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5月12日(2)『英雄乱戦』

「はあッ!!」

「そこだぁ!!」


ユーリに殴られ甲羅が砕け散った亀型魔獣をラグナが真っ二つに斬り裂く。


「いやぁ、やっぱり俺達息ピッタリだな」

「なんて言ってる場合じゃないわよ。次から次へと湧いてくるんだから手を動かしなさい」

「相変わらず仲良しだな」


スクードが放った爆炎が魔物の群れを呑み込み、そして爆ぜた。それだけで大半の魔物達が彼等の前から姿を消す。


「てか、シルヴィちゃんどこにいんのかな」

「ここまで近付けば魔力を探って居場所を把握出来るから安心しろ。このまま進めば彼女は必ず居る」

「うっし、じゃあ一気に行くか!」


スクード達の前に立ったラグナが聖剣に魔力を集中させる。それを見たスクードとユーリは彼から少しだけ距離をとった。


「唸れ聖剣、〝天破断てんはだん〟!!!」


放たれた斬撃は前方から迫って来ていた大量の魔物達を周囲の壁ごと消し飛ばす。その隙に三人は全力で奥へと疾走した。


それでもすぐに魔物達が出現し、彼等の前に立ちはだかる。


「どこから湧いてきてるんでしょうね、この魔物達」

「多分空間魔法が使われた。さっき変な音が鳴った直後に様々な場所に同時に魔物が出現したのが分かったからな」

「空間魔法?」

「別の空間に魔物を閉じ込めておいて、魔法を使ってその空間と俺達が居る空間を繋げた。そして閉じ込めていた魔物を呼び寄せたんだろう」

「そ、そんな事が出来る相手なのね」

「前に会った時は雑魚だと思っていたが・・・」


ドクター・ロード。

転移魔法を使えるといっても魔王が居なければ何も出来ないただの人間。スクードは彼のことをそう思っていた。しかし、そんな男が洗脳や空間魔法を多数使用出来ているというのが理解出来ない。


「近いな」

「シルヴィちゃんが?」

「ああ、サポートは任せるぞ」

「はっはっは!俺とユーリのパーフェクト解除サポートに見惚れんなよ?」

「気持ち悪いこと言わないでよ」

「ふっ、行くぞ・・・!」


スクードが魔力を一気に放ち、目の前の壁を吹き飛ばす。そして向こう側に進んだ彼等の前に現れたのは灰の死神。


ダガーを構え、そして身が軋む程の殺気を三人に向けるシルヴィだが、彼女の顔色がかなり悪くなっていることにスクードはすぐに気付いた。


「・・・来ましたか」

「おいシルヴィ、何があった」

「何が、とは?」

「顔色が悪い、纏う魔力が安定していない。後ろに居るクズに何かされたのか?」

「私の主はクズなどではありません」

「ははははは!そうさ、私のことを一番理解してくれているのは彼女のようだ」


椅子から立ち上がり、ロードがシルヴィの肩に手を置く。それを見たスクードはロードを睨みつけた。それが可笑しかったのか、ロードが馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「どうしたんだい?私が奴隷に触れるのが随分嫌なようだが」

「ちょっと、いい加減にしなさいよあんた!何シルヴィのこと奴隷って言ってんのよ!」

「奴隷さ!それとも、私の思い通りに動かせる駒と言った方がいいかな?」

「こいつ・・・!」


怒りに身を震わせるユーリに睨まれて尚ロードはシルヴィから離れない。それに腹を立てたラグナが魔力を纏わせた聖剣の切っ先をロードに向けた。


「おいお前、シルヴィちゃんから離れろよ!」

「ククッ、言われずとも離れるさ。過去の英雄達の殺し合いに巻き込まれたくはないからねぇ」

「落ち着け二人共。怒ってもあいつを楽しませるだけだ」

「でも・・・!」

「とにかく、まずはシルヴィの洗脳を解くぞ。その後にあのクズは挽き肉にしてやる」


本気で怒っているのはスクードも同じだ。しかしそれを表に出すことは無く、スクードは魔法を発動した。


まずは魔法陣を目の前に描き、そして指先に洗脳解除の魔力を込める。後はそれをシルヴィの額に当てるだけでいい。


「隙を見て必ず魔法を当ててみせる。だからお前達でその隙を作ってくれ」

「ははっ、三年前を思い出すなぁ」

「油断しちゃ駄目よ。一歩間違えば死ぬのはあたし達の方なんだからね」

「一歩間違わなくても死ぬのはそちらですよ」

「ッ!!」


咄嗟にユーリが腕を交差する。ガントレットを装備している彼女の腕は、猛スピードで振るわれたシルヴィのダガーを完璧に受け止めた。


「シルヴィ、目を覚ましなさい!」

「言葉の意味が分かりません」

「あれだけ尊敬していたスクードに刃を向けちゃ駄目でしょ!」

「尊敬?貴女は一体何を言っているのですか?」


膨大な魔力がシルヴィの身体から放たれる。


「今から死に絶える人間を尊敬する筈ないでしょう?」

「くっ・・・!」


ガントレットにヒビが入り、このままではまずいとユーリがシルヴィを押し返そうと力を入れる。丁度そのタイミングでラグナがシルヴィの服を掴んで彼女を放り投げた。


「残念だけど、まだまだ死ぬつもりはないぜ」

「五月蝿いですね。二度と言葉を発せないよう喉を掻っ切ってあげましょうか」

「それは嫌だなぁ!」


天井を蹴り、シルヴィがラグナの顔目掛けてダガーを振り下ろしたが、ラグナはそれを軽々と受け止めた。


影縫かげぬい」


しかし、シルヴィが放ったナイフが影に刺さった直後、ラグナの動きがピタリと止まる。


「うおっ!?」

「もう、だから油断するなって言ったでしょ!」


そんな彼の首をはねようと振るわれたダガーをユーリが殴って弾き返す。そのついでにナイフを蹴って粉砕した。


幻影斬げんえいざん・・・!」

「お前もな、ユーリ!」

「きゃっ!?」


ラグナがユーリを抱き寄せ、放たれた一撃を聖剣で弾こうとしたが、防いだ筈の斬撃はラグナの肩を切り裂いた。


「ぐっ、いってぇ・・・!」

「ダガーが聖剣をすり抜けた!?」

「ふふ、そういう技ですよ」

「全然隙を作れねえな畜生!」


肩の痛みに耐えながら、ラグナはユーリを抱えてシルヴィから距離をとる。


「───無駄です」

「まじか!」


しかし、シルヴィは一瞬でラグナとの距離を詰めた。両手が使えないこの状況では、これから放たれる一撃を防ぐことなど絶対に出来ない。


「うおっと、スクード!」


そんな彼の目の前にスクードが飛び出し、迫るシルヴィの額に手を伸ばす。だが、それすらもシルヴィは高速で躱した。


「チッ、速いな」

「何かをしようとしているみたいですが、その程度の動きで私と戦おうと言うのですね」

「その通りだ」

「ふふ、魔法を一つ発動したままどうやって私と戦うつもりなのですか?」

「俺には仲間がいるからな」


そう言ってスクードが跳ぶ。それとほぼ同時にユーリがシルヴィに突っ込んだ。


「取り押さえちゃえばこっちのものよ!」

「くっ・・・」

「今よ、スクード!」


シルヴィをユーリが床に押さえ込んだ。これで後はスクードが額に触れればいいだけなのだが、当然これで終わるはずがない。


「ククッ、そろそろか」


ロードがチラリと時計を見てそう呟く。その直後、床に倒れるシルヴィの様子が一変した。


「うっ、うああ・・・!?」

「え、シルヴィ?」

「あああああああッ!!!」


鈍い音が鳴ったのと同時にユーリが真上に吹っ飛び、そして勢いよく天井に激突した。凄まじい力でシルヴィがユーリを蹴り上げたのだ。


「っ、ユーリ!」

「げほっ、骨折れたかも・・・」


咄嗟にラグナが床に落ちそうになったユーリを空中でキャッチする。そして着地したラグナの腕の中で、力ならラグナやスクードよりも上である自分を軽々と吹っ飛ばす破壊力の蹴りを細身のシルヴィが繰り出したことに、腹部を押さえながらユーリは驚愕した。


「うああああああ!!!」

「くっ、どうしちまったんだよシルヴィちゃんは!」

「彼女が無意識に抑え込んでいた全ての力を強制的に解放したのさ!」

「あ?」


ロードが壊れたヘルメットを弄りながらラグナ達に語り出す。


「しかし、この状態は人間にとって非常に良くない。長く戦えば彼女の身体に後遺症が残るかもしれないぞ」

「ふざけんなよ変態白衣!シルヴィちゃんに何してんだてめえは!」

「誰が変態だ!・・・ククッ、早く君達が死ななければ、彼女は一生まともに立てないようになるかもしれないよ」

「くっ・・・」

「さらに脳内を激しく刺激し、凶暴化させてある。今の彼女は〝狂戦士バーサーカー〟と言ったところか!」


頭を抱えてシルヴィが叫ぶ。それを見てロードは笑い、ラグナとユーリは怒りに身を震わせる。


「ふざけるなよ」


そんな中、この場に居る誰よりも膨大な魔力を放ちながらスクードがそう言った。


「お前が何をしたいのかは知らないが、それにシルヴィを巻き込むな」

「はははっ!私の目的はお前達を殺す事だ!!」

「だからそれに巻き込むなって言ってんだよ」


殺意と怒りがスクードの胸の中で渦巻く。しかし、彼は以前のように固有スキルを発動しようとは思わなかった。


一度発動してしまえばラグナやユーリを巻き込み、さらにシルヴィを殺してしまうかもしれない。そんな危険なスキルを今この場で使うわけにはいかないのだ。


「シルヴィ、そんな男に負けるんじゃない」

「ううううう・・・!」


スクードがシルヴィに向かって歩いていく。


「またこうして再会できたんだ。何処かでゆっくり話でもしよう」

「だ、まれぇ・・・!」


そんな彼の太ももにナイフが突き刺さった。それでもスクードは顔色一つ変えることなく歩を進める。


「・・・二人に隙を作ってもらわなくても、最初からこうすれば良かったかもな」

「五月蝿い死ねええッ!!」

「避けろスクード!!」


スクードの腹部をシルヴィのダガーが貫いた。しかし、スクードは痛がることなくシルヴィを抱き寄せる。


「もう大丈夫だ。今楽にしてやる」

「うぐっ!?」


至近距離でスクードは魔法の込められた指先をシルヴィの額に当てた。そして魔力を一気に脳内に流し込む。


「ふはははは!無駄だ無駄だァ!そいつには解除魔法を無効化する装備を────」


バキンと何かが砕けた音が鳴る。何があったのかとロードがシルヴィを見れば、彼女に取り付けた腕輪は粉々に砕け散っていた。


「戻ってこい、シルヴィ」

「あ・・・」


突然シルヴィの纏う魔力の質が変わった。それと同時に彼女は顔を上げ、スクードの顔をじっと見つめる。


「スクード・・・?」

「おいおい、まだ様付けで俺の名前を呼ぶのか」

「どうして・・・此処に・・・」


そして彼女は気付く。自分が握りしめているダガーがスクードの腹部に突き刺さっているということに。


「あ、え・・・?何で私・・・」

「大丈夫、別に気にすることは無い」

「私のせいでスクード様がお怪我を・・・!?」

「落ち着けシルヴィ。悪いのはあの変態ゴミ白衣だ」


混乱するシルヴィをなんとか落ち着かせようとスクードがあれこれ考える。そんな彼等を見ながらロードは持っていたヘルメットを床に叩きつけた。


「あ、有り得ない!何故腕輪が砕けたんだ!」


考えられるとすれば、腕輪の力をスクードの魔力が上回ったということ。つまり、ロードの実力はスクードの足元にも及ばないということだ。


それを思い知らされ、ロードが後ずさる。


「っ、逃げるつもりか!」

「くそっ、くそくそくそくそくそくそォォッ!!!覚えていろスクード・スミス!必ず、必ずお前に地獄を見せてやる!!」


ロードが転移魔法を発動したのを見てラグナが駆け出し、そして聖剣を振り下ろしたが、それが届く前にロードは彼等の前から姿を消した。


「あの野郎・・・!」

「いたた・・・。まあ、取り敢えずシルヴィの洗脳は解けたんだから良しとしましょ」

「チッ、そうだな」


聖剣を鞘に収め、ラグナとユーリがスクードに駆け寄る。


「・・・納得はいかないが一度王都に戻るとするか」

「腹ぶっ刺されてんのにケロッとしてんなぁ」

「大した怪我じゃない」

「す、スクード様、私は・・・」

「本当に気にするな。王都に戻ったらゆっくり休め」


この場所は後日改めて調査しようと思いながら、スクードは四人同時に王都に転移させた。



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