5月12日(3)『魔王軍集結』
「もう、兄さんったら。無茶しすぎだよ・・・」
「何日か経てば治る」
「そうかもしれないけど、兄さんが怪我してるのを見るのは嫌だよ」
そう言いながらエリィがスクードの腹に包帯を巻く。ベルの回復魔法のおかげで血は止まったが、普通なら痛すぎて座っていることすらままならないだろう。
だが、スクードは眠そうに欠伸をしながら椅子に腰掛けていた。
「うん、これで大丈夫かな」
「流石エリィだな。料理もできて治療も完璧・・・そんな妹の兄であることを誇りに思うぞ」
「だ、だから、そういう事を平然と言わないでってば・・・」
「痛い」
「あっ、ごめんなさい!」
ベシベシ叩かれ、どうやら傷に響いたようだ。
「えーと、もうこんな時間だね。何か食べたいものはある?」
「エリィが作ってくれたものなら何でもいい」
そう言われ、エリィはニコニコしながら部屋から出た。そこで彼女は部屋の前でモジモジしている少女と顔を合わせる。
「あ、シルヴィさん。どうかしたんですか?」
「っ、その、スクード様は・・・」
「部屋の中でくつろいでますよ」
「そ、そうですか・・・」
ほっとしたような表情を浮かべたシルヴィを見て、エリィが部屋の扉を開けた。
「兄さん、何も気にしてないって言ってました。だから中に入っても怒られませんよ」
「ですが・・・」
「俺がどうかしたのか?」
「っ・・・!」
会話が聞こえたのか、立ち上がってスクードが扉の前まで歩いてくる。それに気付いてシルヴィは咄嗟に俯いた。
「に、兄さん。歩いちゃ駄目だってば」
「心配してくれるのは嬉しいんだが、本当に平気なんだ」
「むう、ならいいけど・・・」
「それで、シルヴィは何をしてるんだ?」
「わ、私は・・・」
「まだ気にしてるのか」
うーんと何かを考えた後、スクードは俯くシルヴィの手を引っ張って部屋の中に入れた。そして真剣な表情でエリィを見る。
「変なことをするわけじゃないからな」
「うん、分かってるよ」
スクードを信頼しているエリィはシルヴィを彼に任せ、料理を作る為に台所へと向かった。
「普通のシルヴィと話すのは随分久しぶりだな」
「・・・」
「まあ、なんだ。前より大人っぽくなってるじゃないか」
「・・・」
俯くシルヴィの表情は見えないが、肩が僅かに震えているので泣きそうになっているということは見れば分かる。
「私は」
「ん?」
「私は、命の恩人であるスクード様をこの手で傷付けてしまったのです。だから・・・」
「しつこいぞシルヴィ。あれは事故だ。俺が石に躓いて転びそうになった時にたまたま空中に浮いていた誰かのダガーが腹に刺さっただけで、別にシルヴィが俺を刺したわけじゃないんだよ」
「で、ですが・・・っ!?」
スクードが俯いていたシルヴィの両頬を引っ張る。
「しーつーこーいーぞー」
「い、痛いですぅ・・・」
「こうしてまた会えたんだ。それだけでいいだろう?」
「スクード様・・・」
洗脳されていなくても普段からシルヴィは滅多に感情を表に出すことはない。しかし、昔から信頼しているスクードの前でだけはよく表情を変える少女だ。
「う、ううぅ〜〜〜〜」
そんなシルヴィが顔を隠すこともせずに泣き始める。スクードは彼女が泣き止むまで黙って待ち続けた。
「・・・落ち着いたか?」
暫くしてようやく泣き止んだシルヴィにスクードがそう聞く。それに対してシルヴィは姿勢を正し、顔を赤らめながらもう大丈夫ですと言った。
「あの、スクード様」
「ん?」
「どうしても言わなければならない事が・・・」
「そうか。なら遠慮せずに言うといい」
「・・・私に洗脳魔法をかけたのは、あの白衣の男などではなく三年前に葬ったはずの魔王なのです」
それを聞いた瞬間、スクードは怪我をしているという事を忘れて立ち上がった。そしてシルヴィの両肩を掴む。
「どういう事だ・・・?」
「二週間ほど前、突然私の前に現れた魔王ベルゼーと交戦したのですが、あの時とは比べ物にならない力の前に恥ずかしながら敗北してしまい、そして強力な洗脳魔法をかけられたのです」
「そんな馬鹿な。奴は世界大会の時に確実に葬ったはずだ・・・!」
「世界大会・・・もしかして、ひと月程前に行われた鍛治職人達の大会ですか?」
「ああ。あの時に復活した魔王が俺達の前に現れてな。固有スキルを使用して消し飛ばしたんだが・・・まさか、仕留め損ねたのか」
あのロードですら生き延びていた。それならば魔王ベルゼーがスクードの魔法から逃れていても不思議ではない。
「・・・はい、魔王はまだ生きています」
それを聞いた瞬間、スクードの中で何かが崩れた。
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「集ったか・・・」
アレス大陸中央に位置する堕天の領域。そこにそびえ立つ魔王城謁見の間に、6人の猛者が集まっていた。そんな彼等の視線の先には、玉座に腰掛け不敵な笑みを浮かべる1人の男が居る。
魔王ベルゼー。
二度スクードに敗れた彼は、以前よりも更に強靭な肉体と魔力を手に入れ魔族の王として再び君臨したのだ。
「愚かなる人間共に鉄槌を下す者達よ。我はベルゼー、世界に混沌を齎す魔の王なり」
空気が軋む。言葉と共に溢れ出した魔力を身に受け、6人は思わず息を呑んだ。
「今の我とお前達の力があれば世界を支配する事など容易いだろう。しかし、我等の驚異となる人間が4人だけこの世には存在する。よって、お前達にはその4人の始末を任せたい」
「へへへ、そいつぁ面白い依頼ですな」
「その人間達ってグチャグチャにしてもいいんですかぁ?」
額に第三の瞳がある茶髪の男と、よく分からない肉片に何度もハサミを突き刺している少女が魔王に対して声を掛けた。それを気に他のメンバーも言葉を発し始める。
「相手には〝聖天勇者〟も含まれている・・・ククッ、壊しがいがありそうだ」
「ウフフ、相手に可愛い子はいるのかしら?」
仮面を付けた男が燃える自身の腕を見ながら奇妙な笑みを浮かべる。その横に居るのは薄紫色の髪を腰辺りまで伸ばした女だ。
「フッ、魔王様。勿論魔人スクードが我等にとって最大の敵となるのですよね?」
そんな中、金髪の男が玉座に腰掛ける魔王にそう言った。それに対して魔王は当然だと返す。
「丁度いい。彼が王都に住んでいるのは分かっていますからね。どうやら真っ先に相手を始末するのは僕になりそうだ」
「手柄とかはどうでもいい!俺もようやく暴れられるぜぇぇ・・・!」
金髪の男の隣で背中から二対の黒い翼が生えた男がそう言う。それと同時に魔王ベルゼーは立ち上がる。
「クックックッ、スクードよ。次こそは必ずお前をこの手で殺してくれるわ・・・!」
そして膨大な魔力を解き放ちながら高らかに笑った。




