6月1日『アーサー・ルークシード』
「こんにちはーー!」
6月初めの昼下がり、突然鍛冶屋に元気な声が響いた。それを聞き、スクードは素材を融合させる作業を中断して玄関へと向かう。
「あはは、お久しぶりです!」
「リオンか。どうしたんだ?」
スクードの前でビシっと敬礼したのはリオン・サンドライトという少女。エリィの友達のリオンは、王都第七騎士団隊長を任される程の実力者である。
「今日、第七騎士団は休みをいただけたので遊びに来ました」
「なるほどな。けど、今エリィは居ないぞ?」
「え、そうなんですか?」
「買い物に行ってるからな。待ってれば帰ってくるとは思うが・・・」
そうスクードが言った数秒後、タイミングを見計らったかの如く玄関の扉がガチャりと開いてエリィが中に入ってきた。そんな彼女にリオンが駆け寄ろうとした時、突然エリィの背後から一人の男が姿を見せる。
「おおっ、ここがエリィの家か!」
「っ!?」
馴れ馴れしく妹の名を呼んだ男を見てスクードが動揺する。
「やはり僕の家に来た方が過ごしやすいと思うよ。君専用の部屋も用意させてもらうからさ」
「待て、誰だお前は」
慌てながらスクードが男にそう聞く。すると男はラグナと同じようなブロンドの前髪をさらりと撫で、こう言った。
「初めまして、お義兄さん。僕はアーサー・ルークシード。エリィの夫となる予定なのでよろしくお願いします」
「ち、ちょっと、何言ってるんですか!?」
男の自己紹介を聞いた瞬間にスクードは完全に硬直し、エリィは顔を真っ赤にしながら男から離れる。そして硬直する兄の肩を何度も揺さぶった。
「え、エリィが、男を、連れてきた・・・」
「違うから!私、この人とさっき会ったばかりなの!」
「出会って短時間で交際・・・!?」
「うぅ、違うってば!」
必死にエリィがスクードに事情を説明しようとしている一方で、リオンは現れた男、アーサーを見ながら呆れたような表情を浮かべる。
「何やってるんですか、アーサーさん」
「おお、リオンじゃないか。見ての通り、美少女との交際を認めてもらう為にここに来たのさ!」
「今、第一騎士団は王都防衛任務中なんじゃ・・・」
「ははは、なにか起こったら速攻で現場に向かうから大丈夫さ」
そう言ってアーサーが笑う。そんな彼をスクードは魔力を放ちながら睨みつけた。
「お前のような男は認められん!」
「僕がエリィを愛しているように、彼女もまた僕を愛しています!つまり僕らは愛し合っているのです!」
「やめてくださいってばッ!!」
エリィが怒鳴った。それに対してアーサーは驚き、リオンの背後にサッと隠れる。
「あ、会ったばかりで私はあなたの事を何も知りません!なのに勝手に愛し合っているなんて言わないでください・・・!」
「エリィ、どういう事だ?」
「わからないよ。か、帰ってくる途中で声をかけられて、そのままついてきたの・・・」
「なるほど、ストーカーか。リオンの知り合いみたいだが、消してもいいのか?」
「駄目ですよ!?」
リオンが魔法を放とうとしたスクードを落ち着かせる。そして向こうで鏡を見ながら満足げに頷いているアーサーの事をスクードに教えた。
「えっと、アーサーさんは王都第一騎士団隊長を任されている人なんです。あれでも一応騎士団の中で最強の団を率いてて・・・」
「そんな男がエリィのストーカーとはな」
「す、ストーカーじゃないんですよ?ただ、ちょっと変わった人というかですね」
「あの人、ちょっと苦手かも・・・」
エリィがスクードに身を寄せる。それを見たアーサーが腕を広げ、高らかに笑う。
「おいでエリィ!僕の胸に飛び込んでくるといい!」
「ひっ・・・」
「おいリオン、やっぱり消してもいいだろう?」
「うー、いいとは言えないぃ・・・」
必死にリオンがスクードにしがみついて第一騎士団隊長抹殺作業を阻止しているが、それも長くは持たないだろう。
そんな馬鹿みたいなやり取りを見ながらアーサーは楽しげに、そして恰好良く笑ってみせた。
「はは、エリィのお義兄さんは面白い方だなぁ」
「まずそのお義兄さんという呼び方をやめろ。あと気安く妹の名前も呼ぶな・・・!」
遂にリオンがスクードに引き摺られ始める。それに気付いたエリィも慌ててスクードを引き止めた。
「・・・今すぐ帰れ。これは警告だ」
流石にエリィの目の前で人を消すのはまずいと判断したスクードは、棚などに置いてあった何十本もの剣や槍を魔法で浮かせ、全ての切っ先をアーサーに向けた。
「おっと、これは流石に死んじゃうかな?」
「帰れと言っている」
「分かりました、今日は帰らせてもらいましょうか。それじゃあまたね、愛しのエリィ!」
「やかましい!いいから帰れっつってんだろうが!!」
スクードがキレる。流石にこれ以上余計な事を言うと殺されると思ったアーサーは、最後にエリィに投げキッスをしてダッシュで鍛冶屋から去っていった。
「ご、ごめんね兄さん。なんか変なことになっちゃって・・・」
「エリィは悪くない」
「はあ、騎士団最強の人があんなんじゃ尊敬もできませんよねぇ」
開きっぱなしの玄関の扉の先を見つめながらリオンがそう言う。
「なんで急に・・・その、私の夫になるって言い出したんだろ」
「アーサーさんって昔からあんな感じなんだ。でも、まさかお兄さんの前でもあんな堂々と愛がどうこう言うとは思わなかったなぁ」
「うぅ、外に出るのがちょっと怖くなっちゃった・・・」
「ならお兄さんについてきてもらえばいいよ。それならアーサーさんも好き勝手出来なくなるし!」
「それは名案だな。ついていけない時はシルヴィに言えば代わりに護衛してくれるだろう」
などと話を進めるスクードをエリィが申し訳なさそうに見つめる。
「で、でも、兄さんだって他にしたいことあるでしょう?その時間を私のために使うっていうのは・・・」
「気にするな。そんな事よりエリィをあの変態の手から守ることの方が大切なんだ」
「あはは、お兄さんかっこいい!」
「それに丁度いい。今作っている武器を護身用にエリィに渡そう」
イライラしているのが見るだけで分かる。そんなスクードが奥の部屋に向かい、武器制作を再開した。
「護身用?」
「ああ、この前商人に見せてもらった脇差というものを作っていてな。東方に伝わる武器の一つらしい」
素材を融合させ、そして槌で叩く。
この部屋はかなり温度が高いがスクードは汗一つかくことなくその作業を淡々と続けた。ちなみに部屋の端でそれを見ているリオンが熱気に耐えられずに服を脱ごうとしたが、急いでエリィに止められたのをスクードは見ていない。
「一応完成だな」
「小さな刀・・・みたいだね」
魔法で形を整え完成した武器をエリィに手渡す。それはエリィの言うとおり、刀を小型化したような武器であった。
「でも私、誰かを斬ったりなんて出来ないよ・・・?」
「それは分かってる。エリィは優しいからな。だから相手をあまり傷つけずに追い払えるように魔法の力を使ってある」
そう言ってスクードが刀身を素手で掴んだ。その直後、バチバチっという音とともにスクードの手から煙が出る。
「きゃあっ!?な、何してるの兄さん!」
「刀身を相手に当てると雷石と雷蛍の電撃を相手に浴びせられる武器だ」
「効果を確かめるために自分の手を犠牲にしないで!」
脇差の効果よりスクードの手の方が心配なエリィは、急いで向こうから救急セットを持ってきて皮膚がめくれている彼の手のひらに消毒液をつけ、包帯を巻いた。
「とりあえずこれはエリィにやる。いざという時はこれを使って身を守れ。まあ、極力俺が近くにいるようにはするが・・・」
「う、うん、ありがとう」
「いやあ、羨ましいぐらいの兄妹愛ですね!私のほうからもアーサーさんにはエリィにあまり近づかないよう言っておきます!」
「それは助かるな。だが、〝あまり〟ではなく〝絶対〟に変更しておいてくれ」
「了解!」
ビシっと敬礼したリオンを見てスクードは少しだけ頬を緩めた。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「なるほど、あれが例のスクード・スミスか」
王都にある小さな小屋の中、先程までスクードの鍛冶屋に居たアーサーは剣を弄りながらそう言った。
そんな彼の視線の先には一人の男性が椅子に縛り付けられ、そしてガタガタと震えている。
「魔王が危険視するのも少しは分かったかな。どうやらかなり妹を溺愛していたようだが・・・」
アーサーが男に近づき、そして首元に剣を当てた。
「君はスクード・スミスについてどう思う?」
「し、知らない!魔人と呼ばれていること以外は何も知らないし、会ったこともない!」
「そうだろうね。だって彼、こっそり鍛冶屋をやっているんだから」
エリィやスクードの前で見せていた笑みとは違い、悪意のある笑みを浮かべながらアーサーは男に顔を近づける。
「なら、エリィ・スミスについてはどうだい?」
「え、エリィ・スミス・・・あ、ああ、王都で一番可愛いって噂のあの子か。まさか、魔人スクードの姉か妹なのか!?」
「そうさ。是非とも僕のモノにしたいものだね。あれ程可憐な存在は何処を探しても見つかるものではない」
「さ、さっきからお前は何が言いたいんだよ・・・!」
「君を殺す前にいい案を共に考えようと思ってね。確かに魔王の言うとおり、スクード・スミスの保有魔力量は桁違いだった。だから真っ向勝負を挑むのは得策じゃないと判断したのさ」
「だ、だから!なんで俺が仲間であるお前に殺されなきゃならないんだ!!」
男がそう言った瞬間、アーサーは男の顔面を膝で蹴った。その衝撃で男の鼻が折れ、大量の血が流れ出す。
「がふっ・・・!?」
「知ってるよ、僕は。仲間である君が、僕が魔物を使役している光景を目の当たりにし、それを騎士団に報告しようとしていた事をね」
「なっ!?」
「だからその場で取り押さえたんじゃないか。見てないって言えば助かると思ったのかい?」
「ほ、ほんとに見てないんだ!」
「そうだったのか、それは知らなかった。でも君はここで殺す」
アーサーが男の顔面を殴る。それによって折れた歯が数本地面を転がった。
「いでぇよお゛・・・!」
「スクード・スミスを殺すには、妹であるエリィを利用した方が効率が良さそうなんだ。だが僕はエリィを傷つけずにスクード・スミスを殺したい。何故なら彼女は僕の所有物となるからね」
狂っている。そう思っても、あまりの痛さに男はまともに声を出すことが出来ない。
「しまったなぁ。様子を確認する前にエリィを連れ去ればよかったかな。きっと明日からスクード・スミスは僕を警戒し始めるだろうから。まあ、いくらでも方法はあるか・・・」
アーサーが剣を振り上げる。
「ま、まっでくれ!このごとは誰にも言わないからゆるじで─────」
「さらばだ、第六騎士団隊長マリク・アルケイド。魔王軍所属〝光魔騎士〟アーサー・ルークシードが君の死を見届けよう」
そして、振り下ろされた剣は身動きのとれない男の身体を深々と切り裂いた。




