5月10日『死神VS魔導書』
「・・・ユーリ、近い」
「え、ああ、ごめんごめん」
興味深そうに至近距離でスクードの作業を見ていたユーリが、軽く謝りながら彼から離れる。
解除魔法の特訓をスクードが始めてから2日。さすがに営業の方も休みっぱなしにするわけにはいかないので、今日からまた鍛冶屋を開いたのだ。
そして本日一人目の客はユーリ・ステラ。彼女は基本的に素手で戦闘を行うが、一応彼女に合う武器をスクードが作る事になったのである。
「持ってきた素材は・・・フレイア鉱石とランペイジボアの皮、それにドームタートルの甲羅か」
「取り敢えず適当に集めてきたの。あ、ちゃんとギルドに登録して報酬貰ってるからお金は持ってるよ」
「ふむ、これなら・・・」
金属と素材を魔法で融合させ、そして槌で叩く。危ないからあっちに行ってろと言われても、ユーリはその場から動こうとしない。
「こんなもんか」
その後、叩いて形を整え完成したのはガントレット。王国では騎士の防具として装備される事が多いが、素手で岩を粉砕するユーリが武器として使えば大抵のものは殴って破壊出来るだろう。
「こんなものを作ったのは初めてだ」
「うわぁ、すっごい!始めてでこんなの作れるなんて、やっぱりスクードはデキる男だね」
「これで手の怪我もある程度は防げると思う」
「うん、ありがとね」
満面の笑みでそう言われると悪い気はしない。若干照れながらスクードはユーリから目を逸らした。
「そういえば、あたしとスクードが二人きりになった事なんて今まであったっけ」
「一度だけあった気がするが、普段はラグナが居るからそんな状況に陥った事は滅多に無いな」
「そうねぇ、いつもはあの馬鹿が居るものね」
「今日はあいつ、何処に行ってるんた?」
「ベルさんと買い物」
「なるほど、荷物運びか」
昔からベルは一度の買い物で信じられない程の量の物を購入する。それを運ぶのはいつもスクードだったので、どうせ今頃ラグナも両手いっぱいに荷物を持っているんだろうなとスクードは思った。
「なんだ、ラグナが居ないと寂しいか?」
「え、そ、そんな事ないけど」
「まあ、素直になれよ」
そう言われてユーリの顔が真っ赤になる。丁度そのタイミングでエリィが帰ってきた。
「兄さん、頼まれてた鉱石貰ってきたよ」
「おう、ありがとう」
「・・・何してるの?」
顔が赤いユーリを見た途端、エリィの表情が僅かに変化する。
「ユーリの武器を作ってたんだ」
「でも何かユーリさんの顔赤いけど・・・」
「ち、違うのよエリィちゃん!急にスクードが変な事言うから!」
「変な事・・・?」
前までなら特に気にすることもなかっただろう。しかし今やスクードにべったりなエリィは、ユーリの顔が赤くなっている原因が気になって仕方ない。
「ユーリさん、親友って言ってたのに・・・」
「ほんとに違うからね!?」
「話の流れがよく分からんのだが、何かあったのか?」
「こうなった原因はあんたにあるのよ!」
「はあ?俺はただラグナに対して素直になれよって言っただけじゃないか」
「うぐ・・・」
それを聞き、エリィはある程度事情を理解した。素直になれと言われてここまで顔が赤くなるという事は・・・。
「べ、別にいつも素直だしっ!」
「あ、おい」
スクードから貰ったガントレットを抱え、ユーリは逃げるように鍛冶屋から去っていった。
「あいつ、金払ってない」
「ユーリさんも大変なんだね・・・」
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「悪いねぇ、荷物持ちを手伝ってもらって」
「全然いいっすよ!取り敢えず宿まで持ってけばいいんですよね?」
「ああ、そうしてくれると助かるね」
同じ頃、大量の荷物を全てラグナに持たせながらベルは王都を見て回っていた。滅多に自分の拠点から出ることがない彼女は、とても興味深そうに周囲を見渡しながらてくてく歩いている。
「・・・ん?」
そんな彼女が急に立ち止まり、向こうの方をじっと見つめる。
「どうしたんすか?」
「いや、まさかとは思うけど・・・」
ベルの視線をラグナが追うと、向こうからユーリが走ってきているのが見えた。
「おっす、ユーリ」
「え、ら、ラグナ!?」
「なんか顔赤いけど何かあったのか?」
「べ、別に何でもないから!」
「なぜ蹴ったし」
荷物を大量に持っているので、ラグナはユーリに対して何も出来ない。そんな二人のやり取りを見て少しだけ表情を緩めたベルは、彼らに背を向けて転移魔法を発動した。
「んじゃ、後はよろしく。ちょっとだけ用事ができた」
「え・・・」
景色が切り替わる。
先程までとは違い、周囲にあるのは数え切れない程の大きな木。そんな場所でベルはニヤリと笑った。
「なるほどね、あんたがスクードの言ってた仲間って子か」
「・・・誰ですか貴女は」
ベルの前に一人の少女が現れる。初対面だというのにおぞましい殺気を放ちながら、灰の死神シルヴィはベルを睨みつけた。
「ウチはベルフェゴール。〝フレイアの魔導書〟なんて呼ばれてるただの老人さ」
「老人?貴女は私をからかっているのですか?」
「にっひっひ、見た目が全てじゃないんだよ」
そう言ってベルが魔力を解き放つ。
「へえ、只者ではないようですね」
「真っ向からぶつかれば負けるのはウチだろうけどねぇ」
「何故私の前に現れたのですか?」
「王都に居たらとんでもない魔力を感じてね。今はまだ弟子は特訓中だし、ウチが出てきてやったのさ」
「殺される為に・・・ですか」
対抗するかのようにシルヴィが黒い魔力を纏い、何処からか取り出したダガーを構えた。
「何を言ってんだ糞ガキ」
「っ・・・」
「拘束×3」
ベルの周囲に三冊の魔導書が出現する。その直後、ベルが同じ魔法を同時に三回発動した。
スクード達を圧倒したスピードを誇るシルヴィでさえ回避出来ない程の速度で見えない力がシルヴィの動きを封じる。
これこそが『フレイアの魔導書』の実力。
魔導書を使うことで、彼女は高位魔法を同時に三回分放つことが出来るのだ。
「ぐっ・・・!」
「さて、どうする?」
「ふ、ふふ、この程度で私の動きを封じたつもりですか?」
そうシルヴィが言った瞬間、彼女を縛り付けていたベルの魔法が弾け飛んだ。
それと同時に地を蹴り、シルヴィがベルに急接近する。そして小さな首元目掛けて勢いよくダガーを振るった。
少量の血が舞う。
首を傾けて超高速の一撃を躱したベルだが、少しだけ首元が切れてしまったようだ。
「今のを躱すとは・・・」
「竜騎弾×3」
ベルが魔法を唱えた瞬間、空に複数の魔法陣が出現し、何十発もの火球がシルヴィ目掛けて降り注ぐ。以前スクードがベルの魔法を破壊した時に使ったのはこの魔法なのだが、ベルは同じ魔法を同時に三回使用しているので、火球の数はスクードの魔法とは比べ物にならない程多い。
「っ・・・!」
しかし、シルヴィは全ての火球を回避し、更に懐から取り出したナイフを投げた。それは高速でベルに迫り、彼女の肩に突き刺さる。
「一瞬だけでも怯んでしまった貴女の負けですよ」
「チッ・・・」
「影縫い」
跳躍したシルヴィが投げたナイフがベルの影に刺さる。その直後、ベルの動きがピタリと止まった。
「私も出来ますよ。相手の動きを停止させることくらい」
「・・・やってくれるじゃないか」
「私が王都に向かっていることに気付いたのは見事です。しかし、貴女程度の実力者が一人で私の前に立ちはだかったというのが間違いでしたね」
ゆっくりとベルに向かって歩を進めるシルヴィ。普通なら恐怖でパニックに陥ってしまうような状況だが、ベルは楽しそうに笑ってみせた。
「あっはっはっは!あーもう、最近のガキは随分と傲慢だねぇ」
「・・・?」
「洗脳魔法をウチが解除したら意味が無い。それは馬鹿弟子達の役目だからね」
魔力がベルの周囲を渦巻く。
「でもね、流石にムカついた」
「これは・・・」
「すぐに帰れ。じゃなきゃ消し飛ばしちまうかもしれないよ」
魔導書に込められていた魔力が数倍に跳ね上がる。それを感じ取ったシルヴィは近寄るのをやめたが、何故か身体はベルに引き寄せられていく。
「〝魔の業火は天を焦がし〟」
「くっ・・・」
「〝大地滅ぼすは絶望の光〟」
「禁忌魔法ですか・・・!」
ベルが何を放とうとしているのか理解したシルヴィの顔色が僅かに変わる。そしてシルヴィは勢いよく木の上に飛び乗った。
「ふふ、流石にそれを使われては勝ち目がありませんので。しかし、その見た目で貴女が自身を老人と言っていた意味が分かりました」
「〝終わりよ来たれ────〟」
空に巨大な漆黒の渦が出現した。それを見た瞬間、木の上に立っていたシルヴィの姿が消える。恐らく急いでこの場から退却したのだろう。
「・・・にっひっひ、行ったか。残念ながらもう禁忌魔法なんて使うつもりはないっつの」
シルヴィが消えたのを確認し、ベルが発動直前だった魔法を消す。そして転移魔法を発動した。
「さあて、ここからはあんたの腕の見せ所だよ、スクード」




