6月5日『見下ろす闇』
6月5日、午後8時。様々な場所で情報収集を行ってきたシルヴィはスミス兄妹の鍛冶屋を訪れていた。
「アーサー・ルークシードについての新しい情報は無しか」
「申し訳ございません、出来る限り多くの人物に話を伺ったのですが・・・」
「いや、気にするな。わざわざありがとう」
そう言われてシルヴィの表情が少しだけ変化する。本当は凄く嬉しがっているのだが、スクードの前で情けない姿は見せられない。
「とりあえず飯でも作るか」
「私もお手伝いします」
「いや、今日は俺一人でやろう。さっきエリィがシルヴィと話したがっていたからな」
「エリィ様が?」
「多分自分の部屋に居ると思うぞ」
「分かりました・・・」
スクードが台所に向かったのを見送り、シルヴィはエリィの部屋を探した。そして部屋の中で本を読んでいるエリィを発見する。
「あ、シルヴィさん」
「すみません、今大丈夫でしたか?」
「大丈夫ですよ。どうぞ、中に入ってください」
置いてあった本や道具などを整理し、エリィがシルヴィを部屋の中にいれる。そして向き合う形で二人は腰を下ろした。ちなみにどちらも正座である。
「こうして二人でお話するのって初めてですね」
「ええ、少し緊張しております」
「あはは、私もですよ」
それからしばらく互いに黙り込む。エリィは聞きたかったことを今聞くべきなのかと少し躊躇っており、シルヴィの方はエリィ相手に自分から何かを話すのは失礼であると考えているからだ。
「えーと、シルヴィさんっていつ兄さんと知り合ったんですか?」
「三年前に、スイセンという町で・・・すみません、少し言いづらいのですが、暗殺者としてスクード様に斬りかかったのが出会いになります」
「そうなんですか。でも、その後で仲間になったと」
「はい。私は生まれた時から魔王軍四天王の一人に暗殺者として育てられ、人の命を奪うことに何も感じていませんでした。しかし、スクード様はそんな私に手を差し伸べてくださったのです」
その時のことを思い出し、シルヴィの頬が薄紅色に染まる。
「その後、四天王が拠点としていた町にまでスクード様は私を救いに来てくださいました。その時に思ったのです。この方にお仕えする為に、私はこの世に生まれてきたのだと」
「ふふ、やっぱり兄さんは凄いなぁ。いつも恥ずかしがって何も教えてくれないんですよ」
エリィには分かった。ユーリが言っていた強力な人物、それはシルヴィなのだろう。そして、目の前に居る少女も自分と同じようにスクードに惚れているのだと。
「エリィ様。私はエリィ様とスクード様の恋を応援致します」
「へっ!?」
どうしたものかと思っていた時、突然そんな事を言われてエリィの肩が跳ねる。
「私はスクード様とお会いすることが出来て幸せです。私がスクード様に抱いている想いはきっと恋心というものなのでしょうが、私程度ではスクード様を幸せにする事など出来ません」
「そんな事・・・」
「エリィ様がお側に居る・・・それが、スクード様にとって何よりも幸せなことであると私は思っております。ですので────」
「だ、駄目ですよそんなの!」
突然エリィが大きな声を出したので、今度はシルヴィが少しだけ驚く。
「エリィ様?」
「私も兄さんの事は・・・その、大好きです。でも、私なんかに遠慮する必要なんてないんですから」
「私はスクード様のお役に立てるだけで幸せなのです。それ以上を望むことなど出来ません」
「に、兄さんが他の人とお付き合いしたりするのは嫌です。それよりも、シルヴィさんが自分の想いに蓋をするのはもっと嫌です!」
そう言われ、シルヴィが微笑んだ。彼女がスクード以外にこのような表情を見せるのは非常に珍しいことである。
「エリィ様は本当に優しいお方ですね。分かりました、私もスクード様に認められるよう努力致します」
「はい、お互い頑張りましょうね」
「ですが、やはり私が一番に応援するのは自分などではなくエリィ様ですので」
「え、ええ・・・?」
「エリィ、飯が出来たぞ。シルヴィもついでに食って・・・なんだ、邪魔したか?」
スクードが扉を開けて中を覗き込んてきたので、エリィは笑顔で首を振る。
「ううん、そんなことないよ」
「スクード様の手料理を私が・・・感動です」
「何を言ってるんだ。二人共、冷める前に食べるといい」
「はーい」
嬉しそうにエリィとシルヴィがリビングに向かう。そんな彼女達の背中を見ながらスクードは仲良くなったようだなと満足げに頷いた。
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「何これ、やっぱり変だよね・・・」
午前0時。
窓の外では綺麗な月が地上を照らしているが、そんなものには見向きもせずにリオンはとある机の引き出しの中を漁っていた。
中から出てきたのは魔法陣が描かれた数枚の紙。その紙からは何故か気味の悪い魔力を感じる。
「魔法を習得しようとしてる?でも、こんな魔法陣見たことない・・・」
他に何かないかとさらに机を漁る。しかし、その魔法陣が描かれた紙以外は何も出てこなかった。
「魔法に詳しい人・・・お兄さんに聞けば何か分かるかも」
周囲を見渡し、誰も居ないことを確認してからリオンは紙を鞄の中に入れた。そして物音を立てないように注意しながらゆっくりと歩き出す。
「マリクを殺したのがほんとにアーサーさんだったら、私はどうすればいいんだろ・・・」
廊下を素早く駆け抜け、元々開いていた窓から外に飛び出す。ここが開いていなければこうして侵入する事は不可能だっただろう。
地面に着地したリオンは、最後に一度だけ自分が忍び込んでいた大きな建物を振り返り、そして誰かに姿を見られる前にその場から去っていった。
「やはり君は僕の邪魔をするんだね、リオン」
唯一の失敗は、そう言って屋上から彼女を見下ろす男が居たことに気付かなかったことだろう。




