三年前『灰色の少女 後編』
『短い間でしたが、本当にありがとうございました。お礼に念話石を置いておきますね。これからの旅に役立ってくれればなと思います』
朝起きたスクードは、敷布団の上に置かれていた紙と念話石を見て椅子を蹴り飛ばした。その音でラグナとユーリが起き上がり、紙を握りしめているスクードに事情を聞く。
「まさかあの子、四天王のところに戻ったんじゃ・・・」
「そうだとしたらやばいんじゃないか?スクードを殺せてないって知ったら、例の豚野郎がシルヴィちゃんに何するか分からないぞ」
「・・・」
慌てる二人とは違い、スクードは黙って念話石を見つめていた。そして突然念話石を手に取り目を瞑る。
「スクード?」
「・・・ふん、お前がクレイグか」
「へ?」
暫くして目を開けたスクードがそう言った。そう、今彼は念話石を通して四天王クレイグと会話しているのだ。
『クックック、そのとおり。俺様こそが四天王クレイグだ』
(どうやらシルヴィを呼び戻したらしいが、あの子に何をするつもりだ?)
『お前には関係ないだろ?まあ、少し痛い目は見てもらうがなぁ』
(・・・殺すぞお前)
『ははっ、殺してみろよ!その前にまずは俺様が居る場所まで来れなきゃ話にならないけどな!!』
突然念話石が砕け散る。
それと同時にスクードは立ち上がった。
「おい、まさかお前・・・」
「チリープに行く。シルヴィもそこに居るはずだ」
「ちょっと待てよ、なら俺達も連れてけって!」
「なら早く準備しろ」
睨まれてラグナとユーリが急いで準備を済ませる。そしてスクードの隣に立った。
「大丈夫だとは思うが、相手は四天王だ。これまでの敵より格上だからな」
「んなこと分かってんよ。でも、四天王をぶっ倒してシルヴィちゃんを助けるために頑張ろうぜぇ」
「あたし、力は無いけどサポートするよ!」
「・・・そうか。なら行くぞ」
スクードが転移魔法を発動する。そして数秒後、彼は宿屋から姿を消した。
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スイセンから馬車に乗って3時間程の距離にある『チリープ』という町。その中で一番大きな建物である町長宅に四天王クレイグは居た。
椅子にもたれかって果物を頬張っている彼の前には俯くシルヴィが立っている。
「おい糞ガキ。お前はただの殺人人形だっつったよなぁ?」
「・・・」
「俺が殺せって言ったんだから、大人しくあいつらを殺しときゃいいものをよぉ・・・」
手に持っていた食いかけの果物をクレイグはシルヴィ目掛けて勢いよく投げた。それが直撃したシルヴィの頭から血が流れ落ちるが、クレイグは気にしない。
「聞いてんのかゴラァ!!」
立ち上がり、クレイグがシルヴィの首を掴んで持ち上げる。
「別にお前の代わりなんて探せばいくらでもいるんだよ。今ここでぶっ殺してやろうか!?」
「・・・はい」
「あ?」
「スクードさんは、とてもいい人でした・・・。あの人を殺すぐらいなら、私は死を選びます・・・」
その言葉を聞いた瞬間、クレイグはシルヴィを向こうの壁に向かって放り投げた。壁に背中や頭をぶつけたシルヴィはそのまま前のめりに倒れ込む。
「聞いたかよお前ら!この糞ガキ、初めて俺に反抗しやがったぞ!」
クレイグの周囲に居る魔族達が倒れるシルヴィを見ながらゲラゲラ笑う。この町はクレイグが支配しており、人間は彼らに奴隷同然の扱いを受けている。
この場に居る人間もシルヴィを見て引き攣った笑みを浮かべることしか出来なかった。
「いいぜ、それなら望み通り殺してやるよ」
立ち上がったクレイグがシルヴィを蹴り飛ばす。そして部下達に言った。
「その汚いゴミを処分しろ。ああ、その前に少しだけならそいつで楽しんでもいいぜぇ?」
「へへっ、待ってました」
シルヴィの周囲に魔物達が群がった。それをぼんやりと見つめながらシルヴィは〝彼〟の姿を思い浮かべる。
生まれて初めて自分に優しくしてくれた人。僅かな時間ではあったが、あれ程幸せな気持ちになれた事など一度も無かった。
(あの人なら、きっと魔王を殺してくれる・・・)
必ず世界は平和になるだろう。そう思いながら、シルヴィは目を閉じた・・・のだが。
「シルヴィに何してんだお前ら」
「っ!?」
突然聞き覚えのある声が聞こえ、再び目を開ける。
「確かに豚野郎だな」
「うえ、焼いたら美味しいかなぁ」
「やめとけユーリ。絶対腹壊すって」
「うん、そう思う」
現れたのは3人組の人間。魔王軍四天王をどうやって食べるかについて語る彼らは、誰から見ても只者ではないということが分かった。
「なんだてめえらは」
「身体を休めろと言ったのにいつの間にか居なくなっていた馬鹿を寝かせようと思ってな」
「それからお前をぶっ飛ばしに来たぜ、四天王クレイグ!」
ラグナが聖剣を構える。それを見たクレイグは腹を抱えて笑い出した。
「馬鹿じゃねえの、お前ら!俺様が誰だか分かってんのか!?」
「・・・」
「俺様は四天王の一人だ!そこにいるゴミもそうだが、人間如きが図に乗ってんじゃねえぞクソが──────」
パァンと何かが破裂する音が鳴った。何事かと思ってクレイグが隣を見れば、先程までシルヴィを見ながら笑っていた部下の首から上が無くなっているではないか。
「なっ!?」
一体何をしたというのだろうか。よく見ればラグナとユーリも血を噴き出す魔物だったものを見ながら目を見開いている。
「お、おいスクード。今何したんだ?」
「・・・」
「あー、お怒りですねすんません」
溢れ出した魔力が窓を割り、床を砕く。巻き込まれると判断したラグナとユーリは呆然としている一般人達をどうやって避難させるかを考えた。
「は、ははっ!ちょっとは楽しめそうじゃねえか!!」
クレイグが置いていた巨大な斧を手に取る。
「少しも楽しませるつもりは無いが」
「来いよ、貧弱な魔導士さんよぉッ!!」
そして勢いよくそれを振るった。斧から放たれた魔力の斬撃は壁を粉々に粉砕しながらスクードに迫る。
「四天王の力もこの程度か」
「何っ・・・!?」
しかし、スクードが放った魔力の壁に衝突した瞬間、斬撃は呆気なく消し飛んだ。
「はいはい、全員今のうちに逃げろ!」
「あたしも逃げたいんだけどっ!」
クレイグが驚いている隙にラグナ達が一般人達を別の場所に移動させる。
「逃がすか!」
「ユーリ、後は頼むぞ!」
当然クレイグの部下達はそれを阻止するためにラグナ達に襲いかかる。ラグナは一般人をユーリに任せ、迫る魔物達を聖剣で切り裂いた。
「なるほど、お前ら聖剣使いとその仲間共か!」
斧を振りかぶったクレイグがそう言う。
「ならここでぶっ殺しとかなきゃなァ!!」
「何を言ってるんだお前は」
風魔法で自身を加速させたスクードがクレイグの目の前に移動し、燃え盛る爆炎を放った。
「死ぬのはお前だよ、四天王クレイグ・・・!」
壁が吹き飛び、クレイグの巨体が外に放り出される。そしてクレイグは勢いよく地面に叩きつけられた。
「ぐおっ・・・!?」
「ウインドハンマー」
さらにスクードは圧縮した魔力を風魔法へと変換し、立ち上がろうとしているクレイグの真上から放った。それをまともに受けたクレイグは再び地面に衝突する。
「フレイムピラー」
スクードは攻撃の手を緩めない。突然地面が燃え上がり、炎の柱となってクレイグを襲う。
「ぬああっ!やってくれたな人間んんん!!」
「うるさい豚野郎だ」
跳躍したクレイグをスクードが風魔法で吹っ飛ばす。空中で体勢を崩したクレイグは無様にも顔面から向こうの建物に突っ込んだ。
そんな二人の戦いを、壁が崩壊した建物の上から見てシルヴィが震える。スクードはあの四天王をまるで玩具のように扱っているのだ。
「はは、やっぱ強いよなぁ」
「っ・・・」
「あ、ごめん。驚かせちまったか」
「いえ、別に驚いてません」
振り返れば既に一つの戦闘は終わっていた。あれだけ居たクレイグの部下達に、ラグナはたった一人で勝利したらしい。
「あいつさ、シルヴィちゃんが居なくなったのを知った瞬間にめちゃくちゃ怒ってたんだぜ。そんだけシルヴィちゃんのことを心配してたんだろうよ」
「スクードさんが・・・?」
「スクードって魔族が大嫌いらしいんだけど、今あいつが怒ってんのはそれが理由じゃないみたいだ」
外で爆発が起こる。見れば血塗れのクレイグがスクードの魔法で吹っ飛ばされていた。
「・・・」
その瞬間、彼女の中で何かが砕けた。絶対に逆らうことの出来ない強者であったクレイグが異様に弱く見える。
『殺れる』
ラグナに殺された魔物が持っていたのであろうダガーを手に取り、シルヴィが立ち上がる。
「っ・・・!?」
驚いたラグナは咄嗟に聖剣を構えた。突然シルヴィの身体から自分と同等かそれ以上の魔力を感じたのだ。
「・・・ふむ」
それはクレイグと交戦中のスクードも感じ取った。吹っ飛んでいくクレイグから壁が崩れた町長宅に顔を向け、ダガーを手に立っているシルヴィと目を合わせる。
「クソッタレがァァァ!!!」
「どうやらお前を殺すのは俺ではないようだ」
「何を訳の分からない事を言ってやがる!!」
「すぐに分かるさ」
再び斧を振り上げながら接近してきたクレイグを風魔法で吹っ飛ばす。そしてクレイグは見た。
「なぁ・・・!?」
町長宅から自分に向かって飛び出したシルヴィを。
「お前程度が俺を殺せるとでも思ってんのか!!」
「ええ、殺せますよ」
これまで奴隷同然の扱いをしてきた少女から向けられる明確な殺気。死を感じたクレイグの目に映ったのはあらゆる命を刈り取る死神だ。
「貴方は私よりも弱い・・・雑魚です」
「やめ─────」
何もかもが遅かった。二人がすれ違った瞬間、太く大きな魔物の首がダガーで切断される。
四天王クレイグとの決着は呆気ないものであった。
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「うおおっ、まじかぁ!!やっぱり髪切ったら美少女なんだって思ってたんだよ!!」
クレイグの支配から解放されたチリープから転移魔法でスイセンへと戻ったスクード達。そして昨日から泊まっている宿の中で、一人の少女を見たラグナが興奮しながら立ち上がった。
「へえ、似合っているじゃないか」
スクードも少女を見て少し驚いている。その少女とは、この町の散髪屋で髪を短く切ってもらったシルヴィだ。
「右目が怪我してて見られたくないらしいから、本人の希望で前髪で隠してるんだけど可愛いよねぇ。あたしと同い年なんだって」
「じゃあ15歳か・・・まじ可愛い。なんかこうして並ぶとユーリは胸が寂しい────」
「やかましいわ!!」
ビンタされたラグナがびっくりしながら頬を押さえる。
「ちょ、なんかすっげえ痛かったんだけど!こんな力強かったっけ!?」
「うっさいわね、この変態!」
「なるほど、貴方は変態なんですね」
「シルヴィちゃんにまで変態って言われたよぉ!」
うるさいのでスクードは顔をしかめている。そんな彼を見てシルヴィは慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「いや、シルヴィじゃなくてそこの馬鹿聖剣使いが騒がしいんだ」
「誰が馬鹿だこのシスコン!」
「んだとこの女たらしが」
「スクード様、相手にしないほうがよろしいかと」
「様?」
3人が同時にシルヴィに顔を向けた。しかし、シルヴィは特に焦ることもなく当然だとばかりに姿勢を正す。
「私は、自分の意思でこの身を一生スクード様に捧げようと誓ったのです」
若干頬を赤らめ、そして嬉しそうにそう語るシルヴィからラグナはスクードに視線を移す。
「おいスクード、どういうことだこりゃ」
「俺にも分からん」
「つまりね、シルヴィちゃんも旅に同行したいって言ってんのよ」
「はあ?」
スクードがシルヴィを見ると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「そもそもお前らと旅するつもりは・・・」
「ここまで来たら一緒に行こうぜ!四天王もあと二人しかいないんだしさ!」
「そうねぇ。スクードが居たらこうして宿に泊まることができるもの」
「ふざけんなお前ら」
面倒くさそうにそう言い、スクードが後ろにあったベッドの上に寝転がる。
「騒がしいのは嫌いなんだ。お前らもシルヴィを見習え」
「えー、じゃあ静かにするからさぁ」
「俺はもう寝る」
「ほんとは一緒に旅したいくせに!」
「ああもううるさいんだよ!」
起き上がったスクードが枕をラグナに向かって投げつける。それを機に3人による枕投げが始まった。
「・・・ふふ」
ここが宿屋だという事を忘れて暴れるスクードを見ながらシルヴィが笑う。
結局、これからこの4人は魔王を倒すまで行動を共にすることになるのであった。




