5月8日(2)『師匠参上』
「え、昔の仲間だったお方が敵になってたんですか!?」
「そうなんだよエリィちゃん。しかも不快だとか色んなこと言われてさぁ。慰めてぇ〜〜〜」
「やめろ変態、エリィに近付くな」
「ごめんなさいスクードさん。真顔で殺気全開はやばいっすわ」
午後三時、スクードの自宅兼鍛冶屋。
シルヴィと戦った後、三人はここで彼女の事について話し合っていた。
「まあ、洗脳魔法をかけられてるみたいでな。どうにかして洗脳を解いてやりたいんだ」
「魔法の達人スクードなら洗脳解除の魔法使えるんじゃないの?」
「俺が使えるのは攻撃魔法ばかりだからな。補助系や解除系の魔法は専門外だ」
「困ったわねぇ。相手があの子だと殴ったりなんて出来ないもの」
「それにしてもシルヴィちゃん、色々おっきくなってたなぁ。俺の予想だと────」
「あの時喉元にダガー突き刺されて死んじゃえば良かったのに」
「ま、まあまあ・・・」
額に青筋を浮かべながら拳を握りしめたユーリを見て、慌ててエリィが彼女を宥める。
「どうしたもんかねぇ。取り敢えずシルヴィちゃんの洗脳を解かないと、一方的に追い込まれていくだけだぜ」
「解除魔法か。あの人が居れば何とかなったんだろうが・・・」
「え、あの人って?」
「俺の師匠で、〝フレイアの魔導書〟と呼ばれている魔法の天才だよ」
「「師匠!?」」
ラグナとユーリは驚いた。圧倒的魔力を誇り、魔人などと呼ばれるようになったスクードが『天才』と呼ぶ程の人物が居るという事に。
「師匠って・・・もしかしてベルさん?」
「ああ、そうだ。けど今は何処に住んでるのか分からないからな。多分探しても会えないだろう」
「うーん、そっかぁ。前はよく遊びに来てたのにね」
という兄妹の会話を聞きながら、ラグナとユーリはスクードの師匠の姿を思い浮かべる。
「常に不機嫌で、失敗とかしたら杖で叩くような人かね」
「目つき悪そう」
「おいお前ら、それを師匠に言ったらどうなるか・・・」
言うも何も、その師匠に会う事が出来ないのだから好きに想像させてくれとラグナが言った時、玄関の扉を何者かが叩いた。
「あれ、今日はお休みしますって看板立てたのに・・・」
「風で倒れてるのかもしれないな。俺が見てくるよ」
立ち上がり、スクードが玄関の扉を開ける。そして外に立っていた人物を見て目を見開いた。
「にっひっひ、随分いろんな事を言ってくれてたじゃないかスクードォ」
「な、何故このタイミングで現れた・・・!?」
「先月ぐらいにあんた、固有スキルを発動しただろう?かなり離れた場所に居たけど、ウチは魔力を感じ取る事が出来たぞ」
「なら尚更だ。何故このタイミングで?」
「後で行こうと思って寝てたら約一ヶ月経ってた」
「相変わらずだなおい・・・」
「まあいいじゃないか。取り敢えず中に入れてくれ」
「あ、ちょ・・・」
現れた人物が鍛冶屋の中へと足を踏み入れた。
「んん?誰だこの幼女は」
ラグナが立ち上がってそう言う。
そう、中に入ってきたのはどう見ても10歳前後にしか見えない小さな女の子。紫色の長い髪を腰の辺りまで伸ばし、可愛らしいとんがり帽子を被っているその少女は、目線を合わせる為に屈んだラグナを見てにっこり笑い、
「誰が幼女だクソガキッ!!」
「最近こんなのばっか!!」
強烈な雷魔法をラグナに放った。至近距離でそれを浴びたラグナは勢いよく吹っ飛び、顔面から棚に突っ込んだ。
「ち、ちょっとスクード!誰よこの女の子!」
「あー、その、さっき言ってただろう?」
「さっき言ってた・・・ってまさか」
恐る恐るユーリが少女を見る。
「〝フレイアの魔導書〟ことベルフェゴール・ヴァーミリオン。一応俺の師匠だ」
「あんだけ面倒見てやったのに何が一応だこの馬鹿弟子が」
ダァンと大きな音が鳴る。
かなりの力で足を踏まれたスクードは、ほんの一瞬だけ痛そうに表情を歪めた。
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「ほおお、ほんとに鍛冶屋やってんだねぇ」
「・・・師匠、気が散るから離れててくれないか?」
「この程度で集中が切れててどうするのさ。それに、同じようにエリィが密着してきたら嬉しいだろ?」
「当然だ・・・って何を言ってるんだあんたは」
「ぷくくっ、当然だって!」
「ぐっ・・・」
刀を打っている最中のスクードの顔が若干赤くなる。そんな珍しい光景を、エリィ達は離れた場所からぽかーんと眺めていた。
「あのスクードが押され気味だぞおい」
「お、恐ろしいわね、フレイアの魔導書」
「見た目はただの可愛らしい幼女なのにな」
「見た目に騙されちゃ駄目よ。さっきみたいに魔法で吹っ飛ばされるかも」
「だ、大丈夫ですよ。ベルさんは優しい人ですから」
「でもなぁ。あの人ほんとは何歳なの?」
「えーと、三年前に会った時は確か82歳だったような・・・」
「はち・・・!?」
驚いてラグナとユーリが顔を見合わせる。
「にっひっひ、ウチの年齢を知って驚いてるみたいだな」
「相変わらずその笑い方なのか」
「別にいいだろう?それも可愛らしいポイントだ」
「可愛らしい・・・ねえ」
向こうから聞こえてくるラグナ達の話し声を聞いてニヤニヤしているベルを退かせ、スクードが魔法を唱える。そして、いつものように刀と素材を融合させた。
「へえ、そんな事も出来るのか」
「俺も成長したんだよ」
やがて完成した刀をスクードがベルに手渡す。
「師匠から見て俺の刀はどうだ?」
「全然駄目。こんなのじゃ魔物は殺せない」
「む・・・」
「なーんて嘘だっつの。ビックリしたよ、ここまで魂が込められた刀をウチの馬鹿弟子がねぇ」
手渡された刀をまじまじと見つめた後、ベルはスクードの頭に手を置いた。
「うんうん、ナイス成長」
「は?急に何を言ってるんだよ」
「あんたはもうウチの何倍も強くなってる。今戦ったら確実に負けちまうよ」
「攻撃魔法ならな。補助系はまだまだだ」
「いいじゃないか。魔人なんて呼ばれてるんだから、攻撃魔法を極めとけばいいんだよ」
「ふむ、今は攻撃魔法以外の魔法がどうしても必要な状況なんだが」
スクードが刀を鞘に収め、それを棚の上に置く。
「師匠、洗脳解除の魔法を教えてくれないか?」
「洗脳?あんたレベルなら魔力をぶつけるだけで洗脳魔法なんて消し飛ばせるだろう」
「いや、今回のは無理だ。かなり高位の解除魔法を使わなければ恐らく洗脳は解けない」
「高位洗脳魔法・・・〝強制脳支配〟か。あんな外道魔法の使い手がまだ居るとはね」
話を聞いたベルが顎に手を当てて黙り込む。そして数秒後、突然ベルがスクードの服を引っ張った。
「何だよ師匠」
「いいよ、暇潰しに解除魔法を教えてやる。その前にちょっと実力を見せてもらおうか」