5月8日(3)『解除魔法』
「よし、この辺でいいか」
「久々だな、こうして向き合うのも」
「これでウチが勝ったら驚きだよあんた」
「ふん、すぐに終わらせてやろう」
あれから転移魔法で森の中へと移動したスクードとベルが向き合い、そして膨大な魔力を同時に放つ。そんな様子を離れた場所でエリィ達は見守っていた。
「だ、大丈夫かなぁ・・・」
「多分スクードが勝つと思うけど」
「あの幼女も相当強いぞ」
ラグナの幼女という単語にベルがピクリと反応した。その瞬間、スクードが魔法を発動する。
「フレイバーン!!」
放たれたのは爆炎魔法。近くの木々を一瞬で灰にしてしまう程の火力を誇る炎の渦が、目にも止まらぬ速度でベルに迫る。
「大氷城×3」
しかし、それが届く前に巨大な氷の城がベルの前に出現し、スクードが放った炎を防ぐ。
「チッ、敢えてその魔法を使ってくるとはな」
「何だ?こんな氷すら溶かせないのかスクード」
いつの間にかベルの周囲に三つの本がフワフワと浮遊している。開いたページには光る魔法陣が浮かび上がっていて、それぞれの本に圧倒的な魔力が込められていた。
「流石に俺を舐めすぎだ」
天より幾つもの火球がまるで隕石の如く降り注ぐ。それは巨大な城を数秒で破壊した。
「へえ、やるじゃないか」
「氷山落とし」
「おっと、老人相手に容赦ないね」
落下してきた氷の山が地面にぶつかる直前に、ベルは転移魔法を使って別の場所に避難する。普通ならそれ程のスピードで転移魔法を使う事など出来ないが、やはりフレイアの魔導書と呼ばれるだけの実力は兼ね備えているようだ。
「やっぱり攻撃魔法じゃ勝てないか・・・」
ベルの魔導書が光り輝く。
「拘束×3」
「ぐっ!?」
その直後、突然スクードの動きが止まった。
「にっひっひ、急に止まってどうしたんだい?」
「・・・!!」
「あら、声すら出せないとはね」
見えない何かがスクードをギリギリと締め付ける。それによって歯を食いしばっているスクードを見てベルは意地悪な笑みを浮かべた。
「情けないねぇスクード。このままだとあんた、魔法一発で死んじまうよ?」
「な、める、なよ・・・!!」
「っ!」
ベルが魔法を放とうとした瞬間、膨大な魔力がスクードの身体から解き放たれた。そして彼を縛り付けていた力が消し飛ばされる。
「固有スキルを発動していない状態でこれか・・・ふむ、バケモンだね」
「さあ、仕切り直しだ」
「もういいよ、これ以上やればウチが死んじまうし」
「は?」
「弟子の成長が見れて満足さ。解除魔法、後で教えたげるよ」
「とか言って、実は疲れてるだけだろう?」
「そ、そんな事ないし」
慌てながらベルが魔法を唱える。それは転移魔法だったようで、遠くに居るエリィ達ごとスクードの家に転移させた。
「お疲れ様、兄さん」
「ん、ありがとう」
家に戻ってすぐに水を持ってきてくれたエリィに礼を言い、スクードがベルに顔を向ける。
「それじゃあ早速教えてくれ」
「えー、ちょっとぐらい休ませて」
そんなスクードからの視線を無視し、ベルはゴロンと寝転がった。そしてエリィに水を要求する。
「どうぞ」
「ありがとねー。にしてもおっきくなったねぇあんたも」
「そ、そうですかね」
「どうだ、彼氏は出来たかい?」
「へっ、そ、それは・・・」
エリィがチラリとスクードを見る。
「ははぁん、なるほど。昔からそんな感じはしてたけど、やっぱりあんた・・・」
「い、言っちゃ駄目ですよ!?」
「にっひっひ、言わないよ。でもまあ、あの馬鹿は鈍くて大変だとは思うけど頑張りな」
「うぅ、はい・・・」
「おい師匠、エリィに変な事言うなよ?」
エリィの顔が赤くなっていることに気付いたスクードが、ニヤニヤしているベルに対してそう言う。
「言ってないさ。昔の魔族大嫌い時代のスクードが、話を無視すると急に慌て出す寂しがり屋だったなんて」
「おいッ!!」
勢いよく立ち上がったスクードを見て、ラグナが口元を押さえながら吹き出す。
「だはははははっ!!普通に想像できるわ!!」
「ぐっ、こいつ・・・」
「あらあら、仲間にまで言われちゃって。確か名前は・・・」
「ラグナ・ラインハルトっす。一応聖剣スレイヴの使い手に選ばれてます」
「ほぉ、凄いじゃないか。そっちの子は彼女かい?」
「ちち、違います!ユーリ・ステラです・・・」
「ラグナにユーリか・・・」
ベルはこっそりと二人の魔力を探り、そして楽しげに笑みを浮かべた。どちらも桁違いな魔力を身に秘めている。どうやら馬鹿弟子の仲間達は全員怪物のようだ。
「もういいだろう師匠。さっさと解除魔法を教えてくれ」
「面倒だねぇ。何をそんなに焦る必要がある」
「仲間を救いたいから」
「・・・」
真剣な表情でそう言ったスクードを見てベルは目を見開く。
「魔族を殺す事しか考えてなかった馬鹿弟子がここまで変わったのか。ふふ、良い仲間に恵まれたみたいだね」
「エリィも居てくれたからな」
「そうかいそうかい。よし、じゃあ解除魔法を教えてやろう」
ベルの指先が光る。そして彼女は空中に指で魔法陣を描き始めた。
「これ、描ける?」
「え、ああ」
それを見ながらスクードも同じ魔法陣を目の前に描く。
「上出来だね。あとはこれに相手の洗脳魔法を消し飛ばせるだけの魔力を込めれば魔法発動だ」
「意外と簡単なんだな」
「いや、そうでもないぞ。魔法発動後はもう魔法陣を消してもいいが、問題はその魔法を相手の額に当てなければならないという点だ」
「額・・・?」
「〝高位洗脳解除〟、この魔法はまず普通の魔法使い程度じゃ使用出来ない高位の魔法だ。相手の高位洗脳魔法を消す程の魔力となるとそれなりの実力が必要となる。少なくとも、上位魔法を使いこなせるレベルの魔法使いである事が第一条件だからね」
ベルが描いた魔法陣が消える。しかし彼女の指先は光ったままだ。
「あんたはしれっとこの魔法を使えてるけど、誰でも使えるってわけじゃないのさ」
「そうだったのか」
「さて、問題は魔法を額に当てる事だと言ったけど、普通の洗脳魔法が効かないから更に高位の魔法が使用されてる相手だ。そう簡単に額に触れる事なんて出来ない。この魔法は遠距離使用が不可能で、魔力が込められた指先を直接相手の額に当てなければならないからね」
「直接・・・無理かもしれない」
「なーに言ってんだこの馬鹿たれが。それでも助けたいんなら意地でも指先を相手の額に当てな」
「ふむ・・・」
「指先を額に当て、込められた魔力を相手の脳に伝えるイメージで一気に解き放つ。それだけでいいのさ」
トンっとベルが指先をスクードの額に当てた。勿論スクードが椅子に座っているから出来たことで、身長差を考えると彼が立っていた場合は確実に手が届かないだろう。
「あー腹減った。久々に運動したから疲れちまったよ。暇潰しに美味しい食べ物でも探しに行ってみるか」
「帰るのか?」
「いんや、あんたが仲間を取り戻すのは見届けたい」
「・・・そうか」
「まさかあんた、ウチが帰ったら寂しいとか思ってんじゃないだろうね」
「おい、何を言っている」
「にっひっひ、弄りがいがあるねぇ」
そう言いながらベルは外に出ていった。
「・・・なーんか、すんげー師匠だな」
「そうだな。あんな見た目だし考え方も雑だが、尊敬はしているよ」
「はは、そうか。最初見た時はスクードが幼女に手を出したのかと思ったけどな!」
「そんなわけないだろう・・・」
「で、スクード。その解除魔法とやら、勿論額に当てれるよう特訓するんだよな?」
「ああ、そのつもりだが」
「さすがにシルヴィちゃん程のスピードで動くのは無理だけど、相手にならなってやれるぜ」
「なるほど、それは頼む」
と、早速二人で解除魔法を当てる特訓に向かった兄を見て、本当に変わったなぁとエリィは頬を緩めた。