6月2日『奇行』
「リオン様!た、大変です!」
「ん、どうしたの?」
王都から少しだけ離れた場所にある、王都第七騎士団が常駐している砦。そこにある隊長室で苦手な書類作成を行っていたリオンの元に、一人の兵士が駆け込んできた。
そしてその兵士は衝撃的な事を口にする。
「第六騎士団隊長のマリク・アルケイド様が王都にて何者かに殺害されました!」
「なっ・・・!?」
驚きのあまり椅子を倒してリオンが立ち上がる。マリクといえば、騎士団隊長の中でも屈指の実力者。そんな彼が驚くべき事に殺されたというのだ。それも、王都の中で。
「騎士団隊長はすぐに王都に来るようにとアーサー様が・・・」
「分かった、今すぐ向かいます。君もついてきてくれる?」
「了解です!」
普段とは違い、隊長らしい顔つきでリオンが部屋を飛び出す。これから先、きっと何か良くない事が起きる・・・そんな気がしたからだ。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「んー、よいしょっと・・・」
エリィが置いてあった箱を全力で持ち上げる。中には大量の鉱石が入っているので女の子には少々しんどい作業だ。
「こんなに重いのを兄さんは軽々と持ち上げるんだもんなぁ。やっぱり男の人って力持ちだよね・・・」
などと呟きながらエリィは箱を別の場所に置く。現在スクードは外出中なので家の中には彼女しか居ない。
昨日あれだけアーサーを警戒していたスクードだが、自分が外に出ている間はエリィを家から出さなければ安全だと思ったのだ。
それが間違いだったという事をこの後スクードは思い知らされることとなる。
「はーい」
突然何者かが玄関の扉を叩いた。それに対してエリィは声を出したが返事はない。
「あれ?」
いたずらなのだろうか。そう思ったエリィが玄関に向かい、そして扉を開く。
「やあエリィ、元気だったかい」
「っ・・・!?」
現れた男を見た瞬間、エリィは驚いて腰を抜かしてしまった。何故なら、玄関の前に立っていたのが笑顔で手を振るアーサー・ルークシードだったからである。
「あれ、お義兄さんは居ないのかな?」
「あ、あの、今ちょっと忙しくて・・・!」
流石に身の危険を感じたエリィは立ち上がり、急いで扉を閉めようと試みる。しかしその前にアーサーは扉を掴み、家の中へと侵入した。
「今日はお休みなんです!か、勝手に入られると困ります!」
そう言ってもアーサーは何も答えない。昨日買い物の帰りに声をかけられ、その時に自己紹介し合っただけの関係なのに、この男は一体何がしたいのだろうか。
身体が震える。このまま二人で居るのはまずい。そう思ったエリィはアーサーを無視して外に出ようとしたのだが、その前にアーサーに腕を掴まれてしまった。
「待ってよ。ちょっとだけおしゃべりしていかない?」
「や、やめてください!」
魔王に連れ去られた時に感じた恐怖。その時と同じような感覚に陥ったエリィは半泣きになりながら抵抗する。
「別に何もしないさ。僕は君のことを愛しているからね」
「ほんとに、あなたは何なんですか・・・!?」
「もしかして緊張してる?大丈夫、きっと君も楽しい気持ちになれるから」
「に、兄さん・・・!」
目を瞑ったエリィが祈るようにそう呟く。それを聞き、アーサーはエリィの腕をぐいっと引っ張った。
「君はお義兄さんの事が大好きなんだね」
「っ・・・」
「でも、すぐに彼より僕の方が君に相応しいと分かるだろう。だから僕と─────」
「何をやってるんですかアーサーさん!!」
大きな声が響いたのと同時に突然扉が勢いよく開け放たれ、家の中にリオンが駆け込んできた。そしてエリィの腕を掴むアーサーを突き飛ばす。
「おお、リオンじゃないか。どうしたんだい?」
「あなたが騎士団隊長である私達を呼んだんでしょ!?あなたこそここで何をやってるんですか!!」
「はっはっは。まだ集まってなかったから愛しのエリィの顔を見に来ただけさ」
「いい加減にしてくださいよ!エリィだって泣いてるじゃないですか!!」
泣いているエリィを守るように立ち、そしてリオンがアーサーを睨みつける。
「マリクが死んだんでしょ?そんな状況でよくこんな事が出来ますね・・・!」
「り、リオンちゃん。どうしてここに・・・?」
「現場に行ったらアーサーさんだけ居なかったの。それでもしかしたらと思って」
「もう全員集まってるのか。それじゃあ名残惜しいけどそろそろ現場に向かった方が良さそうだな」
アーサーが二人の横を通り過ぎ、そして振り返る。
「こうして顔を見れただけで満足だよ、エリィ。また近いうちに会おう」
「何言ってんですか、早く行きますよ!」
「あ、リオンちゃん・・・」
「大丈夫、今から私達忙しくなるから。しばらくアーサーさんはここに来れなくなるよ」
「うん、分かった・・・」
激怒しているリオンに連れられ、アーサーはエリィの前から去っていった。数秒後、扉を閉めたエリィは全身の力が抜けてその場に座り込む。
「こ、怖かったぁ・・・」
兄が帰ってきたらちゃんと事情を説明し、そしてしばらく側にいてもらおう。扉にもたれかかり、涙をぬぐいながらエリィはそう思った。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「ま、マリク・・・」
王都内にあった小さな小屋の中で、いつも元気そうに笑っていたマリク・アルケイドは息絶えていた。椅子に縛られ、顔面は異様に晴れ上がり、そして首元から腹部にかけて刃物で深々と切り裂かれている。
そんなピクリとも動かない遺体を見てリオンは言葉を失った。
「これは酷いな。あのマリクが拘束されたというだけでも驚きなのに・・・」
アーサーもマリクの遺体を見て口元を押さえている。
「くそっ、一体誰がこんな事を・・・!」
「見つけたら絶対ぶっ殺してやる!!」
他の騎士団隊長達は怒りを露わにしていた。長年共に王都を守護してきた仲間の死。それは彼らにとって何よりも辛い出来事である。
「少しだけ外に出てくる。やはり仲間の死というのは耐え難いものだ」
そんな中、アーサーが小屋の外に出ていった。他のメンバーは彼が外で泣くとでも思ったのか、彼を止めようとする者は誰ひとりとして居ない。
しかし、リオンだけはそんなアーサーを全く信用していなかった。
「・・・ふう、死体は別の場所に移動させるべきだったかな」
外に出たアーサーが口元を押さえながら笑う。先程から笑いをこらえるのに必死だったのだ。
「それにしても、最悪のタイミングで来てくれたものだよ、リオンも。もう少しでエリィを僕のモノにできたというのに」
壁にもたれかかり、その時のことを思い出す。するとだんだんイライラしてきたのでアーサーは落ちてあった石を勢いよく蹴り飛ばした。
「リオン・サンドライト・・・やはり先に消しておくべきか?他の騎士団員達も邪魔なんだよなぁ」
「何してるんですか、アーサーさん」
「っ、リオンか。少し外の空気を吸っていただけさ」
向こうから声をかけられ、アーサーはそちらに顔を向ける。そこには彼を睨みつけているリオンが立っていた。
「また鍛冶屋に行こうとしてるのかと思いましたよ」
「おいおい、そんな訳ないだろ?」
「ならいいんです。ちょっとしたら戻ってきてくださいね」
「ああ、分かってる」
リオンが再び小屋の中に戻ったのを見届け、アーサーは悪意ある笑みを浮かべる。
「あと一回妙な真似をしたら殺すか」
そしてぽつりとそう呟き、アーサーは小屋の中に向かった。




