5月7日『黒の凶刃』
「エリィ、おっはよー!」
「あ、おはようリオンちゃん」
突然鍛冶屋内に元気な声が響き渡った。丁度扉付近で荷物の整理をしていたエリィは、中に入ってきた少女の姿を見て笑顔を見せる。
「・・・知り合いか?」
「うん。王都騎士団に所属してるリオンちゃんだよ」
これが男なら鬼の形相で追い返していたのだろうが、相手が少女だったのでスクードは特に何も言わない。
そんなスクードに、水色の髪を肩より少し長く伸ばした少女は笑顔でビシッと敬礼した。
「初めまして!私、王都第七騎士団隊長リオン・サンドライトと申します!」
「隊長・・・?」
「凄いよね。私も初めてそれを聞いた時は驚いたよ」
「ふむ、何がきっかけで知り合ったんだ?」
「あ、えっと、それは・・・」
少し言いずらそうにエリィがたじろぐ。すると、リオンが顔をしかめながらスクードにその時の事を説明し始めた。
「二週間ぐらい前にですね、エリィが八百屋の前で数人の男性に絡まれていたんですよ」
「り、リオンちゃん・・・!」
「それで、私が男性達を追い払ってから仲良くなりました!」
「・・・その男達は何処に居る?」
「わーわー!駄目だよ兄さん!」
リオンから情報を聞き出して男性狩りに向かおうとするスクードをエリィは急いで止めた。
「リオン、だったな」
「はいっ!」
「その男共はエリィに触れていたか?」
「触れてました!」
「・・・殺す」
「兄さんっ!」
遂に魔力を放ち始めたスクードの腕をエリィが引っ張る。それでようやく我に返ったスクードはすまんと言ってエリィの頭を撫でる。当然それによってエリィの顔は真っ赤になった。
「ほえー、とんでもない魔力をお持ちなんですね」
「別に持っていてもいい事なんてないぞ」
「力があればエリィを守れます!」
「む、そうだな」
そんな二人の会話を聞きながらエリィは目を丸くした。兄の顔を見れば、いつもよりも少しだけ会話を楽しんでいるような表情に見える。恋心を自覚したエリィにとってそれは少々複雑な事だが、友達と兄が仲良く会話している光景は微笑ましい。
「あれ、そういえばリオンちゃん。今日は用事があって来たんだよね?」
「そうだよ。エリィのお兄さんに会いに来たのもあるけど、それよりも大事なことをしてもらいにね」
そう言ってリオンがずっと持っていた布に包まれている長い棒をスクードに手渡した。そして、勢いよく頭を下げる。
「お願いします!私の槍、元に戻してもらえないでしょうか!」
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「す、凄すぎる・・・!」
「だよね!毎日見てるけど、ほんとに凄いよ」
リオンが持ち込んだのは自身の愛槍。銀色の輝きを放つ非常に美しいその槍は、全体にヒビが入ってさらに真っ二つに折れてしまっていた。
しかし、たまたま槍の素材が鍜治場に揃っていたので数分で槍は元の姿を取り戻した。それどころか、リオン曰く前よりも強大な力を秘める槍に生まれ変わったという。
「リオンは槍使いなのか」
「はい!腕にはそれなりに自信があります」
「そうか。だが、騎士団長程の実力者が扱う武器がボロボロになってしまうレベルの戦闘・・・どんな相手と戦ったんだ?」
「うーん、実はですね、恥ずかしながら相手の姿を確認する事が出来なかったんです」
輝く槍を見つめながら、リオンが悔しげに言う。
「二日前、私は森で暴れていた魔物の討伐を任されて、一人薄暗い森の中に足を踏み入れたんです。そしたら突然背後から殺気を感じて、振り向いたら黒い何かが物凄いスピードで襲い掛かってきて・・・」
「それで槍を砕かれたと」
「咄嗟に身体を守ろうと思って槍を胸の前で構えたんです。多分、そうしてなかったら死んでました」
「ふむ・・・」
魔物なのだろうか。だが、スクードは彼女を槍を一度触っているので分かる。あの槍はその辺に生息している魔物程度が砕けるような代物ではない。
それに、リオンは騎士団長を任される程の実力の持ち主。そんな彼女が反応出来ない速度で動き回る魔物など、王都近辺には生息していない筈である。
だとすれば、一体何者がリオンを襲撃したのだろうか。考えれば考える程謎は深まっていく。
「それにしても、お兄さんはほんとに凄いです!あんな方法で武器を元通りにする人なんて初めて見ました!」
「まあ、今後も武器を修復したい時、購入したい時は来るといい。エリィの友人だから少々値引きしてやらんこともない」
「ほんとですか!?わーい、やったぁ!」
わかり易く両手を上げて喜ぶリオン。そんな彼女を見ながらスクードが苦笑する。さらにそんな兄の姿を見ながらエリィは無意識に頬を膨らましていた。
「よし、そろそろ行きますね。今日はどうもありがとうございました!」
「ああ、またな」
「それじゃあね、エリィ!」
「う、うん」
ブンブン手を振った後、慌ただしく走りながらリオンが外へと出て行った。そんな彼女を見送ったスクードがエリィに顔を向ける。
「ふむ、それなりに良い奴と友達になったんだな」
「だねぇ・・・」
その良い友相手に僅かながらも嫉妬してしまったエリィは、何とも言えない表情を浮かべながら頬を描いた。
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場所は変わり、夕方の薄暗い森の中。
人が歩けるように整備された道を、三人の男達が歩いていた。
「あーくそ、全然収穫が無かったよなぁ」
「ほんとだよ。わざわざ王都まで来たってのによ」
「でもさ、一人超可愛い子が居たよな」
「八百屋の前に居た子か。確かに、あれは俺が今まで見てきた女の子の中で一番だった」
「あのままいったら絶対食事にでも行けたのによぉ。よく分からん女が邪魔してきたもんな」
「まあ、その邪魔してきた子も可愛かったんだけど」
「ははは」
そんな事を男達が話していた時、突然木の上から何者かが彼らの前に降り立った。
「な、なんだ・・・?」
「・・・」
フードを深く被ったその人物は、黙って男達の前に立ち続ける。
「おい、こいつ多分女だぞ」
「はあ?何でそんな事が分かるんだよ」
「勘だよ、勘。そこまで背も高くない、ボロいマントを着てるけど体格もそんなに良くないように見える」
「へえ、じゃあ何だ?俺達と遊びたいってか」
「・・・」
ニヤニヤしながら男達がフードの人物を取り囲む。そして、一人がその人物の肩を掴んだ時だった。
「・・・王都は何処にありますか」
「あん?」
フードの奥から聞こえた声は、その人物が女であるという事を男達に伝える。
「へへっ、王都に行きたいのか」
「その前にちょっと付き合ってくれないかな?」
「・・・」
男達を無視してフードを被った女が歩き始めた。当然それで引き下がろうとしない男が、彼女を止めようと掴んだ肩を自分の方に引き寄せる。
「づれなぃなア゛・・・ァ?」
だが、気が付けば男はグラりと体勢を崩していた。そしてそのまま転倒し、その男が起き上がる事は二度と無かった。
「ひ、ひぃぃっ!?」
残りの男が後ずさる。いつの間にか女の手には不気味に光るダガーが握られており、倒れて痙攣している男の首からは大量の血が流れ出していた。
つまり、女が今の一瞬で男の頚動脈を切ったのだ。
「私は王都が何処にあるのかと質問したのです。貴方達と何かをするつもりはありません」
「こ、こいつ・・・!」
「逃げ────」
ヒュンッと風を切る音が鳴る。その直後、二人の男の首が同時に地面に落ちた。
「・・・」
ドサリと倒れ込んだ男の死体をぼんやりと見つめた後、何事も無かったかのようにフードの女は道の上を歩き始める。
そんな彼女が進む先にあるのは、沢山の人達で賑わう王都だ。