取り出す。それは先程リオンがスクードに渡したのと同じような魔法陣が描かれていた。
「僕は魔王軍所属〝光魔騎士〟アーサー・ルークシード!マリクを殺したのは、魔物を使役しているところを偶然目撃されてしまったからさ!!」
紙に描かれた魔法陣が輝く。その直後、アーサーの周囲に3頭の魔獣が出現した。
「いずれもっと多くの魔獣を使役出来るようになったら、魔獣の大軍を率いて王都を攻め滅ぼしてやろうと思ってたんだ」
スクードが言っていたとおりであった。マリクを殺したのはアーサーで、その理由は魔獣を使役しているところを目撃されたから。
湧き上がる怒りを魔力へと変え、リオンが立ち上がる。そしてアーサーを睨みつけた。
「魔王軍・・・ですって?なんで、その王都に住む人達を守るために結成された騎士団に私達の敵が居るんですか・・・」
「決まっているだろう?騎士団の情報を魔王軍に流すためさ!」
「っ、ふざけるなあああッ!!!」
地を蹴り、猛スピードでリオンがアーサーに接近する。そしてまず周囲に居る魔獣3頭を槍で貫き、アーサーに向かって手に持つ槍を全力で突き出した。
だが、それが届く前にリオンは後方に吹っ飛ばされる。
「甘いよリオン。今ので僕を殺せると思ったのかい?」
「このォ!!」
立ち上がり、再びリオンが駆け出そうとするが、それよりも早くアーサーがリオンの顎を蹴りあげた。その衝撃でリオンの身体はふらりと浮き上がる。
そこにアーサーは強烈な掌底打ちを放った。
「ぐふっ・・・!?」
腹部に走った凄まじい衝撃はやがて全身を駆け巡り、リオンは背後の壁に激突して口から血を吐き出す。だが、アーサーはそんな彼女に対して手を緩めない。
「ああ、まさか僕がこの手で少女を殺めることになるとは」
リオンの喉元を掴み、そのまま床に叩きつける。さらに激痛に襲われて顔を歪めるリオンを蹴り飛ばした。
「君が悪いんだよ、リオン。悪い子にはお仕置きしなきゃねぇ」
「あ、うぐ・・・」
うずくまったまま動けない。何本骨が折れたのかは分からないが、このままでは何も出来ずに殺されてしまう。
そう思ったリオンは痛みに耐えながら槍を手に取った。
「なんだ、まだやるつもりかい?」
「ここで私を殺しても、あなたはもう終わりです・・・」
「は?」
「お兄さんがあの紙に込められた魔力の持ち主を突き止めれば、すぐにお兄さんがあなたを倒しに来るでしょうね・・・」
「・・・くっ、ははははは!そうなったとしても、勝つのはこの僕だ!!」
アーサーが魔力を解き放つ。それを身に受けてリオンは震えた。聖剣を持つ者に相応しくない禍々しい魔力。それが殺意と共に全て自分に向けられている。
「それに、君はスクード・スミスがこの場に来てくれることを期待しているだろう?」
「っ・・・」
「図星か。でもあの男は来ないよ。何故なら今頃僕が使役する魔獣達と交戦中だろうからねぇ」
「まさか、あの紙から魔獣を!?」
「勿論エリィに傷は付けないよう魔獣共には言い聞かせてある。スクード・スミスを殺した後、ここに来るのはエリィを連れた僕の下僕達さ!!」
振るわれた聖剣が壁をまるで紙のように斬り裂く。一旦アーサーから距離をとったリオンは、自分が持てる魔力全てを槍に集中させ、そして駆け出した。
「はああああッ!!!」
「あっはっはっは!無駄無駄無駄ァァッ!!」
目にも止まらぬ超高速の突きが数秒間の間に何十何百と放たれる。しかし、その全てをアーサーはいとも簡単に躱していく。全身全霊の攻撃がたったの一度も当たらない。自分とアーサーの実力差をリオンは嫌というほど思い知らされる。
「きゃあっ!?」
やがて、次第に疲れが見え始めたリオンの腕を聖剣が切り裂く。それによって彼女はぐらりと体勢を崩してしまった。
「脆いんだよ君はァ!!」
「ぐぇ・・・」
明らかに手加減された蹴りがリオンの肋骨を粉砕する。それでもリオンは諦めようとはしない。
「あああああッ!!」
ダァンと床を踏み、全魔力が込められた槍を振るう。もう動けないとでも思っていたのか、アーサーはそれを躱すことが出来ない。
「・・・あ?」
槍が掠ってアーサーの頬が切れ、そこから血が流れ出す。それを見てリオンはにやりと笑った。
「へ、へへ、やっと当たった─────」
大量の血が視界に映る。それが一体誰の血なのかはリオン自身が最も理解出来ている。
一撃で死なないように威力を調整して胸部を斬られた。それによって限界を迎えたリオンは力無くその場に倒れ込む。
「君程度の存在が、この僕を傷付けた・・・?」
そんなリオンの頭をアーサーが踏み付ける。
「このゴミめッ!!よくも僕の顔に傷を・・・!!」
「う、ぐ・・・」
何度も何度も頭を踏み付けた後は、リオンを仰向けに寝転ばせて胸部の傷口を勢いよく踏む。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねッッ!!!」
「──────」
意識が薄れていく。全身の感覚が無くなっていく。それでもアーサーは容赦なくリオンを踏み付ける。
「ぜっ、たい、あなたは、お兄さんが倒してくれる・・・」
「あぁ?」
「後悔しろ、アーサー・ルークシード・・・!」
アーサーが聖剣を振り上げる。
「英雄なんて存在しない!勿論君を助けに来る者もね!」
「っ・・・」
「後悔するのは君の方だ、リオン・サンドライト!!」
リオンの目には聖剣がゆっくりと迫ってくるように映った。これが自分の身体に届けば確実に死ぬ。それでももう身体を動かすことが出来ずにリオンは乾いた笑みを浮かべる。
(この男がどれだけ強くても、お兄さんならきっと────)
「いや、助けに来たけど」
「ッ!!!」
何かが砕ける音が鳴り響いたのと同時にアーサーが吹っ飛んだ。それを見て目を見開いたリオンの前に何者かがふわりと着地し、そして倒れている彼女に顔を向ける。
「よく持ち堪えたな、リオン。後はお兄さんに任せておけ」
「あ、あはは、ほんとかっこいい・・・!」
もしかしたら駆けつけてくれるかもしれない。心のどこかでそう思っていたリオンは、〝英雄〟スクードを見て満面の笑みを浮かべた。




